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12.悪魔が憑いたから婚約を破棄したい?そんなの絶対、認めません!

4.

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(んん~~~~想像はしてたけど……多っ。一体何冊あるの、これ?)


 ようやくロビーを抜けたサラが向かったのは、図書館の奥の奥。少々マニアックな本や、あまり人目に晒したくない蔵書が陳列されたあたりだ。その一角に、サラの目当てとなる本が並べられていた。


(黒魔術に白魔術……魔界考察って…………)


 棚を占拠するラインナップを目で追いながら、サラはひっそりと息を呑む。タイトルを読むだけで身の毛のよだつような本ばかりがそこにはあった。

 けれど、先程のアザゼルの様子から、一番手掛かりになりそうなのはこの手の内容だろうと考えたのだ。


(実際、『勘が良い』なんて言ってたし)


 アザゼルを乗っ取った男の言うことがどこまで本当かは分からない。けれど、あの様子だと全くの的外れでもないのだろう。サラはブルりと震える身体を擦りながら、黙って視線を走らせた。
 すると、本と本の間。影になってよく見えない辺りに隠れるようにして陳列された一冊が、サラの目を惹いた。


「これ……!」


 本のタイトルは『悪魔召喚術』。何ともきな臭いタイトルだが、今のサラにはインパクト十分だ。


(もしも……もしもこの本に従って、アザゼルが悪魔を召喚していたら?)


 そんなことを考えるだけで、背筋が凍りだしそうな感覚に襲われる。
 けれどサラは勇気を出して本を手に取ると、そっと閲覧コーナーへ向かった。

 館内にいくつも設置された閲覧用のテーブルは、元々マニアックな本のエリアということもあり、人も少なく快適だ。サラは空いた席の一つに腰掛けると、最初の1ページに手を掛けた。
 ゴクリと耳の奥で唾を呑み込む音が聞こえる。ギュッと目を閉じ、恐る恐るページを捲ろうとしたその時だった。


「お嬢さん、その本は読まない方が良いよ」


 誰かがサラに声を掛けた。しわがれた老人のような声だ。サラが振り向くと、そこには年のころ70歳位に見える、見知らぬ男性が一人立っていた。


「あ……あの」


 何と答えるべきなのだろう。そんな考えが、サラを口ごもらせる。けれど男性はサラの心情もお見通しだったのか、フルフルと首を横に振った。


「悪いことは言わん。自分自身のためでないのなら、その本は開かない方が良い。悪魔に魅入られれば、元には戻れなくなるよ」


 神妙な顔つきの男性に、サラは後ずさりした。


(まさか本当に……!)


 正直言って半信半疑だったアザゼル変貌の原因に現実味が増してくる。


(でも)


 今しがた男性が口にしたこと――『悪魔に魅入られれば、元には戻れなくなる』という言葉が、サラの心に突き刺さる。

 本当にアザゼルはもう元には戻らないのだろうか。サラが大好きだった、優しくて穏やかでいつも笑顔なアザゼルには、もう会えないのだろうか。 


「私の婚約者が変わってしまったんです。まるで悪魔に憑りつかれたかのように――――」


 気づけばサラの口は勝手に動き始めていた。男性はサラをまじまじと見つめ、時折頷きながら話を聞いてくれる。やがてすべての事情を話し終えると、男性は目を細めて笑った。


「なるほどね。お嬢さんの事情は分かったよ」


 男性はサラの隣に腰掛けると、小さくため息を吐いた。けれどサラを迷惑に思うだとか、そういった表情ではなく、どうしたものか考えあぐねているかのような、そんな表情だ。


「――――――婚約者さんが変わってしまってから話をしたのは、一度きりかい?」


 ややして、男性はポツリとそう尋ねた。サラは首を傾げながらもコクリと頷く。


「はい。先程、婚約破棄を主張されたのが最初で最後です」

「だったら、その本を開く前にもっとその婚約者さんと話さないとね」


 男性はサラの前に置かれたままになっていた本を手に取ると、徐に立ち上がった。


「そうすればきっと、今はまだ見えないものが見えてくるから。この本を開くのは、その後にすればいい」


 男性の言葉を聞いて、サラは残念なような、それでいてホッとしたような、複雑な気持ちだった。この本を読めば手がかりが掴めるかもしれない。そう思ったのは本当だが、やはり恐怖心は拭えなかった。誰かに止めてほしい気持ちもあったのかもしれない。
 男性は穏やかに目を細めると、サラに笑いかけた。


「私はいつでもこの図書館にいるから。何かあったらいつでも話し掛けると良い」


 そう言って男性は、本を持ってどこかへ行ってしまった。

 気が付けば窓の外は真っ暗だった。あちこち動き回ったためか、気疲れのためか、サラの口からため息が漏れる。


(取り敢えずはあの人の言う通り、アザゼルともっと話してみることから始めようかな)


 そんなことを思いながら、サラは図書館を後にした。
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