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24.その一言が聞けなくて

3.

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 次の日も、そのまた次の日も、ジュールは閉館間際に図書館へやって来た。
 ジュールは本を抱えノエミの元へやって来ると、彼女の隣に座り、ごく短いひと時を過ごす。

 そして、閉館してからは、二人で女子寮までの道のりを一緒に歩いた。

 エスコートなんて必要のない平坦で短い道のり。けれど、ジュールはまるで当たり前のように、ノエミへ向かって手を差し出す。
 初めは添えられるだけだった手のひら。けれど、それが次第に、どちらともなく、しっかりと握られるようになっていく。寮に着いて以降も、手を繋いだまま、時間が許す限り会話を続けた。


(こんなに都合の良いことが続いて良いのかな?)


 けれどそれは、偶然で済ませるには、あまりにも出来過ぎている。ノエミはいつだって閉館まで図書館に居るのだし、ジュールはそのことを知っているのだから。


(なんて、そんな風に自分に都合よく勘違いしていた方が、きっと幸せだよね)




 そんなことが続いたある日のこと。その日は、いつもの時間になっても、ジュールが図書館に現れなかった。


(そうだよね)


 別に、元々約束をしていた訳ではない。
 ノエミはノエミの、ジュールはジュールの意思で、それぞれこの場所に赴き、偶々一緒に時を過ごしていただけなのだ。

 だから、こんな風に唐突に会えなくなる日が来ると最初から分かっていた。ジュールが来るのを待つなんて――――寂しいと思うなんて馬鹿げている。


(それなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう)


 司書が閉館を告げる声が聞こえる。いつもの席に腰掛けながら、ノエミは一人肩を震わせる。


「ノエミ!」


 その時、静かな図書館に声が響く。顔を上げれば、ジュールが息を切らしてノエミのことを見つめていた。


「ジュール……」

「良かった……! 間に合った! 遅くなってごめん」


 心底安心した表情でジュールは笑う。


(どうして?)


 二人の間には何の約束も存在しない。それなのに、どうしてジュールはそんなにも嬉しそうな顔で笑うのだろう。ノエミがこの場に居ることを喜ぶのだろう。
 どうしてノエミは、ジュールが自分に会いに来ているのだと――――そう思ってしまったのだろう。


 頭に浮かぶ疑問の数々をノエミは一人呑み込んでいく。

 彼が毎日、閉館間際に図書館へ現れる理由も、ノエミを寮まで送ってくれる理由も。門限ギリギリまで話をすることも、その間ずっと手を繋いでいることも。ノエミだけに見せる嬉しそうな笑顔や温かな眼差しも。


(そんなの、全部勘違いなのに)


 自分の願望が見せる夢だと分かっていても、ついつい期待せずにはいられなくなる。


「ねぇ、ノエミ。
どうして、って聞いてくれないの?」


 まるでノエミの考えを読むかの如く、ジュールが尋ねる。


「え? どうしてって……」

「俺はね、ノエミがここで俺を待ってくれてるって思ってた」


 そう言ってジュールは、そっとノエミの手を握る。余程急いでいたのだろう。彼の手のひらは普段よりも汗ばんでいるし、とても熱い。


(待っているだなんて……)


 そんな資格、ノエミにはないと思っていた。
 ジュールを待つことが出来るのは、彼の心に特別な居場所を与えられた誰かだけだ。そしてそれは、ノエミではない。そう必死で自分に言い聞かせてきた。
 だというのに――――。


「ノエミ――――俺がどうして閉館間際の図書館に通うのか、その理由を聞いてくれる?」


 ギュッと繋がれた二人の手のひらが、トクトクとうるさく鼓動を刻む。
 ジュールに見つめられた箇所が熱くて堪らない。まるでそっと撫でられたかのような、口付けされたかのような感覚に、ノエミの心が大きく騒いだ。


「――――聞いても、良いの?」


 そこに理由はあるのだろうか――――ジュールは小さく頷くと、ノエミの頬にそっと触れた。


「俺はノエミの側に居たい。ノエミの隣を他の誰かに奪われたくないんだ」


 ジュールの声音が静かな図書館に木霊する。ノエミは頬を真っ赤に染めつつ、そっと彼から目を逸らした。


「ジュール……それは…………」

「冗談じゃないよ。本気で言ってる」


 そう言ってジュールはノエミのことを覗き込む。


「好きだよ、ノエミ。俺の――――恋人になって欲しい」


 心臓がトクトクと早鐘を打ち、全身が喜びに打ち震える。気づけばノエミは「はい」と頷いていた。
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