149 / 192
24.その一言が聞けなくて
3.
しおりを挟む
次の日も、そのまた次の日も、ジュールは閉館間際に図書館へやって来た。
ジュールは本を抱えノエミの元へやって来ると、彼女の隣に座り、ごく短いひと時を過ごす。
そして、閉館してからは、二人で女子寮までの道のりを一緒に歩いた。
エスコートなんて必要のない平坦で短い道のり。けれど、ジュールはまるで当たり前のように、ノエミへ向かって手を差し出す。
初めは添えられるだけだった手のひら。けれど、それが次第に、どちらともなく、しっかりと握られるようになっていく。寮に着いて以降も、手を繋いだまま、時間が許す限り会話を続けた。
(こんなに都合の良いことが続いて良いのかな?)
けれどそれは、偶然で済ませるには、あまりにも出来過ぎている。ノエミはいつだって閉館まで図書館に居るのだし、ジュールはそのことを知っているのだから。
(なんて、そんな風に自分に都合よく勘違いしていた方が、きっと幸せだよね)
そんなことが続いたある日のこと。その日は、いつもの時間になっても、ジュールが図書館に現れなかった。
(そうだよね)
別に、元々約束をしていた訳ではない。
ノエミはノエミの、ジュールはジュールの意思で、それぞれこの場所に赴き、偶々一緒に時を過ごしていただけなのだ。
だから、こんな風に唐突に会えなくなる日が来ると最初から分かっていた。ジュールが来るのを待つなんて――――寂しいと思うなんて馬鹿げている。
(それなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう)
司書が閉館を告げる声が聞こえる。いつもの席に腰掛けながら、ノエミは一人肩を震わせる。
「ノエミ!」
その時、静かな図書館に声が響く。顔を上げれば、ジュールが息を切らしてノエミのことを見つめていた。
「ジュール……」
「良かった……! 間に合った! 遅くなってごめん」
心底安心した表情でジュールは笑う。
(どうして?)
二人の間には何の約束も存在しない。それなのに、どうしてジュールはそんなにも嬉しそうな顔で笑うのだろう。ノエミがこの場に居ることを喜ぶのだろう。
どうしてノエミは、ジュールが自分に会いに来ているのだと――――そう思ってしまったのだろう。
頭に浮かぶ疑問の数々をノエミは一人呑み込んでいく。
彼が毎日、閉館間際に図書館へ現れる理由も、ノエミを寮まで送ってくれる理由も。門限ギリギリまで話をすることも、その間ずっと手を繋いでいることも。ノエミだけに見せる嬉しそうな笑顔や温かな眼差しも。
(そんなの、全部勘違いなのに)
自分の願望が見せる夢だと分かっていても、ついつい期待せずにはいられなくなる。
「ねぇ、ノエミ。
どうして、って聞いてくれないの?」
まるでノエミの考えを読むかの如く、ジュールが尋ねる。
「え? どうしてって……」
「俺はね、ノエミがここで俺を待ってくれてるって思ってた」
そう言ってジュールは、そっとノエミの手を握る。余程急いでいたのだろう。彼の手のひらは普段よりも汗ばんでいるし、とても熱い。
(待っているだなんて……)
そんな資格、ノエミにはないと思っていた。
ジュールを待つことが出来るのは、彼の心に特別な居場所を与えられた誰かだけだ。そしてそれは、ノエミではない。そう必死で自分に言い聞かせてきた。
だというのに――――。
「ノエミ――――俺がどうして閉館間際の図書館に通うのか、その理由を聞いてくれる?」
ギュッと繋がれた二人の手のひらが、トクトクとうるさく鼓動を刻む。
ジュールに見つめられた箇所が熱くて堪らない。まるでそっと撫でられたかのような、口付けされたかのような感覚に、ノエミの心が大きく騒いだ。
「――――聞いても、良いの?」
そこに理由はあるのだろうか――――ジュールは小さく頷くと、ノエミの頬にそっと触れた。
「俺はノエミの側に居たい。ノエミの隣を他の誰かに奪われたくないんだ」
ジュールの声音が静かな図書館に木霊する。ノエミは頬を真っ赤に染めつつ、そっと彼から目を逸らした。
「ジュール……それは…………」
「冗談じゃないよ。本気で言ってる」
そう言ってジュールはノエミのことを覗き込む。
「好きだよ、ノエミ。俺の――――恋人になって欲しい」
心臓がトクトクと早鐘を打ち、全身が喜びに打ち震える。気づけばノエミは「はい」と頷いていた。
ジュールは本を抱えノエミの元へやって来ると、彼女の隣に座り、ごく短いひと時を過ごす。
そして、閉館してからは、二人で女子寮までの道のりを一緒に歩いた。
エスコートなんて必要のない平坦で短い道のり。けれど、ジュールはまるで当たり前のように、ノエミへ向かって手を差し出す。
初めは添えられるだけだった手のひら。けれど、それが次第に、どちらともなく、しっかりと握られるようになっていく。寮に着いて以降も、手を繋いだまま、時間が許す限り会話を続けた。
(こんなに都合の良いことが続いて良いのかな?)
けれどそれは、偶然で済ませるには、あまりにも出来過ぎている。ノエミはいつだって閉館まで図書館に居るのだし、ジュールはそのことを知っているのだから。
(なんて、そんな風に自分に都合よく勘違いしていた方が、きっと幸せだよね)
そんなことが続いたある日のこと。その日は、いつもの時間になっても、ジュールが図書館に現れなかった。
(そうだよね)
別に、元々約束をしていた訳ではない。
ノエミはノエミの、ジュールはジュールの意思で、それぞれこの場所に赴き、偶々一緒に時を過ごしていただけなのだ。
だから、こんな風に唐突に会えなくなる日が来ると最初から分かっていた。ジュールが来るのを待つなんて――――寂しいと思うなんて馬鹿げている。
(それなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう)
司書が閉館を告げる声が聞こえる。いつもの席に腰掛けながら、ノエミは一人肩を震わせる。
「ノエミ!」
その時、静かな図書館に声が響く。顔を上げれば、ジュールが息を切らしてノエミのことを見つめていた。
「ジュール……」
「良かった……! 間に合った! 遅くなってごめん」
心底安心した表情でジュールは笑う。
(どうして?)
二人の間には何の約束も存在しない。それなのに、どうしてジュールはそんなにも嬉しそうな顔で笑うのだろう。ノエミがこの場に居ることを喜ぶのだろう。
どうしてノエミは、ジュールが自分に会いに来ているのだと――――そう思ってしまったのだろう。
頭に浮かぶ疑問の数々をノエミは一人呑み込んでいく。
彼が毎日、閉館間際に図書館へ現れる理由も、ノエミを寮まで送ってくれる理由も。門限ギリギリまで話をすることも、その間ずっと手を繋いでいることも。ノエミだけに見せる嬉しそうな笑顔や温かな眼差しも。
(そんなの、全部勘違いなのに)
自分の願望が見せる夢だと分かっていても、ついつい期待せずにはいられなくなる。
「ねぇ、ノエミ。
どうして、って聞いてくれないの?」
まるでノエミの考えを読むかの如く、ジュールが尋ねる。
「え? どうしてって……」
「俺はね、ノエミがここで俺を待ってくれてるって思ってた」
そう言ってジュールは、そっとノエミの手を握る。余程急いでいたのだろう。彼の手のひらは普段よりも汗ばんでいるし、とても熱い。
(待っているだなんて……)
そんな資格、ノエミにはないと思っていた。
ジュールを待つことが出来るのは、彼の心に特別な居場所を与えられた誰かだけだ。そしてそれは、ノエミではない。そう必死で自分に言い聞かせてきた。
だというのに――――。
「ノエミ――――俺がどうして閉館間際の図書館に通うのか、その理由を聞いてくれる?」
ギュッと繋がれた二人の手のひらが、トクトクとうるさく鼓動を刻む。
ジュールに見つめられた箇所が熱くて堪らない。まるでそっと撫でられたかのような、口付けされたかのような感覚に、ノエミの心が大きく騒いだ。
「――――聞いても、良いの?」
そこに理由はあるのだろうか――――ジュールは小さく頷くと、ノエミの頬にそっと触れた。
「俺はノエミの側に居たい。ノエミの隣を他の誰かに奪われたくないんだ」
ジュールの声音が静かな図書館に木霊する。ノエミは頬を真っ赤に染めつつ、そっと彼から目を逸らした。
「ジュール……それは…………」
「冗談じゃないよ。本気で言ってる」
そう言ってジュールはノエミのことを覗き込む。
「好きだよ、ノエミ。俺の――――恋人になって欲しい」
心臓がトクトクと早鐘を打ち、全身が喜びに打ち震える。気づけばノエミは「はい」と頷いていた。
0
お気に入りに追加
1,070
あなたにおすすめの小説
愛されていない、はずでした~催眠ネックレスが繋ぐ愛~
高遠すばる
恋愛
騎士公爵デューク・ラドクリフの妻であるミリエルは、夫に愛されないことに悩んでいた。
初恋の相手である夫には浮気のうわさもあり、もう愛し合う夫婦になることは諦めていたミリエル。
