座敷童様と俺

渡辺 佐倉

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 その晩はいつ干されたかよく分からないかび臭い布団で寝た。

 翌朝起きて、何もない和室だと気が付いて落ち込んでしまう。これは会社を辞める前、徹夜で仕事をした直後会社で寝てしまって起きた時と似た気持ちだ。

 今帰りたいと言ってどうなるのか。
 スマートフォンを見ると母親からトークアプリにメッセージが入ってることに気が付く。

 ああ、そうか。荷物が送られてくるのだと思う。

 他の道はあるのだろうか。ここで実家に帰って、また毎日会社に行く生活が自分は送れるのだろうか。
 どうせ自分には何も出来ないんじゃないかと思った。

 荷物は送らなくていいと書こうとした返信を消去して着替える。

「おう、起きたかい?」

 彦三郎が廊下にいた。

「妖怪は朝飯はたべるのか?」

 聞いてから失礼だったかと考える。
 いつも自分はそうだ。先に考えを上手く巡らせることが出来ない。

「なんだ? 作ってくれるのか?」

 なら、俺はおにぎりが食べたいな。と彦三郎は懐かしそうに言った。

 この家は自転車があるし、かび臭いとはいえそれなりに新しそうな布団もある。
 中身が入っていないとはいえ、冷蔵庫に電源は入っていた。

 玄関の立て付けは悪くないし、庭の木も手入れがされている様だった。
 誰かがこの家に来ている筈なのだ。
 それなのにおにぎりを懐かしそうに言う彦三郎をみて不思議に思う。

「海苔買ってないから単なる塩おにぎりだぞ」

 しかも即席みそ汁はスーパーには売ってなかったので無い。

「そりゃあ、充分ごちそうだな」

 彦三郎は普通に答えた。
 妖怪には栄養なんて概念必要ないのだと思った。


 米は重たいので2kgのものを買ってあった。
 というか、何故かスーパーに大きな袋の米は売ってなかった。

 早炊きでご飯が出来上がるまで三十分。あとは塩を手につけて握るだけだ。

 食器棚には綺麗に食器が収まっていた。
 やはり、誰かが使っていたものでこの家は溢れている。

「俺の前にも何人も、お世話係ってやつがいたんですか?」

 札の部屋におにぎりを運ぶ。
 大体のものがそろってる筈のこの家に、テーブルの様なものは無い。

 仕方が無くそのまま、畳の上に盆ごと置く。

 そうして、彦三郎が食べ始めてから聞いた。

「あ? どうしたんだい?」

 一口、おにぎりを飲み込んでから彦三郎は言った。

「おにぎり、久しぶりだと言ってたので……」
「ああ。死ぬまでは食った事がなかったな」

 死ぬまでという言葉が引っかかる。

「……アンタ座敷童になる方法をしらないのか」

 彦三郎はこれまでで一番子供らしくない笑みを浮かべた。



「人柱《ひとばしら》だよ。口減らしだ」

 それっきり、彦三郎は何もしゃべらない。
 そのまま、黙っておにぎりを食べると最後に「ごちそうさん」とだけ言った。

 人柱がなにかは良く知らないけれど、口減らしという言葉は昔学校の授業でやった民話か何かで出てきた。
 食べ物が無かった時代の悪習だという事だけは覚えている。
 自分の聞いた民話では老人がその対象だった。

 だって、と聞きたい言葉を口にしようとした時だった。

「さて、俺は寝るから」

 これで話はうちきりだと言わんばかりに彦三郎は会話を切ってしまう。

 仕方が無く、皿をさげる。

「ああ、そうだ。門脇のご当主様と話をして、生活費?とかってやつ上げてもらったから」

 部屋を出る直前そんなことを言われた。

「え? この家電話なんてあったか?」
「電話はないな。コレでメールした」

 彦三郎が取り出したのはノートパソコンだった。
 妖怪がパソコン。奇妙な取り合わせだと思う。

 けれど、積み上げられた漫画雑誌をみて彦三郎は別に完全にこの家の外の世界と遮断されているとも言い切れないのかと気が付く。

「wifiお前もつかっていいぞ」

 彦三郎がニヤリと笑う。
 スマートフォンの電波はこの辺たいしてはいらないだろ?
 実際、あまり電波状況は良くないように思える。けれど、自称人外の少年とwifiの話をしているという事実がどうしても奇妙だと感じてしまう。

 彦三郎ははあとため息を付いてそれから「そもそも、新しい事を覚えられなきゃ会話もままならない筈だろ?」という。

「俺が生きてた頃は、兄さんみたいな話しかたする奴なんざ誰もいなかったぜ」

 俺が学ばなきゃ会話だってままならないんだから、そのための物品があるのは当然だろ?
 彦三郎が言って、初めて彼の言った二百年の言葉の重みを知った。
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