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13.私の婚約者様は、私のことが大嫌いだ

4.(END)

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 私の出発を祝う式典は、盛大でとても華やかなものだった。これから長旅になるというのに、フリルと刺繍がたくさんあしらわれた真っ白なドレスを着て、重たくてキラキラしたティアラを付けて、妹と共に父の前に立つ。メアリーは私のよりはシンプルだけれど、華やかで上品なドレスを身に纏っていた。


「こうして、我が子を無事に送り出せることを、とても嬉しく思う」


 そう言って穏やかに笑う父に、私はゆっくりと頭を下げた。こんな出来損ないの娘を最後まで大事にしてくれた父には、感謝の気持ちが絶えない。胸がほんのりと温かかった。


「後のことは任せたぞ、レイリー」

「はっ」


 けれど次の瞬間、父から発せられた思わぬ言葉に、私は大きく目を見開く。


「……え?」


 レイリーはこちらに向かって真っ直ぐ歩いて来たかと思うと、私の前で跪いた。メアリーは何も言わないまま、黙って前を見据えている。


「お供させていただきます、我が君」

「な、にを……私はもうすぐ、この国を発つのに」


 輿入れには、侍女を含め、数人を連れて行くことになっている。けれど、彼等はもう、この国に戻ってくることは無い。私と人生を共にし、隣国の人間として生きて行くことになる。


「――――レイリーたっての願いでね。おまえに付いて行きたいと……側で守りたいというから、私が許可したんだ」


 そう口にしたのは父だった。レイリーは何も言わず、真っ直ぐに私を見つめている。


(なによ、それ)


 頭の中はパニック状態だった。嬉しいのか悲しいのか、どうしたいのかも分からぬまま、私はゆっくりと口を開いた。


「だけど、メアリーは? 妹のことはどうするのです?」


 私の代わりにレイリーの婚約者になったメアリー。仮にも『元姫君』だったメアリーを隣国に連れて行くことはできないし、国を跨いだ遠距離で、夫婦生活が上手くいくとは思えない。


「俺はあの時、姫様との――――セイラとの婚約破棄を承諾したわけではありません」


 そう言ってレイリーは、私の指先に触れるだけのキスをした。心臓が痛く、目頭が熱くなった。


「俺の愛情は、いつだってあなただけのものです。夫になることは叶いませんでしたが、あなただけの騎士として、いつまでも、真心を込めてお仕えすることをここに誓いましょう」

「嘘よっ!」


 気づけば瞳から、ポロポロと涙が零れ落ちていた。シンと静まり返った式典会場に、わたしの声が木霊する。父も妹も、皆が私達を見つめていた。


「あなたは――レイリーはずっと、私のことを嫌っていたじゃない! 前みたいに笑ってくれなくなって、優しくしてくれなくなって! 私との結婚なんて嫌だったんでしょう?」

「そんなこと、あるわけないでしょう! 大好きなあなたが……絶対に手に入ることはないと思っていたセイラが、ある日いきなり婚約者になって! こんな俺じゃ釣り合わないって我武者羅に頑張って! 好きすぎて、気づいたら前みたいに接することが出来なくなってたんです! セイラが本当は、他国の王妃になりたがってたって分かってるのに、それでもどうしても手放してやれなくて」


 思ってもみない彼の本心に、私は息を呑んだ。


「違うわ! 私、本当は王妃になんて…………」


 そう言い掛けて、私はハッと口を噤んだ。『妃になんてなりたくない』と言えたなら――――もう一度、レイリーとやり直せるならどんなに良いだろう。
 けれど、私は一国の姫だ。国を背負っている私が、そんなことを口にして良い筈がない。時計の針が戻ることは無いし、私達が夫婦になる未来は存在しない。涙が止め処なく流れ落ちた。


「――――お姉さまったらズル~~い!」


 その時、ずっと沈黙を守っていたメアリーが口を開いた。思わず振り返ると、彼女はニヤリと、意地の悪い笑みを浮かべる。それから優しく目を細め、そっと私の手を握った。


「わたくし、他国の王妃になるのが幼い頃からの夢でしたのに、お姉さまったらわたくしからそんな絶好の機会を奪うんですもの。ズルいわ!」

「えぇっ? だけど、だけどメアリー……あなた、あの時、そんなこと一言だって――――」


 メアリーは私の手を強く握りながら、困ったような表情で笑っている。振り返れば、父も同じ顔をして笑っていて。


(――――最初から二人は、私を隣国に行かせる気なんて無かったんだ)


 その時になってようやく、私は父と妹の想いに気づいた。二人は、関係を拗らせた私とレイリーのために、互いに素直になるための道を用意してくれたのだ。


(父様、メアリー)


 涙が私の頬を濡らす。レイリーがそっと、私の涙を拭ってくれた。


「ごめん、ごめんね、メアリー」

「……何のことですの? わたくし、自分の願いに忠実なだけですわ」


 私達はどちらともなく抱き締めあった。メアリーは私の背を優しく撫でながら、穏やかに笑っている。


「そういうわけですから姉さま、隣国にはわたくしが嫁がせていただきます」


 メアリーはそう高らかに宣言すると、茶目っ気たっぷりに私の頭からティアラを奪い取った。


「セイラ」


 レイリーが、改めて私に向き直る。これまで頑なに呼ばなかった私の名前を呼び、泣き出しそうな表情で微笑んでいる。彼の瞳は、愛しげに細められていた。


「俺の妻になってくれますか?」


 少しだけ緊張した面持ちに震えた声。心臓がドキドキと高鳴る。


(答えなんて、分かってるくせに)


 返事の代わりに、私はレイリーの唇に触れるだけのキスをした。何処からともなく祝福の鐘が鳴る。私達は満面の笑みを浮かべながら、互いをキツく抱き締め合ったのだった。
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