座敷童様と俺

渡辺 佐倉

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 父も母もまるで、俺に普通の仕事を紹介したかの様にふるまった事に驚く。

 呼び出されたのは、最初に親戚の男に会った方の家だった。
 渡されたホットプレートは恐らく新婚家庭向けの様なこじゃれたものだった。

「ありがとう」

 俺が言うと「一人暮らしは何かと大変だから」と母が言う。横で父も頷く。

 この二人は俺の仕事の内容を知らないのだろうか。知らなくてあんな仕事を紹介したのだろうか。

「別に一人暮らしっていうのとは、ちょっと違うだろ」

 ぼそりとした声が出た。

「『おばけ』なんだから、一人暮らしと同じよ」

 母がニコニコしながら言う。
 そもそもここへ来た初日に問いただしているのだ。いい大人が何も分かってない筈が無いのだ。

 ただ、面と向かって会うのがあの日から初めてというだけで、別に連絡を取っていなかった訳でもない。

「事故物件に住むってバイトも世の中あるらしいし、それと一緒だろう」

 父が静かに言う。
 そういうものなのかもしれない。けれど、ごくわずかな日数でもそういうものとは思えなくなっていた。

「別に、普通の人間と大して変わりはしなかったよ」

 それよりも、なんで最初から仕事の内容を教えてはくれなかったのだろうか。
 そんな気持ちになる。

 けれど次の言葉を言う前に、母が次々と袋を渡す。

「どうせ碌なもの食べてないでしょ」

 中に入っていたのは、きゅうりとトマトとナスなどの野菜だ。
 これで何かを作れということなのだろう。次に渡された袋はずっしりと重たい。

「途中のサービスエリアでスイカ買ってきたの」

 それから、と言いながら母はどこででも買えそうなカップスープと菓子が入った袋を手渡す。

 そういえば大学の時もこうやって色々と渡された。
 何も変わらない様子に彦三郎について言われたことが一瞬薄れてしまう。

「そんな事より、まずは本家の方にご挨拶とそれからお仏壇にお参りをしよう」

 父はもうこうやって俺に何かを渡す母に慣れてしまったみたいで、普通にそう言う。

 父も母も、彦三郎の話をあえてしない様に見えた。



 田舎の親戚の家に行った時はおじさんに挨拶をして、お土産を渡しつつも仏壇で手を合わせる。
 お土産の包みはそのまま仏壇の横に並べられて、それから座敷に行って他の親戚と話をする。

 特に説明されたことは無いけれど、いつもそういうルールになっていた。
 その中に彦三郎の存在を感じるものは何もない。だから、俺は今まで彦三郎の存在すら知らなかったのだ。

 それがみんなの当たり前なのだろう。


 本家の座敷は、彦三郎のい部屋より広いが、作りはとても似通っている様に見える。

 そこに親戚一同が集まって料理を囲む。
 昔自分も何度かこのお盆の集まりに参加したことはあったことを思い出す。
 ずっとずっと昔の子供の頃だ。

 その頃と変わらず、大人たちは料理を囲んでいる。

 誰も彦三郎の話はしないし、あの家の方を気にするものもいない。

 なんだか、悔しい様な微妙な気分になる。
 彼は多分このうちに福をもたらすということであの家に縛られているのに、まるで居ない様な扱いだ。
 両親がここに到着する前にすでにここを訪れている親戚も沢山いた。
 しかし、俺がこの場に来るまで親戚は誰もあの家を訪ねてこなかった。

