上 下
95 / 192
16.君は友達

8.(END)

しおりを挟む
 その後、当初の予定通りにアレスとウェヌスの婚約が発表された。神話の中から抜け出したような美しい二人に、集まった貴族達から感嘆の声が上がる。人の心が分からず何処か危なっかしい印象だったウェヌスも、今回のことで心を入れ替えたのだろう。本当に凛と誇り高い様子で佇んでいた。


(良かった……んだよな?)


 二人の姿を見つめつつ、アグライヤはヴァルカヌスを覗き見る。いつの間にか二人の手のひらは固く繋がれていた。


(これは、友達としての行動なのだろうか。それとも……)


 考えれば考えるほど、アグライヤは深みにはまっていく。尋ねたくて、けれど尋ねるのが怖い。


「そろそろ出ようか」


 そんな彼女をヴァルカヌスは会場の外へと連れ出した。


 月の明るい夜だった。二人で庭園を歩き始めて早十五分。互いに何も切り出せずにいる。


(ヴァルカヌスはわたしの友達)


 そのままで居たいような、けれど先へと進みたいような、何とも言えないもどかしさが二人を襲う。


「「――――さっきのことなんだけど……」」


 意を決して口を開いてみれば、ヴァルカヌスの方も同じだったようで、二人の言葉は絶妙に被ってしまった。しばしの沈黙。再び押し黙ったアグライヤを見つめながら、ヴァルカヌスが徐に口を開いた。


「さっきのこと……アグライヤは本当は殿下の手を取りたいと思っていたのか?」


 躊躇いがちにそう尋ねたヴァルカヌスに、アグライヤは目を見開く。


「違う。そんなこと思っていない」


 言いながらアグライヤは首を横に振る。


(伝えなければ)


 本当の想いは口にしなければ伝わらない。バクバクと鳴り響く心臓をそのままに、アグライヤはゴクリと唾を呑み込んだ。


「わたしもいつかは結婚しなければならない。ヴァルカヌスがウェヌス様と結婚したいと思っているなら、この場を収めるにも丁度いいかもしれないとは思った。だけどわたしは、殿下と結婚したいと思ったことは無い。
わたしは……」


 そこまで一思いに口にして、アグライヤは再び口を噤む。伝えたい想いは確かに胸にあるのに、上手く言葉になってくれないのだ。
 ヴァルカヌスは大きく息を吸い込むと、アグライヤの両手をそっと握った。


「アグライヤには悪いが……俺はおまえのことを『友達』だなんて思えなかった」


 ヴァルカヌスが真剣な表情でアグライヤを見つめる。


(一度口にしてしまったら、もう二度と戻れはしない)


 二人は急くように、寧ろ惜しむように、しばしの間見つめ合っていた。やがてヴァルカヌスが意を決したように徐に口を開く。アグライヤは大きく深呼吸をした。


「俺はずっと――――ずっと前からアグライヤのことが好きだった。おまえは俺の特別だったから」


 ヴァルカヌスの言葉が真っ直ぐアグライヤの胸に突き刺さる。心が大きく震え、目頭がグッと熱くなった。


「――――――本当に?」


 俄かには信じがたく、アグライヤは震える声でそう尋ねる。それだけで彼女が自分と同じ想いなのだとヴァルカヌスには分かった。アグライヤを胸に抱き締めつつ、何度も大きく頷いてみせる。


「婚約は家同士の約束だ。ウェヌスから婚約を破棄されるまでは諦めようと――――気持ちを封印しようと思っていた。
だけど、ウェヌスから婚約が破棄されて……俺はアグライヤに結婚を申し込もうと決心した。たとえ君が俺のことを友達としてしか思っていなくても、時間を掛けて愛情を伝えて行こうと思っていた。
とはいえ、さすがに婚約を破棄されてすぐに結婚を申し込むのは不誠実だろう。そう思って我慢していたんだが」


 ヴァルカヌスの言葉に、アグライヤはあの日ウェヌスと交わしたやり取りを思い出す。


『わたしがウェヌス様に代わり、ヴァルカヌスと婚約させていただきます』


 勢いあまって口走ったセリフだが、ヴァルカヌスはあの時『チャンスだ』とそう思ったのだという。


「本当は何よりも一番に気持ちを伝えるべきだったのだろう。だけど……俺は怖かったんだ。もしもアグライヤに受け入れられなかったら……そう思うと、気持ちを告白することなんてできなかった。
だけど、どうか信じて欲しい。俺は本当にアグライヤのことが好きなんだ」


 ささくれ立っていたアグライヤの心がみるみるうちに癒されていく。小さく首を横に振りつつ、アグライヤはそっと目を伏せた。


「いや……わたしもお前と同じだ。怖かったんだ。本当の気持ちを伝えて、ヴァルカヌスが離れていくことが怖かった」


 友情ではない何かが互いの中に存在している――――そのことからずっと目を逸らしていた。後で傷つくことを恐れ、踏み込めなかった。


(ヴァルカヌスはわたしの友達ではない)


 アグライヤは心の中で噛みしめるように言葉にする。一抹の寂しさと大きな幸福感が彼女の胸を包み込む。


「アグライヤ――――君のことが好きなんだ。どうか、俺と結婚してほしい」


 ヴァルカヌスは懇願するように口にして、アグライヤの顔を覗き込む。アグライヤは目を細めつつ「喜んで」と言って笑うのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!

はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。 伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。 しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。 当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。 ……本当に好きな人を、諦めてまで。 幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。 そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。 このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。 夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。 愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】許してください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
そんなつもりはなかったの。 まさか、こんな事になるなんて。 私はもっと強いと思っていた。 何があっても大丈夫だと思っていた。 だけど、貴方が私から離れて行って、 やっと私は目が覚めた。 もうしない。 貴方の事が大事なの。 やっと私は気がついた。 心の底から後悔しているの。 もう一度、 私の元へ帰ってきて。 お願いだから 振り向いて。 もう二度と間違えない。 だから、、、 お願い、、、 私の事を、、、 許してください。

処理中です...