一から百まで

渡辺 佐倉

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慌てて道場から出て着替える。

百目鬼が迷った様に視線を彷徨わせる。

「相変わらずエロい体だとかそういう評いらないからな。」

俺がそういうと、うっと詰まる。
それから、少し時間を置いて「……今日外泊するってご両親に伝えてくれないか?」と言った。

「ああいいけど、どっか行くか?」

夏休みらしい事をしようと言ったからだろうか。

映画でも行くか、それとも海まで行ってみるか、歌は下手そうだけどカラオケでもいいかもしれない。

家にいる母に伝えるとあっさり許可が出る。
うちは比較的放任主義だ。

鞄に適当に荷物を入れて玄関先で待っている百目鬼のところに行く。

「で、今日どうする?」

駅への道を二人で歩きながら聞く。

百目鬼はこちらを向いて言い出しにくそうにしている。

「温泉に行こうと思ってる。」
「へ?」

予想もしなかった言葉に思わず驚いた声を出してしまう。

「昔、合宿でお世話になった宿があって、そこ予約取ってあるんだけど良かったら。」

なんだ、その準備万端は!
なんで事前に言わないのか。

「それ、優勝してから予約入れたんだろ。よくこんなギリギリでとれたな。」

俺が言うと「まあ、今はシーズンオフみたいなものだから。」と答える。

学生同士でよく予約がとれたなとか、どこだそれとか色々あるけど、二人っきりで温泉という響きの破壊力に慄く。

「とりあえず、ATM寄っていいか?」

そう聞くと、百目鬼は駅で時間を作ってくれた。
だけど「別に大丈夫だから。」と言った。

そもそも、荷物が旅館に行く様なものじゃない。

「優勝祝い何がいいって聞かれて、これしか思い浮かばなかったんだ。」
「それこそご両親と行けばいいだろ。」

俺でいいのかと思わなくもないが、郊外に向かう電車は思ったより空いていて、百目鬼と二人並んでコーラを飲むのは存外悪くない。

「家族旅行は夏休み中に行く。ばあちゃん家だけど。」
「ふーん。」

「兎に角、一之瀬は気にするな。」

後、うちの両親お前の事多分知ってるから。
そう百目鬼は当たり前の事の様に言った。
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