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戦争編

三種族会談

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 しばらく魚人、鳥人との交流を楽しんでいたレオン様は、側に控えていた使用人に呼ばれた。そろそろ時間切れのようだ。

 現在。レオン様は、将来アルベルトを支えるために、多くのことを学んでいる。
 王族としての礼儀作法に、国の歴史や経営学などの座学だけでなく、最近では戦闘訓練もやり始めたらしい。ほぼ毎日、予定が詰まっているのだ。

 彼の予定は、このようなハードスケジュールであるため、今日のように長めの自由時間を取れることは、一週間に一回程度だという。

 貴族は、幼い頃から学ぶべきことが多い。……これは人間だけでなく、獣人もそうなんだな。王族なら、尚更だろう。


 元公爵家の貴族である俺も、幼い頃からいろいろ詰め込まれていたが、レオン様のように自由時間を長く取ることは許されなかった。

 まともな休憩時間と言えば、夜に眠る時ぐらいだったかもしれない。あとは、勉強せずに済む、といった意味では折檻の時間も休憩に含まれるだろうか?
 あれは痛みさえ我慢すれば、頭を空っぽにすることができ――いや、無いな。

 ルベル王国にいた当時は、それも休憩時間だと思えたのだが、獣王国というまともな場所に所属した今では、そうとは思えない。

 駄目だ。昔を思い出すと泣きたくなる。


 話を戻そう。……レオン様と別れ、俺達は魚人や鳥人達と共に、会談を行う場所へと向かう。

 その時。背後から視線を感じた俺は、そちらへ振り向いた。


(……レオン様?)


 まだその場に残っていたレオン様と、目が合った。彼はさっと目を伏せると、使用人と共に立ち去って行く。……何だろう?
 気になるが、今は三種族会談の方が重要だ。そちらに集中しよう。


 会談を行う部屋に入ると、その中心に丸いテーブルがあり、アルベルトは既に着席していた。その後ろには宰相のフィデルと、近衛旅団団長のリアムが控えている。

 まず、先頭にいたアドルフと俺とロッコが跪き、続いて魚人と鳥人達も跪いた。俺達の代表として、第一旅団副団長のアドルフが挨拶する。


「魚人族の長名代、ソラン様と魚人族の皆様。鳥人族の長、ヒジリ様と鳥人族の皆様を、ご案内しました」


 数日前に聞いたのだが、魚人族の長であるドランはぎっくり腰を起こしてしまい、会談に参加できなくなってしまったらしい。その代理として急遽、息子のソランが参加することになった。

 それはそれとして。後ろから一瞬、何人かの動揺した声が聞こえたな。アドルフの言葉遣いに驚いたのかもしれない。


「うむ、ご苦労。――ようこそ、獣王国ヴァイスへ。私が獣王、アルベルトだ。さっそくだが、席についてくれ。会談を始めるとしよう」


 ソランとヒジリが、空いている席に座る。その後ろにはそれぞれ、護衛である魚人の男二人と、クロマルと鳥人の男一人が控えた。
 俺とアドルフとロッコに、シエルを含めた残りの魚人や鳥人達は、壁際に立っている。


「ソラン殿に、ヒジリ殿。貴殿らと出会えて、とても嬉しく思う」
「こ、こちらこそ……!」
「お会いできて光栄です、獣王陛下」
「ありがとう。……獣王国に残る資料を見るに、こうして三種族が一堂に会するのは、随分と久しいことのようだった。これを機に、今後は積極的に交流していきたいと思っている。既にどちらも、獣王国との交易を数回行っているようだが……どうだ? 何か不便は無いか?」
「いいえ、そんな! むしろ、魚人族にとってはありがたい限りです」
「お気遣い、ありがとうございます。鳥人族としても、非常に有意義な交易となっておりますので、不便は全くありません」
「それは何よりだ。我々獣人族も、貴殿らとの交易には助けられているよ」


 会談は穏やかに始まった。最初は緊張していたソランとヒジリだが、アルベルトが優しく声を掛けてくれたおかげで、それも和らいでいく。

 そのタイミングを見計らっていたのか、アルベルトが本題を切り出した。


「さて。そろそろ、本格的な話し合いを始めよう。……フィデル」
「はい、獣王陛下。……獣王国宰相、フィデルと申します。ここからは、現在の敵対勢力であるアウルム帝国と、エクレール教について、私が皆様にご説明いたします」


 彼はそう言って、現在の状況や、オオカミ族の村が襲撃された時のこと、俺がロタールから聞き出した情報などを共有する。
 ソラン達は、俺がエクレール教に狙われていることを知り、驚いていた。それに加えて、鳥人族の者達が憤慨している。


「我らが救世主様を捕らえようとした、だと?」
「不届き者め……!」
「エクレール教、滅すべし」
「えーと、そこのガチ勢――違う。鳥人族。少し落ち着け。話はまだ終わっていないのだ。魚人族は既に知っていることなのだが……」


 一瞬、素が出てしまったアルベルトだが、気を取り直してもう一つ、情報を共有した。シエルの予言についてだ。


「いずれ訪れる災い……ですか。何やら、不吉な予感がしますね」
「うむ。私が魚人族の代表者だけでなく、シエル殿も招待したのは、これが理由だ。顔を合わせたかったこともそうだが、予言について話し合いたいと思ってな」


