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7.【SCOOP】王太子殿下には想い人がいるらしい【殿下付き侍女の取材記録】
8.
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六十一日目。
「おはよう、マイリー」
殿下の朝は、相変わらずキラキラしい。
「おはようございます、殿下」
他の侍女たちと一緒になって、わたしは殿下に頭を下げる。
侍女としての仕事に慣れてきたわたしは、最近では殿下のお召し替えもお手伝いするようになっていた。目に毒だし、めちゃくちゃドキドキするし、全く慣れそうな気配はないけど、仕事だから仕方がない。殿下から香るコロンがあまりにも扇情的で、毎回息を止め、決死の覚悟で挑んでいる。
「今日は撮らなくて良いの?」
なのに殿下は、耳元でそんなことを囁いた。
思わず息を吐きだし、それから思い切り吸い込んだせいで、咽かえるほどの色香に見事に溺れる。
必死に首を横に振って熱を逃していると、殿下はクスクスと楽しそうに笑った。
「年下を揶揄うのはお止めください」
「ん? 俺はマイリーが同い年であったとしても、同じことをしてると思うよ」
殿下は全く悪びれることなく、そんなことを口にする。
(わたしが言いたいのは、そういうことじゃありません!)
本当はそう主張したいけど、先輩たちの目もあるし、さすがに侍女の分を超えている。わたしは必死で言葉を飲み込んだ。
「あぁ、そうだ。今日は午後から来客があるんだ。マイリーにお茶を頼んでも良い?」
すると殿下は、わたしに向かって直接そう尋ねた。悪戯っぽい笑顔。含みがあるのは明白だ。
(もしかして……)
早速今日、殿下の言う想い人が来るのだろうか。だからこそ、わたしが現場を押さえられるように、取り図らってくれたのかもしれない。
「承知しました」
そう言って深々と頭を下げる。そのまましばらくの間、顔を上げることが出来なかった。
午後、殿下に言われた通りの時間にお茶を運ぶ。
けれど、応接室の中に居たのは、何故かわたしの両親だった。
「お父様! お母様まで、一体どうして?」
「それは、その……殿下にお招きいただいて」
両親に会うのは実に2か月ぶりのこと。
あの汚職事件に遭遇した日、わたしは両親との約束をすっぽかしたし、記事はホーク様を通じてやり取りをしたため、最後に会ったのは出仕の前だ。
(まさか、わたしを飛び越えて二人にお咎めが⁉)
殿下のスクープを狙うなんて馬鹿なことを考えたのは、両親だと誤認させているのかもしれない。だとすれば物凄くまずい状況だ。
「殿下! あの……両親はわたしの企みには無関係なんです! 全部全部、わたしが独断で始めたことで、その……」
「マイリー、その件はお咎めなしだと言った筈だよ? 大丈夫。二人を責めるために城に呼んだわけじゃないんだ」
殿下はそう言って、わたしの顔を上げさせる。優しい表情。嘘を吐いているわけではなさそうだ。
「あぁ……でも、君の両親が来たことはちゃんと記録しておいてね」
「へ……はぁ」
わたしは言われるがまま、殿下と両親を念写する。殿下は大層満足そうに笑った。
***
七十日目。
今日のわたしは殿下の部屋の掃除当番だった。
掃除は殿下が執務中に行われる。無駄に広く、高い調度品に囲まれたお部屋は、箒を動かすにしても、雑巾で磨き上げるにしても、大きな緊張を伴う。几帳面な殿下のお部屋はいつも、一分の隙なく、全てのものが定位置に収められているから、微妙な変化を逃さないよう、常に注意しなければならない。
(ん? これは……)
そんな殿下にしては珍しく、今日は文机に、紙や筆が出しっぱなしになっていた。見ればそこには、宝石の名前がいくつか書き並べてある。殿下の瞳の色によく似た深い青色の宝石と、赤い色の宝石ばかりだ。
(もしかして、結婚相手にお渡しするための石を選んでいらっしゃるのかな?)
