言霊の國

渡辺 佐倉

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驚愕

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「何故、お前は平然としていられる!!」

青い顔をしたアラタに男は言う。

リツとアラタは示し合わせた通り、何度も何度も、確認のためアラタに寄生した蜘蛛を切った。
この世界での安定した治療方法の確立。

最初は呻くアラタに慄いていたリツだったが、いつしか覚悟を決めた目で彼の項を見つめていた。


「別に平然とはしてないでしょうに」

悲鳴でも上げて欲しかったんですか? ”上げて”にイントネーションをつけながらアラタはからかう様に言った。

粉々に切り刻まれた蜘蛛はもう紙の上で墨の塊の様になっているだけだった。


「魂を消費したのは最初にあの令嬢から蜘蛛を吸ったときだけだから、とくに、なあ」

リツに同意を求める様にアラタが言う。

「魂……?」

不思議そうに答える騎士団長を見てアラタは「そんな事も伝わってなんやな」と言った。

「それなのに、言葉だけは同じもん、つかっとる」

気持ち悪いな。

「同じ言葉でなければ、言霊の意味が伝わらないからではないでしょうか?」

リツの隣で、ウィリアムがそう言った。

アラタが笑った。

「いや、それはないやんか」

説明してへんのか?リツに向かって言う。

「勿論、言葉の意味と言霊に込める力は同じ。それが基本なんやけどな」

今から百年ちょっと前に、革命が起きたから。

アラタが笑った。
言霊は単に言葉にその意味通りの意味をのせて使う力じゃなくなった。

「いかにも成人君主ですって顔をして、世界を良くしたいって言う宣言をしても、その実、戦争を起こすための言霊を仕掛けられる」

言霊ってやつはそういうものだ。
言葉にしなくても声自体にちからがあるやつだっている。

淡々と、アラタは騎士団長に言う。

「言霊使いを御子とあがめて、碌に確認もせず力を使わせることのリスクを何もわかってない」

淡々と言うその言葉は重い。

「お優しいことで」

リツがアラタに言う。

「俺はてっきり、活版印刷機でも強請《ねだ》るものだと思ってました」
「印刷機?」

ウィリアムがリツの言葉を復唱した。

「言霊は複写でも効力を発することが俺たちの時代では可能でしたので」

そうウィリアムに説明した後、リツは鼻で笑う。

「国家に対して進言されるとは、もう充分御子じゃないですか」
「は?」

無表情のままアラタはリツに答えた。
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