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9.欲しがりな妹の素敵な返戻品
1.
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「お姉さま、わたくし欲しいものがあるんです」
碧い瞳をウットリと細め、妹であるマーガレットが微笑む。
(欲しいもの、ねぇ)
お姉さまと呼ばれた少女――――ダリアは、心の中でため息を吐きながら、そっと顔を上げた。
「そう。今度は一体何が欲しいの?」
請われたら与える。それを前提とした、気のない返事。
マーガレットが今身に着けている美しい髪飾りも、繊細な刺繍の入ったドレスも、元々はダリアの物だった。
それだけじゃない。
靴やカバン、可愛い調度品や本、それから侍女や家庭教師、友人たちに至るまで、ダリアの大切なものは全て、マーガレットに奪われてしまったのである。
「ふふ、何だと思う?」
マーガレットは口元に手を当て、優雅に笑って見せた。彼女の薬指には、大きくて美しい宝石が輝きを放っている。
「分からないわ。あなたが欲しがるようなもの、わたしにはもう、何も残っていないと思うのだけど」
そう言ってダリアは目を伏せた。
最初の頃はダリアだって、マーガレットの要求に抵抗していた。「嫌だ」と、「これはわたしのものだ」と、きちんと主張していた。
けれど、二人の両親がそれを許さなかった。『姉に生まれたならば、妹が欲しがるものを与えるのは当然だ』と諭され、その癖二人はダリアに多くを買い与えてはくれない。
おかげでダリアは、公爵令嬢らしからぬ空っぽの部屋で、侍女すらいないまま、寂しい生活を送っているのだ。
「隠したって無駄よ!あるでしょう?お姉さまのとっておきが!」
ダリアの隣に腰掛けながら、マーガレットはウットリと目を細める。頬がほんのりと紅く染まっていた。
「とっておき?」
頭に浮かぶのは空っぽなクローゼットと、もの寂しい部屋。残念なことに、ダリアには思い至る節がない。
わけもわからないまま首を傾げていると、マーガレットは勢いよくダリアの手を握った。
「分からない人ね。王太子殿下との婚約話よ!決まってるでしょ?」
そう言ってマーガレットは瞳をキラキラと輝かせている。
「王太子殿下との?――――――あぁ」
確かに、ダリアは昨晩、両親からそんな話があると聞かされていた。普段ダリアに興味がない両親もやけに乗り気で、この話を進めようとしていたことは記憶に新しい。
けれど、妹に全てを奪われた公爵令嬢ダリアには、王太子妃に相応しい教養も、持ち物も、自尊心だって、何も残ってはいない。そんな大役が務まるわけがないと思っていたので、ちっとも関心が無かったのだ。
とはいえ、この婚約はダリアにとっても大きなメリットがある。
一度王城に入ってしまえば、妃の親族といえど、簡単には目通りが叶わない。だから、もしも王太子と結婚すれば、欲しがりな妹と物理的に距離を置くことができるかもしれない――――ダリアにとって王太子との婚約話は、その程度の認識だった。
「王太子殿下が妃に求めるのは、『お父様の娘』であることだわ。だったらお姉さまでなくても良いはずだもの」
「それは、そうかもしれないけど」
ダリアたちの父親は、国の要職についている。政治的な観点から、重臣の娘を妃に迎えることは、よくあることらしい。
ダリア自身『王太子に見初められる』機会など皆無だったので、完全な政略結婚に違いない。
「だけどあなた、エドワードとの婚約は?一体、どうするつもりなの?」
「そんなの当然破棄するわ。相手は王太子殿下だもの。比べるまでもないでしょう?」
まるで壊れた玩具を見下ろすような眼差しに、ダリアの心が痛む。
(当然?エドワードとの婚約を破棄することが?本気で言ってるの?)
ダリアは身体を震わせながら、拳をギュっと握る。
「あっ、そうだわ!なんならお姉さまに返却してあげる!嬉しいでしょう?」
名案だとでも言いたげな表情で、マーガレットは笑った。無邪気な表情があまりにも憎らしい。ダリアは妹から顔を背けながら、唇を噛んだ。
「エドワードは物じゃないわ。返却だなんて、失礼な物言いは止めて」
「別にいいでしょう?本人が聞いているわけでもないんだし」
そう言ってマーガレットは、薬指に嵌めていた婚約指輪をポイっと投げ捨てる。
「そういうことだから、お姉さま。このお話、ありがたくいただいていくわね」
意地の悪い笑みを浮かべた妹の後姿を、ダリアはいつものように黙って見送った。
碧い瞳をウットリと細め、妹であるマーガレットが微笑む。
(欲しいもの、ねぇ)
お姉さまと呼ばれた少女――――ダリアは、心の中でため息を吐きながら、そっと顔を上げた。
「そう。今度は一体何が欲しいの?」
請われたら与える。それを前提とした、気のない返事。
マーガレットが今身に着けている美しい髪飾りも、繊細な刺繍の入ったドレスも、元々はダリアの物だった。
それだけじゃない。
靴やカバン、可愛い調度品や本、それから侍女や家庭教師、友人たちに至るまで、ダリアの大切なものは全て、マーガレットに奪われてしまったのである。
「ふふ、何だと思う?」
マーガレットは口元に手を当て、優雅に笑って見せた。彼女の薬指には、大きくて美しい宝石が輝きを放っている。
「分からないわ。あなたが欲しがるようなもの、わたしにはもう、何も残っていないと思うのだけど」
そう言ってダリアは目を伏せた。
最初の頃はダリアだって、マーガレットの要求に抵抗していた。「嫌だ」と、「これはわたしのものだ」と、きちんと主張していた。
けれど、二人の両親がそれを許さなかった。『姉に生まれたならば、妹が欲しがるものを与えるのは当然だ』と諭され、その癖二人はダリアに多くを買い与えてはくれない。
おかげでダリアは、公爵令嬢らしからぬ空っぽの部屋で、侍女すらいないまま、寂しい生活を送っているのだ。
「隠したって無駄よ!あるでしょう?お姉さまのとっておきが!」
ダリアの隣に腰掛けながら、マーガレットはウットリと目を細める。頬がほんのりと紅く染まっていた。
「とっておき?」
頭に浮かぶのは空っぽなクローゼットと、もの寂しい部屋。残念なことに、ダリアには思い至る節がない。
わけもわからないまま首を傾げていると、マーガレットは勢いよくダリアの手を握った。
「分からない人ね。王太子殿下との婚約話よ!決まってるでしょ?」
そう言ってマーガレットは瞳をキラキラと輝かせている。
「王太子殿下との?――――――あぁ」
確かに、ダリアは昨晩、両親からそんな話があると聞かされていた。普段ダリアに興味がない両親もやけに乗り気で、この話を進めようとしていたことは記憶に新しい。
けれど、妹に全てを奪われた公爵令嬢ダリアには、王太子妃に相応しい教養も、持ち物も、自尊心だって、何も残ってはいない。そんな大役が務まるわけがないと思っていたので、ちっとも関心が無かったのだ。
とはいえ、この婚約はダリアにとっても大きなメリットがある。
一度王城に入ってしまえば、妃の親族といえど、簡単には目通りが叶わない。だから、もしも王太子と結婚すれば、欲しがりな妹と物理的に距離を置くことができるかもしれない――――ダリアにとって王太子との婚約話は、その程度の認識だった。
「王太子殿下が妃に求めるのは、『お父様の娘』であることだわ。だったらお姉さまでなくても良いはずだもの」
「それは、そうかもしれないけど」
ダリアたちの父親は、国の要職についている。政治的な観点から、重臣の娘を妃に迎えることは、よくあることらしい。
ダリア自身『王太子に見初められる』機会など皆無だったので、完全な政略結婚に違いない。
「だけどあなた、エドワードとの婚約は?一体、どうするつもりなの?」
「そんなの当然破棄するわ。相手は王太子殿下だもの。比べるまでもないでしょう?」
まるで壊れた玩具を見下ろすような眼差しに、ダリアの心が痛む。
(当然?エドワードとの婚約を破棄することが?本気で言ってるの?)
ダリアは身体を震わせながら、拳をギュっと握る。
「あっ、そうだわ!なんならお姉さまに返却してあげる!嬉しいでしょう?」
名案だとでも言いたげな表情で、マーガレットは笑った。無邪気な表情があまりにも憎らしい。ダリアは妹から顔を背けながら、唇を噛んだ。
「エドワードは物じゃないわ。返却だなんて、失礼な物言いは止めて」
「別にいいでしょう?本人が聞いているわけでもないんだし」
そう言ってマーガレットは、薬指に嵌めていた婚約指輪をポイっと投げ捨てる。
「そういうことだから、お姉さま。このお話、ありがたくいただいていくわね」
意地の悪い笑みを浮かべた妹の後姿を、ダリアはいつものように黙って見送った。
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