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21.病は気から

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(やっぱり止めておけば良かった)


 煌びやかなドレスに身を包み、キーテは酷い眩暈と吐き気に襲われていた。顔面蒼白のまま眉間に皺を寄せ、覚束ない足取りでホールを歩く。


(屋敷を出るまでは、体調は悪くなかったのに)


 咽せかえるような香水の香りと会場の熱気、キツく身体を締め付けたコルセットのためだろうか。判断を誤まった自分を呪いたくなる。


(姉さま、姉さま…………)


 彼女の数歩先を悠然と歩む姉、デルミーラは未だ、キーテの状況に気づく様子はない。
 救いを求めて手を伸ばし掛けたその時、


「大丈夫ですか?」


 ふと、そう声を掛けられた。

 霞む視界の中、キーテはゆっくりと顔を上げる。背の高い、優しい声の男性だった。明るい金髪と鮮やかな藍色の瞳がぼやけて見える。戸惑いながら、キーテは浅い呼吸を繰り返す。


「顔色が悪い。控室で休まれては如何ですか? 俺がご案内しますから」


 有難い申し出だった。けれど、頷くこともできなくて、キーテは目頭が熱くなる。


(一体、どうしたら……)
「キーテ!?」


 慣れ親しんだデルミーラの声に、キーテは胸を撫でおろす。ふわりと優しく抱き締められて、身体の震えがピタリと止まった。


「大丈夫、キーテ? 体調が悪いのね」


 デルミーラがキーテの背を撫でる。安堵したせいだろうか。滞留していた血液が、巡り始める感覚がした。


「ごめんなさい、姉さま」


 弱々しく呟けば、デルミーラは首を横に振る。気づけば周囲には、数人の人だかりが出来ていた。


「皆さま、大変失礼いたしました。妹は昔から身体が弱くて……今日は体調が良さそうだったので、連れて参ったのですが――――わたくしの判断ミスでしたわ」


 デルミーラが申し訳なさげに目を伏せる。眩いプラチナブロンドに、エメラルドのような美しい瞳。デルミーラは、この場にいる誰よりも美しい。彼女の仕草一つで、数人の男性が息を呑んだ。


「わたくし、あまりにも妹が気の毒で……年頃だというのに、お屋敷に籠ってばかりなんですもの。どうしても連れ出してあげたかったのです」


 デルミーラとて年頃だ。自分の結婚相手を見つけるのに忙しかろう。おまけにこの美貌。お荷物になるような病弱な妹等、放っておけば良いのにと、集まった男たちは、密かにそう囁き合う。


(申し訳ないな……)


 直接耳に届かずとも、周りがどんな風に思っているのか、キーテは敏感に感じ取っている。頻繁に体調を崩す彼女に、まともな縁談など期待できない。伯爵家のお荷物令嬢――――本当ならば軽んじられて当然なのに、デルミーラがいつも献身的に接してくれるお陰で、屋敷でも肩身の狭い思いはしていない。キーテは姉に、とても感謝していた。
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