 両親も俺の暮らしているあの屋敷の方には訪ねてこなかった。

「そろそろ、墓にご先祖様を迎えに行くか」

 酔って少し赤い顔になっている、親族の男性がそういう。

 近所にある墓まで提灯を持ってお盆のお迎えに行くのだ。
 彦三郎は一度死んであの家に憑いたらしい。
 けれど、墓に入っている俺の先祖だという話は聞いていない。

 ピンク色の安っぽい提灯に蝋燭をつけて、墓へとぞろぞろと向かうのだ。
 嫌気がさした訳ではない。

 別に元々すごく興味のあった人達じゃないのだから、それを当たり前の様にやり過ごすことが多分きっと一番大切なのだ。

* * *

「よう。随分お早いお戻りで」

彦三郎が縁側で夕涼みをしている。
といっても、彼はこれ以上外には出れないの上に、大した風もない今日は意味があるのかは知らない。

ただ、縁側で一人胡坐をかいてぼんやりとしている様にも見える。

「なあ、アンタはお盆に帰ってくるらしいご先祖様の一人なのか?」

――ピシリ

久しぶりに家鳴りがした。
答えはそれだけで充分だった。



 提灯を濡れ縁に置いて座って空を見る。

 彦三郎が安っぽい提灯を眺めて目を細める。それが怒っている所為ではなく、どことなく懐かしい様な嬉しい様な、そんな表情をしていた。

「いまだにこんなもん使ってるんだな」

 さすがに棒は、プラスチックってやつか。彦三郎は提灯についている赤い棒を撫でる。

「そ、そう言えば、スイカ貰ったんだ」

 なんとも言えない空気にどうしようもなくなって、妙ちくりんな明るい声でそう伝える。
 それで、荷物を何もかも忘れてきていることに気が付く。

 少し離れたところに灯りが並んでいるのが見える。おそらく墓に向った両親や親戚達だろう。
 彦三郎は毎年この灯りを一人で見ていたのだろうか。

 まるでいない者扱いをする門脇の人間がこうやって提灯を持って先祖をもてなす灯りを一人眺めていたのだろうか。
 特に興味の無かったお盆の行事が急に物悲しい様な気分になる。

 家鳴りがした事からも、彦三郎と自分は血縁関係にはないのだろう。

 自分の死後、血縁関係もない人間に閉じ込められて、その人間達は死者のためにああやって提灯を運ぶ。
 どんな気持ちで見てたんだろうか。

「別に、そんな感慨なんてありゃしねーよ」

 こちらの考えがお見通しの様に彦三郎は言う。
 彼の顔を見ると、眉間を彼自身の指でトントンと二度ほど差し示される。

「しわ、すげーぞ」

 ニヤリと笑う。

「そもそも、ずっと同じなんてこたあねーんだ。
例えばその提灯も最初は帰りだけ火をつけてたって知ってるか?」

 今は屋敷の門の前で木を細かくしたようなものを燃やしてそこから火を取って墓参りに行っている。

「別に、意味のあることじゃないし、人が妖に影響するなんてまずありえないんだから、若い兄さんがそんな顔するもんじゃない」

 それよりも。と彦三郎は言った。

「ネット通販で、美味いってカップラーメンを頼んだんだ。
それでも食って頭んなか切り替えな」

 いつの間に受け取ったのだろうか? 玄関の前に置き去りにしてくれたという事だろうか。
 先ほど家鳴りがするほど感情が揺れていた筈の彦三郎は楽しそうにそう言った。




 お盆とかクリスマスとか何か行事の時に、それとは関係ない適当な食事をすると妙に罪悪感がある。

 やかんのお湯を注いで口をつける。
 それなりに美味しいのかもしれないが、普通のカップラーメンだ。

 うちの親戚かそれともこの辺に住む人間かは分からないが相変わらず小さな灯りが見える。

「兄さん、あれだろ。
ホットケーキの焦げた方を自分で選んでへこむタイプだろ」

 そうじゃなければ、自分で作っても崩れたオムライスを自分で食べるタイプだ。
 ここ1か月位で彦三郎の語彙が随分変わった。

 ものを食べるということが気に入って彼のいう事に食べ物の話がとても増えた。
 けれど、この例えは意味が分からなかった。

 そもそも、食べ物を一緒に食べる様な人が過去にいないのだ。
 そりゃあ、もっとずっと小さかった頃母の日にカレーだハンバーグだのを作ったことはある。
 その時に少しだけ失敗したこともあったけれど、多分そういう話じゃないのだろう。

