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16.君は友達
8.(END)
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その後、当初の予定通りにアレスとウェヌスの婚約が発表された。神話の中から抜け出したような美しい二人に、集まった貴族達から感嘆の声が上がる。人の心が分からず何処か危なっかしい印象だったウェヌスも、今回のことで心を入れ替えたのだろう。本当に凛と誇り高い様子で佇んでいた。
(良かった……んだよな?)
二人の姿を見つめつつ、アグライヤはヴァルカヌスを覗き見る。いつの間にか二人の手のひらは固く繋がれていた。
(これは、友達としての行動なのだろうか。それとも……)
考えれば考えるほど、アグライヤは深みにはまっていく。尋ねたくて、けれど尋ねるのが怖い。
「そろそろ出ようか」
そんな彼女をヴァルカヌスは会場の外へと連れ出した。
月の明るい夜だった。二人で庭園を歩き始めて早十五分。互いに何も切り出せずにいる。
(ヴァルカヌスはわたしの友達)
そのままで居たいような、けれど先へと進みたいような、何とも言えないもどかしさが二人を襲う。
「「――――さっきのことなんだけど……」」
意を決して口を開いてみれば、ヴァルカヌスの方も同じだったようで、二人の言葉は絶妙に被ってしまった。しばしの沈黙。再び押し黙ったアグライヤを見つめながら、ヴァルカヌスが徐に口を開いた。
「さっきのこと……アグライヤは本当は殿下の手を取りたいと思っていたのか?」
躊躇いがちにそう尋ねたヴァルカヌスに、アグライヤは目を見開く。
「違う。そんなこと思っていない」
言いながらアグライヤは首を横に振る。
(伝えなければ)
本当の想いは口にしなければ伝わらない。バクバクと鳴り響く心臓をそのままに、アグライヤはゴクリと唾を呑み込んだ。
「わたしもいつかは結婚しなければならない。ヴァルカヌスがウェヌス様と結婚したいと思っているなら、この場を収めるにも丁度いいかもしれないとは思った。だけどわたしは、殿下と結婚したいと思ったことは無い。
わたしは……」
そこまで一思いに口にして、アグライヤは再び口を噤む。伝えたい想いは確かに胸にあるのに、上手く言葉になってくれないのだ。
ヴァルカヌスは大きく息を吸い込むと、アグライヤの両手をそっと握った。
「アグライヤには悪いが……俺はおまえのことを『友達』だなんて思えなかった」
ヴァルカヌスが真剣な表情でアグライヤを見つめる。
(一度口にしてしまったら、もう二度と戻れはしない)
二人は急くように、寧ろ惜しむように、しばしの間見つめ合っていた。やがてヴァルカヌスが意を決したように徐に口を開く。アグライヤは大きく深呼吸をした。
「俺はずっと――――ずっと前からアグライヤのことが好きだった。おまえは俺の特別だったから」
ヴァルカヌスの言葉が真っ直ぐアグライヤの胸に突き刺さる。心が大きく震え、目頭がグッと熱くなった。
「――――――本当に?」
俄かには信じがたく、アグライヤは震える声でそう尋ねる。それだけで彼女が自分と同じ想いなのだとヴァルカヌスには分かった。アグライヤを胸に抱き締めつつ、何度も大きく頷いてみせる。
「婚約は家同士の約束だ。ウェヌスから婚約を破棄されるまでは諦めようと――――気持ちを封印しようと思っていた。
だけど、ウェヌスから婚約が破棄されて……俺はアグライヤに結婚を申し込もうと決心した。たとえ君が俺のことを友達としてしか思っていなくても、時間を掛けて愛情を伝えて行こうと思っていた。
とはいえ、さすがに婚約を破棄されてすぐに結婚を申し込むのは不誠実だろう。そう思って我慢していたんだが」
ヴァルカヌスの言葉に、アグライヤはあの日ウェヌスと交わしたやり取りを思い出す。
『わたしがウェヌス様に代わり、ヴァルカヌスと婚約させていただきます』
勢いあまって口走ったセリフだが、ヴァルカヌスはあの時『チャンスだ』とそう思ったのだという。
「本当は何よりも一番に気持ちを伝えるべきだったのだろう。だけど……俺は怖かったんだ。もしもアグライヤに受け入れられなかったら……そう思うと、気持ちを告白することなんてできなかった。
だけど、どうか信じて欲しい。俺は本当にアグライヤのことが好きなんだ」
ささくれ立っていたアグライヤの心がみるみるうちに癒されていく。小さく首を横に振りつつ、アグライヤはそっと目を伏せた。
「いや……わたしもお前と同じだ。怖かったんだ。本当の気持ちを伝えて、ヴァルカヌスが離れていくことが怖かった」
友情ではない何かが互いの中に存在している――――そのことからずっと目を逸らしていた。後で傷つくことを恐れ、踏み込めなかった。
(ヴァルカヌスはわたしの友達ではない)
アグライヤは心の中で噛みしめるように言葉にする。一抹の寂しさと大きな幸福感が彼女の胸を包み込む。
「アグライヤ――――君のことが好きなんだ。どうか、俺と結婚してほしい」
ヴァルカヌスは懇願するように口にして、アグライヤの顔を覗き込む。アグライヤは目を細めつつ「喜んで」と言って笑うのだった。
(良かった……んだよな?)