 全員の視線が、壁際に立つシエルに注がれた。彼女はビクリと体を震わせたが、次の瞬間には背筋を伸ばし、凛と佇む。


「その場合は、人払いをお願いいたします。わたしの予知能力についても、詳しくお話したいので」
「……良いのか? レイモンド達の報告では、貴殿の未来予知の結果を他人に全て話すと、頭痛に襲われるそうだが……」
「未来予知の結果に関しては、確かにそうなります。しかし、予知能力自体の詳細であれば、話しても問題ありません」
「なるほど。そういうことであれば、後ほど聞かせてもらうとしよう」


 頷いて納得したアルベルトは、次にソランとヒジリを見る。


「ソラン殿、ヒジリ殿。私は貴殿らと、良い関係を築きたいと思っている。……そこで、提案だ。――獣人族、魚人族、鳥人族で同盟を組まないか?」


 魚人と鳥人が、ざわざわと話し出す。予想通り、動揺しているな。獣人族側はアルベルトから前もって聞かされていたので、落ち着いている。


「し、失礼ながら獣王陛下。聞いても、いいですか?」
「構わんぞ、ソラン殿。どうした?」
「臣従せよ、とは言わないのですか?」
「ソラン!」


 思わずといった様子で、シエルがソランを呼んだ。彼の軽率な発言を咎めたかったのだろう。
 リアムが武器に手を掛け、ソランを睨む。しかし彼は冷や汗を流しながらも、アルベルトを見つめる。真剣な眼差しで、アルベルトの言葉を待っていた。

 すると。獣王は微笑み、口を開く。


「今、私が求めているのは新たな臣下ではない。――新たな同胞だ」
「同胞……?」
「そう。我々獣人族は、エクレール教やアウルム帝国に立ち向かうために、共に戦い、支え合う仲間を……同胞を求めている」
「…………」
「不安なら、実例となった者の話を聞いてみようではないか。なぁ? レイモンド」


 今度は俺に視線が集まった。無茶振りするなよ、獣王!


「実際に我々の同胞になってみて、何か感想は?」
「そう、ですね。私の場合、魚人族と鳥人族の方々と比べると、随分と状況が異なっていますが――」


 一度言葉を切り、傍らに立つアドルフとロッコを見て、つい口元が緩んだ。胸の辺りが温かくなった気がして、そこに片手を当てる。そして目を閉じた。


「結論だけ、申し上げます。――私は獣人族の同胞となったおかげで、血の繋がった家族よりも尊い、大切なものを得ることができました」
「…………」
「……陛下?」


 何も言葉が返って来なかったため、目を開けると、アルベルトは限界まで目を見開いて俺を見つめていた。
 いや、彼だけじゃないな。リアムも、フィデルも同じような顔で俺を見ている。視線を感じて横を見ると、アドルフとロッコもそうだった。

 あんた達、どうした? 揃いも揃って何故同じ顔をしている?


「……レイモンドはこのように言っているが、どうだ? ソラン殿」


 ややあって、固まっていたアルベルトが、ソランにそう問い掛けた。彼の耳と尻尾が忙しなく動いている。明らかに動揺……いや、これは喜んでいるのか? 何故?


「そっ、そうですね。……レイモンド殿と獣王陛下のお言葉を、信じようと思います」
「では?」
「はい。……長、ドランからは『会談中の決め事に関しては全て任せる』と言われているので、この場で宣言します。――魚人族は、三種族同盟に賛成する」
「ありがとう、ソラン殿。……ヒジリ殿はどうだ?」


 魚人と鳥人達が再び響く中、アルベルトはヒジリにも声を掛ける。ヒジリは緊張した面持ちで、顔を上げた。


「我々鳥人族は魚人族とは違い、獣王陛下の使者に攻撃を仕掛けてしまいました。そして、敗北しました。我々の方こそ、臣従すべきだと思わないのですか?」


 響きが収まり、しんとした部屋になる。ヒジリも含めて、鳥人族は震えていた。本気で、臣従することを覚悟しているのだろう。ヒジリの言葉に抗議する者は、誰もいなかった。


「……先程の言葉はソラン殿だけでなく、ヒジリ殿への言葉でもあったのだが?」
「え?」
「攻撃されたことに関しては、そちらが交渉に応じてくれた時点で、帳消しとされている。我が使者達も、それで納得しているぞ」


 ばっと俺を見たヒジリに向けて、笑顔で頷く。あの件は鳥人の若者達だけでなく、アポ無し訪問をした俺達も悪い。その時一緒にいた獣人達は全員、そう認識しているのだ。


「これを踏まえて、もう一度聞く。我々と同盟を組まないか?」
「……本当に、よろしいのですか?」
「無論だ」
「ありがとうございます……! ――鳥人族も、獣人族、魚人族と同盟を結びます」
「よし!」


 それを聞くや否や、アルベルトは立ち上がり、ソランとヒジリのもとへ歩み寄る。


「具体的な同盟内容については、これから話し合うとして……まずは――」


 そう言って、ソランに右手を、ヒジリに左手を差し出す。彼らはアルベルトが何をしたいのかを察して立ち上がり、それぞれが彼の手を握った。


「獣人族、魚人族、鳥人族による三種族同盟は、ここに成立した! 我々獣人族は、貴殿らとその同族達への協力を惜しまないと約束する」
「魚人族も、同盟を結んだ獣人族、鳥人族の助けになると誓おう!」
「鳥人族も同様です。三種族で、力を合わせましょう」
「――そのうち、北のとある種族も合わせて、同盟になる可能性があるかも、な?」
「はぁ?」
「えっ?」


 おっと……? さりげなく爆弾落としたぞ? そんな話は獣人族側も聞いてないぜ、獣王!


 というか北のとある種族って、魔族しかいねぇだろ!



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