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8.女騎士アビゲイルの失態

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「アビゲイル……ここは何処なのでしょうね」


 人里離れた森の中。こんな場所にそぐわない、高貴な身なりをした少女が声を震わせる。

 360度見渡す限り広がる緑。最後に通った町は、どのぐらい離れた場所にあっただろうか?

 長いプラチナの髪の毛をポニーテールに纏めた女騎士――――アビゲイルは少女の側に跪くと、勢いよく頭を下げた。


「申し訳ございません、王女様!私がついていながら、こんなことに……」


 アビゲイルは眉間に皺を寄せ、涙を流した。

 二人の周りに転がる、見知らぬ顔をした人間の亡骸。今しがたアビゲイルが弑したものだ。


「謝る必要はありません。アビーは私のことを守ってくれました」


 そっとアビゲイルの頭を上げさせながら、少女は微笑んだ。

 少女の名はロゼッタ。この国の王女である。

 一国の王女がどうしてこんな森の中にいるのか。それは、彼女がもうすぐ結婚を控える身であることが理由だった。


 この国には、姫君は結婚が決まると、1か月間廟に籠って禊をする、という決まりがある。ロゼッタとアビゲイルは、その廟へと向かう最中だった。

 けれど、道すがら現れた暴徒が二人を襲った。

 当然、アビゲイル以外にも従者や護衛は付いていたのだが、皆殺されてしまった。

 アビゲイルは敵が乗っていた馬を何とか奪い取ると、ロゼッタを連れて必死に逃げた。逃げて逃げて、見知らぬ森に迷い込んで、そこで追手と応戦し、辛くもロゼッタを守った――――それが、現在二人の置かれた状況である。


「それにしても、これからどうしましょう。ここが何処かもわかりませんし、他にも追手がいるかもしれません」


 ロゼッタはそう口にしながら、小さくため息を吐いた。気丈に振る舞ってはいるものの、彼女は城の中で大事に育てられた姫君。本当は不安で堪らないはずだ。

 ロゼッタ達を襲った暴徒が誰なのか、何が目的なのかもわからない。本当は一度城に戻りたいが、暴徒がまだ潜んでいたら……そう考えると下手に動くことも躊躇われる。アビゲイル一人ではロゼッタを守り切れる気がしなかった。


「しばらくはこの森に身を隠しましょう。どこかに身体を休められる場所が有れば良いのですが」


 風に乗って漂ってくる血の匂いを避けるため、アビゲイル達はひとまずこの場を離れることにした。

 ロゼッタを馬に乗せ、アビゲイルは道なき道を歩いた。
 空に向かって枝を広げる木々のため、太陽の光も届かない。このため、まだ昼間だというのに、辺りは薄暗かった。ついつい気持ちまで沈んでしまいそうになる。


(いけない。私がしっかりしなければ)


 アビゲイルは必死に首を横に振りながら、心を奮い立たせた。


「王女様、私このような素晴らしい自然、見たことがございません。我が国にこのような場所があったのですね」


 ロゼッタの心が少しでも救われてほしい。そんなことを思いながら、アビゲイルは笑う。ぎこちない笑顔だったかもしれない。けれどロゼッタは優しく笑い返してくれた。


「そうね。こんなことがなかったら、私はこんな場所があることを一生知らぬまま、祖国を旅立つことになってました。そう思うと、これは神が私に与えてくれた幸福だったのかもしれません」


 まるで神の祝福を受けたかのような美しい顔立ちに、清らかな心。主君の優しさに心から感謝しながら、アビゲイルは先へ進んだ。
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