そんなある日、デュークからネックレスを贈られる。嬉しい気持ちと戸惑う気持ちがミリエルの内を占めるが、それをつけると、夫の様子が豹変して――?
「ミリエル……かわいらしい、私のミリエル」
装着したものを愛してしまうという魔法のネックレスが、こじれた想いを繋ぎなおす溺愛ラブロマンス。お楽しみくだされば幸いです。
【完結】前代未聞の婚約破棄~なぜあなたが言うの?~【長編】
暖夢 由
恋愛
「サリー・ナシェルカ伯爵令嬢、あなたの婚約は破棄いたします!」
高らかに宣言された婚約破棄の言葉。
ドルマン侯爵主催のガーデンパーティーの庭にその声は響き渡った。
でもその婚約破棄、どうしてあなたが言うのですか?
*********
以前投稿した小説を長編版にリメイクして投稿しております。
内容も少し変わっておりますので、お楽し頂ければ嬉しいです。
お祭 ~エロが常識な世界の人気の祭~
そうな
BL
ある人気のお祭に行った「俺」がとことん「楽しみ」つくす。
備品/見世物扱いされる男性たちと、それを楽しむ客たちの話。
(乳首責め/異物挿入/失禁etc.)
※常識が通じないです
私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。
彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。
それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。
そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。
公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。
そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。
「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」
こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。
彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。
同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。
離縁しようぜ旦那様
たなぱ
BL
『お前を愛することは無い』
羞恥を忍んで迎えた初夜に、旦那様となる相手が放った言葉に現実を放棄した
どこのざまぁ小説の導入台詞だよ?旦那様…おれじゃなかったら泣いてるよきっと?
これは、始まる冷遇新婚生活にため息しか出ないさっさと離縁したいおれと、何故か離縁したくない旦那様の不毛な戦いである
初めてのディルド
椋のひかり~むくのひかり~
恋愛
皆様、こんにちは。
いつも読んで下さってありがとうございます。
さて、今回のお話は半年ほど前にブロックしたはずの9歳年下君とのお話です。
性格が良さげな青年なのですが、いかんせん顔や体型が好みのタイプではなく、
セックスする前に歯を磨かないところやシャワーを浴びたがらないところ、
そのクセ、ゴムなしを希望するところがどうもまたしたい気にはならなかったのです。
そんな彼が次回はコスプレ希望とのことで購入すると連絡があったので
ついでにディルドもお願いしました。
しかし、なかなかお互いのスケジュールが合わず、
使用する機会がなかったのですが、ついに使用しましたのでそのお話をシェアいたします。
お楽しみいただけると幸いです。
取引先の役員からベタベタに甘えられる件について
雄
BL
高村鷹は幼稚園から大学まで剣道部で剣道に明け暮れたが実業団に入るも、会社の仕事に魅力を感じ28歳で引退。その後は営業に回り最近は英語を身につけバリバリ働いていた。
そんな時提携先の某国から役員が送られて来た抜擢されてしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる