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12.悪魔が憑いたから婚約を破棄したい?そんなの絶対、認めません!

2.

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 初めに足を運んだ先は公爵家――――アザゼルの家だ。


「いらっしゃい、サラちゃん」


 サラを出迎えてくれたのは、彼の3歳年上の姉と、母親の二人だった。


「お久しぶりです。おばさま、お姉さま」


 幼い頃から互いの家を行き来しているため、サラはアザゼルの家族との仲も良好だ。二人は今日も、ニコニコと好意的な笑顔を浮かべている。


(……う~~ん、どうなんだろう)


 未だ二人とも、アザゼルの変貌を把握していないのだろうか。普段と全く変わらない応対で、サラは少なからず戸惑いを覚える。


「折角来てくれたのにごめんなさいね。アザゼルは今出かけているのよ?」


 そう言ってアザゼルの姉――――ラファエラがティーポットを準備してくれた。


(知ってます……!とは、言えないんだけど)


 丁重に礼を言いながら、サラはじっとラファエラたちの様子を観察する。

 いつもと変わらぬ屋敷の様子、楽し気にお茶を淹れるラファエラ達の好意的な雰囲気から察するに、どうやらアザゼルの様子がおかしくなったのはつい先ほど、サラと会う直前のことらしい。つまり、婚約破棄についてもアザゼルが勝手に話をしているだけで、公爵家は何も把握していないし、承諾もしていないことになる。


(良かった!これで先手を打てる)


 サラはキリリと居住まいを正してから、小さく咳ばらいをした。


「あの……お二人にお願いがあります」


 改まった様子を見せるサラに、それまで楽し気に談笑していた二人が小さく目を見開いた。

 普段のサラはどちらかというと大人しいタイプで、こういう風に改まった話をしたり、真剣な表情を浮かべるようなことはない。ラファエラ達は互いに顔を見合わせながら、真っすぐにサラへと向き直ってくれた。


「アザゼルとの婚約のこと…………もしもこの先、アザゼルが私との婚約を破棄したいと言ってきても、認めないでいただきたいのです」


 言いながらサラの瞳には涙が滲んで来た。先程、アザゼルの皮を被った悪魔と話していた時に処理しきれなかった驚きや悲しみ、やり場のない怒りや苦しみが一気に押し寄せてくる。

 ラファエラ達は驚きに目を見開くと、急いでサラへ駆け寄ろうとした。

 けれどサラは、首を横に振り俯くことも涙を拭うこともしない。真っすぐに前を見据え、二人に座るよう促した。


「ど、どういうことなの?サラちゃん」


 アザゼルの母親は困惑した表情でサラを見つめた。ソファの背に身を預けるようにして自身の胸を何度も撫でている。きっと、自分を落ち着かせたいのだろう。ラファエラはサラを見つめたまま眉間に皺を寄せた。


「アザゼルが……あなた達が婚約を解消するだなんてあり得ないでしょう?違う?」


 ラファエラの言葉にサラは唇を尖らせる。


(私だって、ついさっきまでそう思ってた)


 アザゼルと一緒にいると心地が良かった。楽しかった。結婚して、ずっとこんな穏やかな日々が続くのだとそう思っていた。

 けれど、アザゼルから『婚約破棄』の言葉を突き付けられたのは、紛れもない事実だ。どんなに信じがたくとも、その事実だけは受け入れなければならない。


「私は先ほど、アザゼルと会いました。そこで彼に言われたのです。私たちの婚約を破棄したい――――と」

「そんな、まさかっ」

「信じられないわ」


 ラファエラ達は口元を押さえながら、互いに顔を見合わせている。


「だってあの子、あんなにサラちゃんを可愛がっていたのに」

「そうよ!家にいたっていっつものろけ話ばかりするし、私が離婚して出戻った時だって『俺たちは姉さんみたいにはならないよ』なんて嫌味まで言ってきたのよ?そんなあの子が、まさか……」


 サラは二人に向かって小さく笑う。けれど、いつものように上手には笑えなかった。それだけで聡い二人にはサラの言うことが事実だと伝わったのだろう。二人とも悲し気な表情を浮かべた。


「理由は?なんて言っていたの?」


 アザゼルの母親は勢いよく身を乗り出しそう尋ねる。けれどサラは返答に困ってしまった。

 こう尋ねられることを予想していなかったわけではない。初めはありのままの真実を二人に話そうと思っていた。

 けれど、サラが婚約破棄を切り出された話をしただけで、こんなにも心を痛めた二人だ。サラの口から今のアザゼルの状況を伝えるのは得策ではないように思えた。


「詳しくは……教えてくれませんでした」

「そう」


 しばらくの間、誰一人として口を利かなかった。気まずい沈黙がサロンに横たわる。けれど、ややしてサラは大きく息を吸い込むと、沈黙を破った。


「私は、絶対にアザゼルとの結婚を諦めません!」


 アザゼルに宣言した時のようにハッキリと、高らかと宣言をする。すると二人は、パッと瞳を輝かせ、コクコクと頷いた。

「そう!そうね、サラちゃん!」

 先程までの悲嘆な空気が嘘のように、温かい雰囲気が戻ってくる。ラファエラはサラの手を取ると、ギュッと握りしめた。


「私たちに任せて?あの子が何を言ってきても、絶対に婚約破棄なんて認めないから」

「ありがとうございます、お姉さん!」


 サラは力強く微笑むと、ほっと息を吐いた。
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