6 / 46
蟲2
しおりを挟む
◆
「これが、蟲……」
影の様に輪郭がぼんやりとしている、直径30センチ強の生き物をリツは知っていた。
これはリツたちの世界にもいる。
言霊使いが高校の授業で駆除することもあるそれは、リツ達の世界では、蜘蛛と呼ばれていた。
虫の蜘蛛に似た足と形でぞわぞわと動きまわる姿は普通に気持ち悪い。
放っておくと、あたり一帯をなんでも食い散らかす上に、人間にも寄生する。
生き物ではないとリツの世界では教わる。
言葉から出たのろいの形。
「……寄生された人は、どうやって治しているんですか?」
リツはこの春医学を学び始めたばかりだ。
言霊の力が無くても蜘蛛を退治することはできるだろう。
かなりの労力がかかるだろうが、可能なのかもしれない。
けれど、もしこの真っ黒な墨を塗りこめた様なあれが、人に襲い掛かって寄生されたら。
言霊の力もなく引きはがす方法をリツは知らない。
弓を射て、何度も何度も蟲を貫きそれでも動きまわるそれから、逃げまどいながら剣で切り裂く。
何をしても消える様子の無い、蟲と戦う兵士を遠目で見てリツはため息をついた。
地面すれすれを飛ぶドラゴンが開けた場所に降り立つ。
ベルトを外してもらって降りると、鬼気迫る表情でウィリアムがリツに聞いた。
「蟲に喰われた人を直す方法が言葉の国にはあるのか!!」
肩をつかまれて聞かれる。
方法はある。
けれど、実際にそれができるかというと、リツの今の力では難しい。
科学の発展で力の使い道があっただけで、ここではほぼ何もできないのが悔しい。
「他国と同盟を結べば可能性があるって事だな」
察しがいいのか、ウィリアムはそう言った。
「はい」
道具がそろえば可能だとリツは思った。
一人で手術をしたことは無いが、応急処置位であれば何度もしたことがある。
「そうか」
ウィリアムは初めてまともに笑った様に見えた。
社交辞令ではないその笑みは安堵が混じっている。
精悍な顔つきが笑うと優し気になる。
リツは思わず、あっ、と声を出してしまった。
「どうした?」
貴方の笑みに一瞬見とれてしまいました。なんて言えやしない。
「今すぐの治療は難しいですが、あれを退治することはできます」
あの数であれば可能だ。
寄生された人間がいそうなので実際、蟲はもっと沢山いるのだろうが先ほど目視した程度であればリツでも倒せる。
「近くまで連れて行ってくださいますか?」
「連れて行ってどうする? 蟲に死ねと言えば死ぬのか?」
「まあ、似たようなものです。
鎮護詞《イハヒゴト》を奉ってあれを祓います」
ウィリアムはリツと似た言葉を話している。
だから、という訳ではないが恐らくきちんと効果があるだろう。
外国の蜘蛛には『塵は塵に』と言えば効くという話も授業の余談で聞いた気がするけれど、鎮護詞が充分に通用するとも同時に言われていた。
本当にあれが蜘蛛と同じものならば。
リツはここまで自分を運んでくれたドラゴンに視線を移す。
「声が届く範囲まで私が連れて行きます」
無理だと分かったら即退いてください。
そう言われて頷いた。
実際には、もう少し離れていても問題は無かったのだけれど、それは口に出さなかった。
「これが、蟲……」
影の様に輪郭がぼんやりとしている、直径30センチ強の生き物をリツは知っていた。
これはリツたちの世界にもいる。
言霊使いが高校の授業で駆除することもあるそれは、リツ達の世界では、蜘蛛と呼ばれていた。
虫の蜘蛛に似た足と形でぞわぞわと動きまわる姿は普通に気持ち悪い。
放っておくと、あたり一帯をなんでも食い散らかす上に、人間にも寄生する。
生き物ではないとリツの世界では教わる。
言葉から出たのろいの形。
「……寄生された人は、どうやって治しているんですか?」
リツはこの春医学を学び始めたばかりだ。
言霊の力が無くても蜘蛛を退治することはできるだろう。
かなりの労力がかかるだろうが、可能なのかもしれない。
けれど、もしこの真っ黒な墨を塗りこめた様なあれが、人に襲い掛かって寄生されたら。
