間違い探し

渡辺 佐倉

文字の大きさ
上 下
5 / 9

5

しおりを挟む
夏目視点

自分の顔がそれなりに整っているという自覚はある。
別にセックスをする相手に困ってなどいなかったのだ。

それなのに、態々脅すという手段を使ってあいつに近づいた。

昨日の状況でどういうことだったかはなんとなく分かった。
けれど、怒りよりも何よりも感じているのが喪失感で自分でも愕然とする。

都合のいい道具として選んだ以上でも以下でもない。

そもそも、名前すら知らないのだ。


それで喪失感があるなんて、自分のことを笑ってしまいそうになる。

馬鹿だ。
自分の馬鹿さ加減に嫌気がさす。



「なーつめ君。ちょっといいかな?」

教室で一人ぼんやりと外を眺めていると入り口から声をかけられる。
俺のことを呼ぶやつなんて、喧嘩とそれから学校で必要な用事か、それ位だ。
それ以外はこんな風に教室で大声をかけられることは無い。

そこに立っていたのは、昨日までセフレだった人間と良く似た顔の男だった。
けれど、すぐに別人だと分かる。

それは俺だからという訳では無い事くらい理解できている。
その位同じ制服を着ていても雰囲気は違っている。

あいつが昨日言った言葉が脳内でまだ反響している様だ。
最初から俺の勘違い以外ではありえない関係だったという事を見せ付けられている様だ。

「ねえ、ちょっといいかな?」

人懐っこい笑顔を向けられるが、呼び出されるような覚えは一つしかない。
別にもう、こいつは関係の無い話なのだ。無視をしても良かった。

けれど、あいつの顔と似ているというだけで、何故かもう駄目だった。

「……分かった。」

少し離れた席の女子がこちらを驚いた表情で見ている。そりゃあそうだ。
親しい友人もいないし、誰かとつるむ事もない。

自分でも珍しいなんてことは分かっていた。


あいつの兄弟はどんどん人気の無い特別棟の方へと進んでいく。
サボる時もこの辺は人があまりいない。

社会科の準備室に地図が山積みになっていたりと、教師もあまり近寄らない様に見えた。

「ねえ、空音とはセフレなんだって?」

恐らくあいつが伝えたのだろう。思わず舌打ちしてしまうと、前を歩いていた足をぴたりと止めた。
くるりとこちらを向いたそいつの顔は全く笑っていない。

次の瞬間、そいつのかかとでスネを強か蹴られた。

思わず息をつめる。反対の足に力を入れて反動を逃がした。

「何あっさり認めてるんだよ。」

舌打ちとともにそう言われてようやく、最初の質問自体が当てずっぽうだったことに気が付く。

「そもそも、お前には関係ないだろ?」

苦やし紛れに出た言葉は、本当に負け犬の様で思わず自分も舌打ちをしてしまう。

俺が勝手に勘違いをして、あいつがそれを訂正しなかった。ある意味こいつこそが当事者なのかもしれないけれど、俺にとってはもう関係の無い人間でしかない。

自分勝手で都合のいい話しだと自分自身でも良く分かっている。

「……じゃあ、俺にしたら?」

俺を蹴った時のまま目の前にいた男に言われる。
一歩踏み込まれて、顔が至近距離に見える。

あいつと似たような顔なのに、それでもキスをしたいとは思わなかった。
思わず振り払うと、あいつの兄弟は一瞬よろめく。

それでも、転ぶ事も無くこちらを見ると、ニヤリと笑った。
それは、あいつが絶対にしないであろう表情だという事だけは分かった。

「ふーん。」

面白そうに、あいつの兄弟は言った。

「じゃあ、いいものを見せてやろう。」

こっちだよ。とそのまま人気のない廊下を進んでいった。

仕方がなく後を追いかけた。


あいつの兄弟は無言のままずんずん進んでいって、入ったのは特別棟の一番奥図書室のある場所だった。


「ウチの学校の司書、月水金しかこないから。」

図書館の横にある図書準備室のたて付けの悪い扉を開けながら言われる。

「ここからが一番良く見える。」
「なにが?」
「俺の片割れが。」

お昼休みは大体図書室にいるから。
まるでそんな事も知らないだろ?と言っている様で思わず舌打ちをする。

準備室には図書室の貸し出しカウンターの横にある窓があった。
そこを覗き込むと大机に向かって本を開いているあいつが居た。

真剣に本を読んでいるというよりぼんやりと本を眺めているように見える。
後ろを通る図書委員らしき生徒とぶつかって顔を上げて頭を下げてた。

「ほんと、無表情だろ?」


そういわれ、あいつの表情が先ほどまで本に視線を向けているときとまるで変わらない事に気が付く。

横で「空音はほとんど何も表情に出さないから心配なんだよ。」と言われた。

セックスの最中、酷い事を言ったときに、ぐしゃぐしゃにゆがんだあいつの顔が脳裏に浮かぶ。


最初呼び出した時はこいつの言ったとおりまるで無表情で状況が分かってないのか、さもなければ緊張と後悔で表情が無くなっているのだと思っていた。

けれど、それ以降も基本的にあまり動かない表情にそういうやつなのだと思っていた。

それが感極まったみたいに溶けていくのに堪らなく優越感を刺激された。

少なくとも、俺の前ではもっと表情が変わっていた様に思える。