もしも殿下がわたしに取材のヒントを与えようとしているのだとすれば、こうして紙を出しっぱなしにしていることも辻褄が合う。
(お相手は、赤色の瞳をした女性、なんだろうなぁ)
殿下の周りにそんな瞳の色をした女性がいただろうか。
少なくとも、普段殿下と一緒に仕事をしていらっしゃるヴィヴィアン様ではないらしい。
帰ったらこれまでの取材記録を確認しようと思いつつ、わたしは小さくため息を吐いた。
「おはよう、マイリー」
殿下の朝は、相変わらずキラキラしい。
「おはようございます、殿下」
他の侍女たちと一緒になって、わたしは殿下に頭を下げる。
侍女としての仕事に慣れてきたわたしは、最近では殿下のお召し替えもお手伝いするようになっていた。目に毒だし、めちゃくちゃドキドキするし、全く慣れそうな気配はないけど、仕事だから仕方がない。殿下から香るコロンがあまりにも扇情的で、毎回息を止め、決死の覚悟で挑んでいる。
「今日は撮らなくて良いの?」
なのに殿下は、耳元でそんなことを囁いた。
思わず息を吐きだし、それから思い切り吸い込んだせいで、咽かえるほどの色香に見事に溺れる。
必死に首を横に振って熱を逃していると、殿下はクスクスと楽しそうに笑った。
「年下を揶揄うのはお止めください」
「ん? 俺はマイリーが同い年であったとしても、同じことをしてると思うよ」
殿下は全く悪びれることなく、そんなことを口にする。
(わたしが言いたいのは、そういうことじゃありません!)
本当はそう主張したいけど、先輩たちの目もあるし、さすがに侍女の分を超えている。わたしは必死で言葉を飲み込んだ。
「あぁ、そうだ。今日は午後から来客があるんだ。マイリーにお茶を頼んでも良い?」
すると殿下は、わたしに向かって直接そう尋ねた。悪戯っぽい笑顔。含みがあるのは明白だ。
(もしかして……)
早速今日、殿下の言う想い人が来るのだろうか。だからこそ、わたしが現場を押さえられるように、取り図らってくれたのかもしれない。
「承知しました」
そう言って深々と頭を下げる。そのまましばらくの間、顔を上げることが出来なかった。
午後、殿下に言われた通りの時間にお茶を運ぶ。
けれど、応接室の中に居たのは、何故かわたしの両親だった。
「お父様! お母様まで、一体どうして?」
「それは、その……殿下にお招きいただいて」
両親に会うのは実に2か月ぶりのこと。
あの汚職事件に遭遇した日、わたしは両親との約束をすっぽかしたし、記事はホーク様を通じてやり取りをしたため、最後に会ったのは出仕の前だ。
(まさか、わたしを飛び越えて二人にお咎めが⁉)
殿下のスクープを狙うなんて馬鹿なことを考えたのは、両親だと誤認させているのかもしれない。だとすれば物凄くまずい状況だ。
「殿下! あの……両親はわたしの企みには無関係なんです! 全部全部、わたしが独断で始めたことで、その……」
「マイリー、その件はお咎めなしだと言った筈だよ? 大丈夫。二人を責めるために城に呼んだわけじゃないんだ」
殿下はそう言って、わたしの顔を上げさせる。優しい表情。嘘を吐いているわけではなさそうだ。
「あぁ……でも、君の両親が来たことはちゃんと記録しておいてね」
「へ……はぁ」
わたしは言われるがまま、殿下と両親を念写する。殿下は大層満足そうに笑った。
***
七十日目。
今日のわたしは殿下の部屋の掃除当番だった。
掃除は殿下が執務中に行われる。無駄に広く、高い調度品に囲まれたお部屋は、箒を動かすにしても、雑巾で磨き上げるにしても、大きな緊張を伴う。几帳面な殿下のお部屋はいつも、一分の隙なく、全てのものが定位置に収められているから、微妙な変化を逃さないよう、常に注意しなければならない。
(ん? これは……)
そんな殿下にしては珍しく、今日は文机に、紙や筆が出しっぱなしになっていた。見ればそこには、宝石の名前がいくつか書き並べてある。殿下の瞳の色によく似た深い青色の宝石と、赤い色の宝石ばかりだ。
(もしかして、結婚相手にお渡しするための石を選んでいらっしゃるのかな?)
もしも殿下がわたしに取材のヒントを与えようとしているのだとすれば、こうして紙を出しっぱなしにしていることも辻褄が合う。
(お相手は、赤色の瞳をした女性、なんだろうなぁ)
殿下の周りにそんな瞳の色をした女性がいただろうか。
少なくとも、普段殿下と一緒に仕事をしていらっしゃるヴィヴィアン様ではないらしい。
帰ったらこれまでの取材記録を確認しようと思いつつ、わたしは小さくため息を吐いた。
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