言霊の力もなく引きはがす方法をリツは知らない。
弓を射て、何度も何度も蟲を貫きそれでも動きまわるそれから、逃げまどいながら剣で切り裂く。
何をしても消える様子の無い、蟲と戦う兵士を遠目で見てリツはため息をついた。
地面すれすれを飛ぶドラゴンが開けた場所に降り立つ。
ベルトを外してもらって降りると、鬼気迫る表情でウィリアムがリツに聞いた。
「蟲に喰われた人を直す方法が言葉の国にはあるのか!!」
肩をつかまれて聞かれる。
方法はある。
けれど、実際にそれができるかというと、リツの今の力では難しい。
科学の発展で力の使い道があっただけで、ここではほぼ何もできないのが悔しい。
「他国と同盟を結べば可能性があるって事だな」
察しがいいのか、ウィリアムはそう言った。
「はい」
道具がそろえば可能だとリツは思った。
一人で手術をしたことは無いが、応急処置位であれば何度もしたことがある。
「そうか」
ウィリアムは初めてまともに笑った様に見えた。
社交辞令ではないその笑みは安堵が混じっている。
精悍な顔つきが笑うと優し気になる。
リツは思わず、あっ、と声を出してしまった。
「どうした?」
貴方の笑みに一瞬見とれてしまいました。なんて言えやしない。
「今すぐの治療は難しいですが、あれを退治することはできます」
あの数であれば可能だ。
寄生された人間がいそうなので実際、蟲はもっと沢山いるのだろうが先ほど目視した程度であればリツでも倒せる。
「近くまで連れて行ってくださいますか?」
「連れて行ってどうする? 蟲に死ねと言えば死ぬのか?」
「まあ、似たようなものです。
鎮護詞《イハヒゴト》を奉ってあれを祓います」
ウィリアムはリツと似た言葉を話している。
だから、という訳ではないが恐らくきちんと効果があるだろう。
外国の蜘蛛には『塵は塵に』と言えば効くという話も授業の余談で聞いた気がするけれど、鎮護詞が充分に通用するとも同時に言われていた。
本当にあれが蜘蛛と同じものならば。
リツはここまで自分を運んでくれたドラゴンに視線を移す。
「声が届く範囲まで私が連れて行きます」
無理だと分かったら即退いてください。
そう言われて頷いた。
実際には、もう少し離れていても問題は無かったのだけれど、それは口に出さなかった。
1
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
逆ざまぁされ要員な僕でもいつか平穏に暮らせますか?
左側
BL
陽の光を浴びて桃色に輝く柔らかな髪。鮮やかな青色の瞳で、ちょっと童顔。
それが僕。
この世界が乙女ゲームやBLゲームだったら、きっと主人公だよね。
だけど、ここは……ざまぁ系のノベルゲーム世界。それも、逆ざまぁ。
僕は断罪される側だ。
まるで物語の主人公のように振る舞って、王子を始めとした大勢の男性をたぶらかして好き放題した挙句に、最後は大逆転される……いわゆる、逆ざまぁをされる側。
途中の役割や展開は違っても、最終的に僕が立つサイドはいつも同じ。
神様、どうやったら、僕は平穏に過ごせますか?
※ ※ ※ ※ ※ ※
ちょっと不憫系の主人公が、抵抗したり挫けたりを繰り返しながら、いつかは平穏に暮らせることを目指す物語です。
男性妊娠の描写があります。
誤字脱字等があればお知らせください。
必要なタグがあれば付け足して行きます。
総文字数が多くなったので短編→長編に変更しました。
BLゲームの脇役に転生した筈なのに
れい
BL
腐男子である牧野ひろはある日、コンビニに寄った際に不慮の事故で命を落としてしまう。
その朝、目を覚ますとなんと彼が生前ハマっていた学園物BLゲームの脇役に転生!?
脇役なのになんで攻略者達に口説かれてんの!?
なんで主人公攻略対象者じゃなくて俺を攻略してこうとすんの!?
彼の運命や如何に。
脇役くんの総受け作品になっております。
地雷の方は回れ右、お願い致します(* . .)’’