二人の姿を見つめつつ、アグライヤはヴァルカヌスを覗き見る。いつの間にか二人の手のひらは固く繋がれていた。
(これは、友達としての行動なのだろうか。それとも……)
考えれば考えるほど、アグライヤは深みにはまっていく。尋ねたくて、けれど尋ねるのが怖い。
「そろそろ出ようか」
そんな彼女をヴァルカヌスは会場の外へと連れ出した。
月の明るい夜だった。二人で庭園を歩き始めて早十五分。互いに何も切り出せずにいる。
(ヴァルカヌスはわたしの友達)
そのままで居たいような、けれど先へと進みたいような、何とも言えないもどかしさが二人を襲う。
「「――――さっきのことなんだけど……」」
意を決して口を開いてみれば、ヴァルカヌスの方も同じだったようで、二人の言葉は絶妙に被ってしまった。しばしの沈黙。再び押し黙ったアグライヤを見つめながら、ヴァルカヌスが徐に口を開いた。
「さっきのこと……アグライヤは本当は殿下の手を取りたいと思っていたのか?」
躊躇いがちにそう尋ねたヴァルカヌスに、アグライヤは目を見開く。
「違う。そんなこと思っていない」
言いながらアグライヤは首を横に振る。
(伝えなければ)
本当の想いは口にしなければ伝わらない。バクバクと鳴り響く心臓をそのままに、アグライヤはゴクリと唾を呑み込んだ。
「わたしもいつかは結婚しなければならない。ヴァルカヌスがウェヌス様と結婚したいと思っているなら、この場を収めるにも丁度いいかもしれないとは思った。だけどわたしは、殿下と結婚したいと思ったことは無い。
わたしは……」
そこまで一思いに口にして、アグライヤは再び口を噤む。伝えたい想いは確かに胸にあるのに、上手く言葉になってくれないのだ。
ヴァルカヌスは大きく息を吸い込むと、アグライヤの両手をそっと握った。
「アグライヤには悪いが……俺はおまえのことを『友達』だなんて思えなかった」
ヴァルカヌスが真剣な表情でアグライヤを見つめる。
(一度口にしてしまったら、もう二度と戻れはしない)
二人は急くように、寧ろ惜しむように、しばしの間見つめ合っていた。やがてヴァルカヌスが意を決したように徐に口を開く。アグライヤは大きく深呼吸をした。
「俺はずっと――――ずっと前からアグライヤのことが好きだった。おまえは俺の特別だったから」
ヴァルカヌスの言葉が真っ直ぐアグライヤの胸に突き刺さる。心が大きく震え、目頭がグッと熱くなった。
「――――――本当に?」
俄かには信じがたく、アグライヤは震える声でそう尋ねる。それだけで彼女が自分と同じ想いなのだとヴァルカヌスには分かった。アグライヤを胸に抱き締めつつ、何度も大きく頷いてみせる。
「婚約は家同士の約束だ。ウェヌスから婚約を破棄されるまでは諦めようと――――気持ちを封印しようと思っていた。
だけど、ウェヌスから婚約が破棄されて……俺はアグライヤに結婚を申し込もうと決心した。たとえ君が俺のことを友達としてしか思っていなくても、時間を掛けて愛情を伝えて行こうと思っていた。
とはいえ、さすがに婚約を破棄されてすぐに結婚を申し込むのは不誠実だろう。そう思って我慢していたんだが」
ヴァルカヌスの言葉に、アグライヤはあの日ウェヌスと交わしたやり取りを思い出す。
『わたしがウェヌス様に代わり、ヴァルカヌスと婚約させていただきます』
勢いあまって口走ったセリフだが、ヴァルカヌスはあの時『チャンスだ』とそう思ったのだという。
「本当は何よりも一番に気持ちを伝えるべきだったのだろう。だけど……俺は怖かったんだ。もしもアグライヤに受け入れられなかったら……そう思うと、気持ちを告白することなんてできなかった。
だけど、どうか信じて欲しい。俺は本当にアグライヤのことが好きなんだ」
ささくれ立っていたアグライヤの心がみるみるうちに癒されていく。小さく首を横に振りつつ、アグライヤはそっと目を伏せた。
「いや……わたしもお前と同じだ。怖かったんだ。本当の気持ちを伝えて、ヴァルカヌスが離れていくことが怖かった」
友情ではない何かが互いの中に存在している――――そのことからずっと目を逸らしていた。後で傷つくことを恐れ、踏み込めなかった。
(ヴァルカヌスはわたしの友達ではない)
アグライヤは心の中で噛みしめるように言葉にする。一抹の寂しさと大きな幸福感が彼女の胸を包み込む。
「アグライヤ――――君のことが好きなんだ。どうか、俺と結婚してほしい」
ヴァルカヌスは懇願するように口にして、アグライヤの顔を覗き込む。アグライヤは目を細めつつ「喜んで」と言って笑うのだった。
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