言霊の國

渡辺 佐倉

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不可視の御子

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* * *

琥珀の国の御子は、不可視の御子と言われている。

そんな噂が周辺の国々に広がっていた。
事実、琥珀の国は御子の召喚に成功していた。けれど、その召喚に立ち会った者たちの中で御子の姿を見た人間はいなかった。


「いらっしゃいませー」

アラタの言葉に、その男は笑顔を浮かべて「今日は、まいどーじゃないんだな!」とよく通る言葉で言われる。

「俺の郷里でしか使われてない言葉ですから」

それでもイントネーションに独特の癖が混ざっている。


彫金細工の店で修行をしているアラタはその人の事をじいっと見る。

何度もこの店に足しげくこの男はこの国の騎士らしい。
そんな男が何を買う訳でも無く、こうやって足しげくこの店に通っている。

大方、独特な話し方をするアラタが御子かもしれないと思っているのだろう。
実際のところ、この国の昔話に出てくる御子と同じ状況でアラタはこの国に来たのだろう。

しかし、アラタは自分が所謂御子だと明かして国のために仕えるつもりは無かった。


そもそも、インターネットも無いこの世界で書く言霊にどれだけの力があるのか。
せめて出版物の流通路がもう少し確立されている世界であればと思わなくもない。

そのどちらかがあったとして、力をひけらかすことが自分のしたいことなのかと言われるとアラタには分からなかった。

「その腕まだよくならねえの?」

今日も特に買い物をする気は無いらしく、アラタの腕を指さしながら男が聞く。
アラタの右腕には確かに包帯がまかれていた。

けれど、これは怪我をしたから巻いているものではなく、アラタにとっての習慣の様なものだった。

文字を書くタイプの言霊使いを害そうとするものが狙うのは基本的に利き手だ。
だから言霊使いは利き手を守る習慣がある。

アラタも当たり前の習慣として、右腕は常に言霊を使って守っている。
この世界には自分以外も言霊を使える人間がいるのだから、アラタにとっては当たり前の事だ。

その言霊を隠すために包帯を巻いている。

それだけのことを、あたりさわり無く説明できそうに無く、アラタは曖昧な笑みを浮かべて「痣があるので」とだけ言った。

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