随時更新中。
寝不足貴族は、翡翠の奴隷に癒される。
うさぎ
BL
市場の片隅で奴隷として売られるゾイは、やつれた貴族風の男に買われる。その日から、ゾイは貴族の使用人として広大な館で働くことに。平凡で何の特技もない自分を買った貴族を訝しむゾイだったが、彼には何か事情があるようで……。
スパダリ訳あり貴族×平凡奴隷の純愛です。作中に暴力の描写があります!該当話数には*をつけてますので、ご確認ください。
R15は保険です…。エロが書けないんだァ…。練習したいです。
書いてる間中、ん?これ面白いんか?と自分で分からなくなってしまいましたが、書き終えたので出します!書き終えることに意味がある!!!!
悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました!
スパダリ(本人の希望)な従者と、ちっちゃくて可愛い悪役令息の、溺愛無双なお話です。
ハードな境遇も利用して元気にほのぼのコメディです! たぶん!(笑)
殺し屋が異世界転移してもやっぱり職業は変わらないみたいです
クレハ
BL
日本で殺し屋をしている鹿乃 亮華(カノ リョウカ)。
コードネームはリョカと名乗っている。
そんな彼が仕事帰りに近道しようと路地裏に入り通りに出るとそこは異世界でーーー
しかも何故か18歳の頃の自分に若返っているし黒く短かった髪は腰まで長くなってる!?
え、なに?この世界では黒髪黒目は存在しないの!?
愛用しているナイフ2本だけで異世界に放り出された殺し屋は異世界でもやっていけるのかーーー
※R18はあまりありません、雰囲気だけでも楽しんでいただければと思います。拙い文章ですがよろしくお願い致します。
悪役令息、主人公に媚びを売る
枝豆
BL
前世の記憶からこの世界が小説の中だと知るウィリアム
しかも自分はこの世界の主人公をいじめて最終的に殺される悪役令息だった。前世の記憶が戻った時には既に手遅れ
このままでは殺されてしまう!こうしてウィリアムが閃いた策は主人公にひたすら媚びを売ることだった
n番煎じです。小説を書くのは初めてな故暖かな目で読んで貰えると嬉しいです
主人公がゲスい
最初の方は攻めはわんころ
主人公最近あんま媚び売ってません。
主人公のゲスさは健在です。
不定期更新
感想があると喜びます
誤字脱字とはおともだち
病弱な悪役令息兄様のバッドエンドは僕が全力で回避します!
松原硝子
BL
三枝貴人は総合病院で働くゲーム大好きの医者。
ある日貴人は乙女ゲームの制作会社で働いている同居中の妹から依頼されて開発中のBLゲーム『シークレット・ラバー』をプレイする。
ゲームは「レイ・ヴァイオレット」という公爵令息をさまざまなキャラクターが攻略するというもので、攻略対象が1人だけという斬新なゲームだった。
プレイヤーは複数のキャラクターから気に入った主人公を選んでプレイし、レイを攻略する。
一緒に渡された設定資料には、主人公のライバル役として登場し、最後には断罪されるレイの婚約者「アシュリー・クロフォード」についての裏設定も書かれていた。
ゲームでは主人公をいじめ倒すアシュリー。だが実は体が弱く、さらに顔と手足を除く体のあちこちに謎の湿疹ができており、常に体調が悪かった。
両親やごく親しい周囲の人間以外には病弱であることを隠していたため、レイの目にはいつも不機嫌でわがままな婚約者としてしか映っていなかったのだ。
設定資料を読んだ三枝は「アシュリーが可哀想すぎる!」とアシュリー推しになる。
「もしも俺がアシュリーの兄弟や親友だったらこんな結末にさせないのに!」
そんな中、通勤途中の事故で死んだ三枝は名前しか出てこないアシュリーの義弟、「ルイス・クロフォードに転生する。前世の記憶を取り戻したルイスは推しであり兄のアシュリーを幸せにする為、全力でバッドエンド回避計画を実行するのだが――!?
同室の奴が俺好みだったので喰おうと思ったら逆に俺が喰われた…泣
彩ノ華
BL
高校から寮生活をすることになった主人公(チャラ男)が同室の子(めちゃ美人)を喰べようとしたら逆に喰われた話。
主人公は見た目チャラ男で中身陰キャ童貞。
とにかくはやく童貞卒業したい
ゲイではないけどこいつなら余裕で抱ける♡…ってなって手を出そうとします。
美人攻め×偽チャラ男受け
*←エロいのにはこれをつけます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる