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続・色は思案の外
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拾ったタクシーの中で、樹は俺にべったりくっついて離れなかった。ミラー越しに何度か運転手と目が合い気まずかったが、途中から気にすることをやめた。
向かったのは樹の家。無駄にデカいソファに樹を座らせ、その足元に俺も座る。俯いたまま視線をあげない樹の手を取り、血濡れになった手の甲を拭いてやる。血のほとんどはマキのものだったが、人を殴った樹の手も多少傷になっていた。
「樹って、喧嘩っ早かったんだな」
正直、喧嘩っ早いとかそういう次元ではなかったけど。それでも、できるだけ樹を否定しないように話そうと思った。きっと樹は、怯えているから。
「正直に言っていいよ、引いたんでしょ?」
気持ちを見透かすように、樹が暗い瞳でジッと俺を見ていた。
「……まぁ、若干ビビったけど。でも、引いてない」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
「だって、俺のことを何度も拒絶した」
「何度も……?」
考えて、思い至る。昨夜も一度、樹の腕を払いのけている。おまけに送ってくれるという樹の好意も無下にした。
「あれは……」
「俺の事、頭のイカレた汚い奴って思ってるんでしょ? 今まで数えきれないくらい、どうでもいい奴と関係を持って、挙句暴力をふるった。でも分かって欲しいんだ……。裕太くんと付き合える事がどれほどの奇跡で、それを壊されることがどれほど許し難いことなのか」
「樹、俺はお前をイカレてるなんて思ってないし、汚いとも思ってない」
「嘘だ……」
「だから、嘘じゃねぇって」
俺が大きく溜め息を吐くと、樹の瞳に絶望が滲む。
「お前だって、俺の事あんまり信用してねぇよな」
「……そんなこと、」
「じゃあ、なんでそんな絶望的な顔してんの? 俺が別れたいとでも、言うと思ってんの?」
樹が目を見開いて俺を見つめる。俺はそれを、強く見据えた。
「俺はお前が好きだよ。……あんな風に始まっちまったし、今でも俺の一番の友達は樹以外いないと思ってるけど、俺は恋人として、ちゃんと樹の事が好きだよ」
俺は、目の前にある樹の両手をとった。
「昨日お前の手を振り払ったのは、嫉妬で気が狂いそうだったから」
「……嫉妬……?」
信じられないとばかりに樹が呟いたのを見て、俺は笑いが込み上げる。やっぱり樹は分かってない。
「前から思ってた。キスも、セックスも、あまりに樹が上手いから……それなりに場数踏んできたんだろうなって」
お互いに子供じゃない、立派な大人だ。そんなこと分かってる、分かってる……けど。
「どうしても嫌だった。俺以外にも、樹にこんな風に触れられた奴がいるんだと思うと、胃がムカムカして、胸が潰れそうなほど痛かった。そんな時に、あんな生々しい関係を見せつけられて、ショックだった。本当にそういうやつが居たんだって、あのマキって奴が、俺と同じように樹に……」
「同じじゃない」
俺の手から、樹の手がすり抜ける。いなくなってしまった手は、俺の背中に回された。そのままぎゅうっと抱きしめられ、ソファに座る樹の膝の上に乗り上げる。
「同じなわけ、ない」
「いつき……」
「最低だって分かってる。言えば、嫌われるかもしれない。でも聞いて、裕太くん。俺はさっき店であの子にいったこと、本気で思ってたんだ」
『お前はただの穴なの』
ハッキリとそう言われたマキを思い出す。
「セックスとも言えない寂しい関係。射精して、体をスッキリさせるだけ。発散できるなら本当に誰でもよかったんだ」
「でもマキってやつ、結構かわいい子だった」
「正直顔なんて見てないし、可愛いと思ったこともない。毎回違う相手を探すのも大変で面倒だったから、何度か関係を持ったんだと思うけど……それすら正直覚えてない」
そう言われて、頭では理解できても、どうしてもモヤモヤしてしまう。
「裕太くんを抱いて、初めてセックスがなんなのか知った。優しくしてあげたいのに止まらなくて、泣かせたくないのに苛めてしまう。気持ちよくて堪らなくて、何度達してもまたすぐに昂ぶって。こんなこと、裕太くん以外ではありえなかったんだ。……ごめんね、裕太くん。想いを伝えることを、止められなくて。俺が黙ってれば、今もまだただの親友でいられたかもしれないのに」
俺は思わず、樹の胸倉を掴み上げた。
「ふざけるなよ、樹」
「裕太くん」
「俺は後悔なんかしてねぇからな! お前に抱かれたことも、お前と付き合うことになったことも全部! ただ、どうしても妬けるんだよ! 理屈じゃねぇんだよ! お前がどう思ってようが、相手がお前を好いてるだけでムカムカすんだよ!」
俺だって、どうしたらいいか分からない。樹に色目を使うウエイトレスにもイライラするし、通りすがりに樹を盗み見る女の子たちにもイラつく。
「分かれよ、俺はお前を独り占めしたいんだ。他の誰にも触らせたくないし、見せたくない。マキだけじゃない、お前に抱かれたことのあるこの世の全ての奴にムカつくんだよ。……どうしようもねぇんだよ、どうしようもねぇくらい、俺は……お前が……んっ、う……」
言い終わるよりも前に、樹にキスをされた。それはすぐに深くなって、奪われるようなものに変わっていく。
「はっ、うぅ、いつき……きけ………よ、ンぅ」
「無理だよ……そんな可愛いこというなんて、むり」
「あっ、んぅ! んっ、あっ、は……」
樹の膝の上に乗り、向かい合うようにしてキスをする。俺の頭を抱えるように、髪の中に差し込まれた樹の指。
「あっ、は……んっ、んっ、いつき……」
「ごめん、ごめんね。後悔してる。俺の心無い行為が、こんなにも裕太くんを苦しめるなんて……」
「俺も後悔してる……もっと早く、樹を俺のものにしとけばよかったって」
「ッ!!」
ソファの上に押し倒され、唇から外されたキスが首筋を伝い下へ降りていく。早急に取り払われていく衣服。素肌の上を滑る樹の熱は、いつもより数倍熱い気がした。
「もう、絶対に誰にも触らせるなよ」
「ッ、当たり前だよ……俺には裕太くんだけ。裕太くん以外、いらない。可愛いなんて思える人は、この世で裕太くんだけなんだから」
「馴れ馴れしく、名前も呼ばせるなよ」
いっくん、なんて呼ばせてさ。俺がぷくっと膨れると、樹は眉を下げて困ったように笑った。
「逆だよ」
「え……? ンんっ、んっ、あっ!」
すでに昂ぶり始めていた俺のソコに、完全に勃ち上がった樹のを擦りつけられた。
「俺の全ては、裕太くんのものだよ」
「じゃあ、俺の全てもお前にやるよ、樹」
そう言った俺に、樹は泣き笑いのような顔を見せた。
向かったのは樹の家。無駄にデカいソファに樹を座らせ、その足元に俺も座る。俯いたまま視線をあげない樹の手を取り、血濡れになった手の甲を拭いてやる。血のほとんどはマキのものだったが、人を殴った樹の手も多少傷になっていた。
「樹って、喧嘩っ早かったんだな」
正直、喧嘩っ早いとかそういう次元ではなかったけど。それでも、できるだけ樹を否定しないように話そうと思った。きっと樹は、怯えているから。
「正直に言っていいよ、引いたんでしょ?」
気持ちを見透かすように、樹が暗い瞳でジッと俺を見ていた。
「……まぁ、若干ビビったけど。でも、引いてない」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
「だって、俺のことを何度も拒絶した」
「何度も……?」
考えて、思い至る。昨夜も一度、樹の腕を払いのけている。おまけに送ってくれるという樹の好意も無下にした。
「あれは……」
「俺の事、頭のイカレた汚い奴って思ってるんでしょ? 今まで数えきれないくらい、どうでもいい奴と関係を持って、挙句暴力をふるった。でも分かって欲しいんだ……。裕太くんと付き合える事がどれほどの奇跡で、それを壊されることがどれほど許し難いことなのか」
「樹、俺はお前をイカレてるなんて思ってないし、汚いとも思ってない」
「嘘だ……」
「だから、嘘じゃねぇって」
俺が大きく溜め息を吐くと、樹の瞳に絶望が滲む。
「お前だって、俺の事あんまり信用してねぇよな」
「……そんなこと、」
「じゃあ、なんでそんな絶望的な顔してんの? 俺が別れたいとでも、言うと思ってんの?」
樹が目を見開いて俺を見つめる。俺はそれを、強く見据えた。
「俺はお前が好きだよ。……あんな風に始まっちまったし、今でも俺の一番の友達は樹以外いないと思ってるけど、俺は恋人として、ちゃんと樹の事が好きだよ」
俺は、目の前にある樹の両手をとった。
「昨日お前の手を振り払ったのは、嫉妬で気が狂いそうだったから」
「……嫉妬……?」
信じられないとばかりに樹が呟いたのを見て、俺は笑いが込み上げる。やっぱり樹は分かってない。
「前から思ってた。キスも、セックスも、あまりに樹が上手いから……それなりに場数踏んできたんだろうなって」
お互いに子供じゃない、立派な大人だ。そんなこと分かってる、分かってる……けど。
「どうしても嫌だった。俺以外にも、樹にこんな風に触れられた奴がいるんだと思うと、胃がムカムカして、胸が潰れそうなほど痛かった。そんな時に、あんな生々しい関係を見せつけられて、ショックだった。本当にそういうやつが居たんだって、あのマキって奴が、俺と同じように樹に……」
「同じじゃない」
俺の手から、樹の手がすり抜ける。いなくなってしまった手は、俺の背中に回された。そのままぎゅうっと抱きしめられ、ソファに座る樹の膝の上に乗り上げる。
「同じなわけ、ない」
「いつき……」
「最低だって分かってる。言えば、嫌われるかもしれない。でも聞いて、裕太くん。俺はさっき店であの子にいったこと、本気で思ってたんだ」
『お前はただの穴なの』
ハッキリとそう言われたマキを思い出す。
「セックスとも言えない寂しい関係。射精して、体をスッキリさせるだけ。発散できるなら本当に誰でもよかったんだ」
「でもマキってやつ、結構かわいい子だった」
「正直顔なんて見てないし、可愛いと思ったこともない。毎回違う相手を探すのも大変で面倒だったから、何度か関係を持ったんだと思うけど……それすら正直覚えてない」
そう言われて、頭では理解できても、どうしてもモヤモヤしてしまう。
「裕太くんを抱いて、初めてセックスがなんなのか知った。優しくしてあげたいのに止まらなくて、泣かせたくないのに苛めてしまう。気持ちよくて堪らなくて、何度達してもまたすぐに昂ぶって。こんなこと、裕太くん以外ではありえなかったんだ。……ごめんね、裕太くん。想いを伝えることを、止められなくて。俺が黙ってれば、今もまだただの親友でいられたかもしれないのに」
俺は思わず、樹の胸倉を掴み上げた。
「ふざけるなよ、樹」
「裕太くん」
「俺は後悔なんかしてねぇからな! お前に抱かれたことも、お前と付き合うことになったことも全部! ただ、どうしても妬けるんだよ! 理屈じゃねぇんだよ! お前がどう思ってようが、相手がお前を好いてるだけでムカムカすんだよ!」
俺だって、どうしたらいいか分からない。樹に色目を使うウエイトレスにもイライラするし、通りすがりに樹を盗み見る女の子たちにもイラつく。
「分かれよ、俺はお前を独り占めしたいんだ。他の誰にも触らせたくないし、見せたくない。マキだけじゃない、お前に抱かれたことのあるこの世の全ての奴にムカつくんだよ。……どうしようもねぇんだよ、どうしようもねぇくらい、俺は……お前が……んっ、う……」
言い終わるよりも前に、樹にキスをされた。それはすぐに深くなって、奪われるようなものに変わっていく。
「はっ、うぅ、いつき……きけ………よ、ンぅ」
「無理だよ……そんな可愛いこというなんて、むり」
「あっ、んぅ! んっ、あっ、は……」
樹の膝の上に乗り、向かい合うようにしてキスをする。俺の頭を抱えるように、髪の中に差し込まれた樹の指。
「あっ、は……んっ、んっ、いつき……」
「ごめん、ごめんね。後悔してる。俺の心無い行為が、こんなにも裕太くんを苦しめるなんて……」
「俺も後悔してる……もっと早く、樹を俺のものにしとけばよかったって」
「ッ!!」
ソファの上に押し倒され、唇から外されたキスが首筋を伝い下へ降りていく。早急に取り払われていく衣服。素肌の上を滑る樹の熱は、いつもより数倍熱い気がした。
「もう、絶対に誰にも触らせるなよ」
「ッ、当たり前だよ……俺には裕太くんだけ。裕太くん以外、いらない。可愛いなんて思える人は、この世で裕太くんだけなんだから」
「馴れ馴れしく、名前も呼ばせるなよ」
いっくん、なんて呼ばせてさ。俺がぷくっと膨れると、樹は眉を下げて困ったように笑った。
「逆だよ」
「え……? ンんっ、んっ、あっ!」
すでに昂ぶり始めていた俺のソコに、完全に勃ち上がった樹のを擦りつけられた。
「俺の全ては、裕太くんのものだよ」
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