そのほとんどすべてが表情を歪める様であったとしても、ここまで無表情ではない。

「でも綺麗だろ?」

自慢げに言われ思わず頷きそうになる。

喉の奥のほうで笑う音が聞こえる。
こんなしぐさも、あいつは絶対にしないと思った。


「昨日さ、出くわしちゃったときあいつ、アンタのことばかり気にしているし。それにかなり、感情が表情に出てたから。」

そうだったのだろうか。
昨日泣いていた顔を思い出す。

「俺、空音が泣いてるの見たことがないんだ。」

だから泣かせたら絶対に許さない。そう言われた。
もう既に泣かせてしまっているし、ああ、あいつの名前はくおんというのかという感想しかもてなかった。

事実を伝えれば間違いなく絶対に許されないだろう。俺とあいつはそういう関係だ。

「まあ、正直俺としては別の優しい人と幸せになって欲しいんだけど。」

こればっかりは多分どうしようもないから教えてやったんだ。
ふて腐れた様にあいつの兄弟に言われ、今度こそ思わず「誰にも渡してやるつもりはない。」と言ってしまった。

あいつの兄弟はにやりと笑って「なら、俺の口出しできる範囲じゃねーな。」と言った。
ここで出て行っても、碌な結果にはならないだろう。人前でできる様な話しでもない。
それでももう少しあいつの顔を見ていたい様な気さえしてしまって、自分自身ありえないだろうと思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート! ***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!

けだものだもの

渡辺 佐倉
BL
オメガバース設定の世界観です 番いになるはずだった人を寝取られたアルファ×元ベータの不完全オメガ 苦学生の佐々木はバイト先のクラブで容姿の整ったアルファ、安藤と出会う。 元々ベータだった佐々木はアルファの匂いを匂いとしては感じづらい。 けれどその時はとても強いフェロモンの香りがした。 それは運命の番だからだと言われるけれど、元ベータの佐々木にはそれは信じられない事で……。 不器用な二人が番いになるまでのお話です。 明けの明星宵の明星で脇役だった安藤のお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/389891500/730549595 完全に独立した別の話ではありますがよろしければこちらもどうぞ。 短編予定で後半ちょっとだけそういうシーンを入れる予定なのでR18としています。 エブリスタでも公開中です

【18禁分岐シナリオBL】ガチムチバスケ部🏀白濁合宿♂ ~部員全員とエロいことしちゃう一週間!?~

宗形オリヴァー
BL
夏合宿のために海辺の民宿を訪れた、男子校・乙杯学園のバスケ部員たち。 部員の早乙女リツは、同学年の射手野勝矢と旗魚涼が日常的に衝突するなか、その仲介役として合宿を過ごしていた。 一日目の夕食後、露天風呂の脱衣場でまたも衝突する勝矢と涼から「あそこのデカさ勝負」のジャッジを頼まれたリツは、果たしてどちらを勝たせるのか…!? 性春まっさかりバスケ部員たちの、Hな合宿が始まるっ!

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

 兄と弟妹の淫らな秘密 〜バレなきゃ良いんです〜

一 千之助
BL
 主人公の阿月は、上に兄姉を持つ小学五年生。ある日、彼は、兄と姉の絡まる濡れ場に突入してしまった。  しかしまだ性的な知識の乏しかった阿月は兄達が何をやっているのか理解せず、なにしてんの? と素直に尋ねてしまう。  それを耳にした兄の卯月と姉の菜月は、自分達の秘密に弟を巻き込むべく、幼い弟に性的な悪戯を始めた。  未知の色めいた世界に泣き叫ぶ弟と、それを愉しむ兄姉。  こうして血の繋がらない三人による、爛れた物語が幕をあげる。  ☆いたしているだけの、イチャコラ小説です。愛だけは腐る程あり、事実、処々本当に腐っています。  BL、TL、ゴッタ混ぜのヤってるだけ物語。御笑覧ください、

どうやら俺達は両想いだったらしい

綾里 ハスミ
BL
41才異世界人×37才日本人の、おっさん同士のBLです。(BLというか、ゲイ寄りです) 異世界にやって来たゲイの吉井 正人は、オリヴァーと言う異世界人に拾われて旅をする事になった。正人は、一目会った時からオリヴァーの事が気にいっていたが、その事を知られないように旅を続けるのだった……。

ネコ科に愛される加護を貰って侯爵令嬢に転生しましたが、獣人も魔物も聖獣もまとめてネコ科らしいです。

ゴルゴンゾーラ三国
ファンタジー
 猫アレルギーながらも猫が大好きだった主人公は、猫を助けたことにより命を落とし、異世界の侯爵令嬢・ルティシャとして生まれ変わる。しかし、生まれ変わった国では猫は忌み嫌われる存在で、ルティシャは実家を追い出されてしまう。  しぶしぶ隣国で暮らすことになったルティシャは、自分にネコ科の生物に愛される加護があることを知る。  その加護を使って、ルティシャは愛する猫に囲まれ、もふもふ異世界生活を堪能する!

処理中です...