 カップ麺を、ずずずと音を立ててすすりながら彦三郎はちらりとこちらを見る。

 胡坐をかいた彦三郎の膝は骨が浮いている様に見える。
 それなりの量を食べている筈なのに彦三郎の体形は変わっていない様に見える。

 彦三郎の言葉はそうだとも違うとも言いづらく、答えられないのでカップ麺の続きを食べた。
 元々何に手を付けていいのかさえ分からず碌に手も付けられなかった親戚同士の集まりよりも、少しだけマシなものの様に思えた。

 麺のすべてと、汁を半分ほど飲み干したところで彦三郎がさっきの続きを話し始める。
 俺はじっとりと汗をかいているのに、顔色すら変わっていない。

 妙な部分で人とは違うんだと再確認した。




「別に大した話じゃない。
いつも二つ並んでるホットケーキから焦げてる方を態々選んで、それにストレスためてるなって思っただけだ」

 偶然丁度良いタイミングでざあっと風が吹いた。

 彦三郎が何のためにそれを伝えたのかは全く分からなかったけれど、例えの意味はようやく分かった。

「だって、いい方を選ぶと罪悪感あるだろ。人に焦げた方を押し付けたみたいで」

 それに、別に焦げた方を食べても死にはしないし、相手が気にするタイプなら面倒だし、気にしないタイプでももし口に入っていく焦げた部分を見ただけでストレスがかかる。

 たとえ話だ。

 なんにしろ、仕事をすることには向いてないとは思う。もっとうまく美味しい部分を選ばないとどうにもならない事も知っている。

「別に、いつも人に意識的に焦げを押し付けろって言ってる訳じゃないんだ」

 彦三郎の表情が変わる。
 人とは違うということがありありと分かる笑みだ。

「貧乏くじを引いて死んだ俺が言う事じゃないかもしれねえが」

 彦三郎はそう前置きをした。

 インターネットで調べた。座敷童は口減らしで死んだ子を祀るった結果もあるらしいと。

「別に、そんな焦げに一々目を光らせてなくても世界は回るぞ」

 何の話をしているのか自分でも分からなかった。
 単なるホットケーキの話しだ。

 もうとっくに提灯の蝋燭は燃え尽きて消えてしまっていた。




 翌朝のトーストは少し焦げた方を彦三郎に渡した。

 別に考え方の何かが変わった訳ではないし、お互いに大人だからあれが例えだってこと位心得ている。

 朝ご飯を食べた後、もう一度両親のところに向った。
 たった数時間だ。何も変わらない。

 相変わらず、両親は彦三郎の事は濁すし、誰も彦三郎の元に行こうとしていない。
 多分彦三郎もそんなものは望んでないだろう。

 それに、これが焦げなのか? と言われてもよく分からない。

「とりあえず、父さんのいう『お化け』さんとは何とかやってるし、もう少しだけここで頑張ってみるから」

 帰りに食べる様に買ったお菓子も渡してこようとする母さんに断りを入れた後父さんに言う。
 父さんはふうとため息をついた後静かに言った。

「あの人は父さんが小さい頃に一度だけ会った。
まだ、あの調子かい?」
「どんな調子かは分からないけど、相変わらずお子様だよ」

 そうか。とだけ父さんは返した。

「相手は化け物だ。嫌になったらいつでも帰ってきていい。」

 ただ。父さんは昨日ここへ来てから初めてまじめな顔をした。
 
「折角だから、晴泰がこれからどう生きていくのか、雑音の無いところでよく考えなさい」

 お化けの元に自分の息子を派遣した父親がよく言うと思わないでもない。
 けれど、実家に引きこもっていた時よりもマシな生活をしていることは事実だった。

「今度は秋の連休に遊びに来るわ」

 母さんが、そう言った。
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