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19.皆まで言うな

3.

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「今日はあの令嬢――――ジュノーはいないのか?」

「……あぁ。なんでも用事があるらしい。出会ってからずっと、毎日会っていたのに」


 ウィリアムの問いに、バッカスは切なげに囁く。誰かに会えないことを、これほどまでに寂しいと思うのは初めてだった。ジュノーの笑顔が見たい。誰よりも喜ばせたい――――幸せにしたいとそう思う。
 よくよく考えれば、シンシアを鬱陶しく思うようになったのは、ジュノーに出会って以降だ。それまでは、いくら苦言を呈されたとしても、他の言い寄ってくる女性たちと同列に愛情を注いできた。けれど今は、彼女に対して感情を向けることを勿体なく感じる。
 それよりなにより、今はジュノー以外の女性と関わりたいとは思わない。それは常に女性に囲まれて生きてきたバッカスにとって、大きな驚きだった。


「バッカス、あの女に関わるのはもう止めろ」


 けれどその時、ウィリアムはそんなことを言った。真剣な瞳に声音。バッカスは流れ落ちる汗を拭いつつ、眉間に皺を寄せる。


「ジュノーと? そんなの、無理だ」


 バッカスは肩で息をしながら、キッパリとそう言い返した。ウィリアムの眼差しが先程よりも鋭くなる。ガンガン鳴り響く頭を抱えつつ、バッカスは盛大なため息を吐いた。


(ウィリアムまで俺を批判するのか)


 そう思うと、唯一無二の親友の存在すら煩わしく感じられる。バッカスは負けじとウィリアムを睨み返した。


「悪いことは言わない。今すぐ彼女と縁を切れ。おまえにはシンシアが――――」

「シンシアとのことは俺が決めたわけじゃない。親の決めた政略結婚だ。大体ウィリアムには関係ないだろう! 一体君は、いつからあいつの肩を持つようになった? まさかシンシアに懸想でもしているのか?」

「……だったらどうする」


 興奮気味のバッカスとは違い、ウィリアムは穏やかな声音でそう答える。真剣な表情。それが彼の気持ちを如実に表していた。バッカスは思わず声を上げて笑うと、ウィリアムの肩を叩いた。


「そうか。それは想定外だった。……いや、俺としてもそちらの方が都合が良い」


 うわ言のようにそう呟くバッカスを、ウィリアムは黙って見つめている。元は物腰が柔らかく、悠然とした佇まいのバッカスが、今は見る影もない。まるで、何かに取り憑かれたかのように目が据わり、身体が小刻みに震えていた。


「俺はシンシアとの婚約を破棄し、ジュノーと結婚する! シンシアとはおまえが代わりに結婚してやればいい! どうだ、良い考えだろう!」


 ウィリアムはバッカスの提案に軽く目を見開いた。彼がここまで毒されているとは、思いもよらなかったのだ。


「……待て、冷静に考えろ。君の父上――――侯爵様にまだなんの相談もしていないだろう? 君はもっと周りの意見に耳を傾けた方が良い。あの女性……ジュノーは――――」

「皆まで言うな」


 バッカスはウィリアムの眼前に手を突き出す。ウィリアムはしばらく押し黙っていたが、やがて「分かったよ」と小さく返した。
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