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獣王国ヴァイス編
惑わしの森
しおりを挟む拠点に泊まった翌日の朝。俺達は偵察隊と共に、昨日ブラッド・ベアに案内された山壁の前まで向かった。
昨日、拠点にいた偵察隊の者と相談した結果。彼らと共に、あの壁の向こうを探索することになった。偵察隊を派遣したカルロスには、昨日のうちにヘンリーとジョニーを遣いに出し、探索について報告済みだ。
山壁の前に到着し、全員で壁の向こう側へ進む。……最初に前に出たのは、魔法師の男だった。ちなみに、鹿の獣人だ。
「では、これから風魔法で霧を払ってみます」
「おう。頼んだぞ」
風魔法の使い手である彼に頼み、まずはこの霧を魔法で払えるかどうかを試す。
「自由なる風よ、我の行く手を阻む霧を払いたまえ――ウインド・クリア」
魔法が発動した瞬間。彼の杖から風が放たれ、一瞬霧が晴れる。森の奥へと続く道が見えた。……しかし、すぐにまた霧に包まれてしまう。
「駄目ですね。霧が深過ぎる。……ボクの魔力がもっと多かったら、一気に払えたかもしれない。すみませんでした、副団長」
「いや、構わねぇ。ご苦労だった。……予定通り、ここからは地道に進む。仲間とはぐれないようにしろ。自分の目の前にいる奴から、目を離すんじゃねぇぞ」
アドルフを先頭に、かろうじて見える道を歩く。元の位置に戻れないと迷ってしまうため、定期的に木の幹に印を刻みながら進んだ。
「なんだか、不気味だわ」
「確かに、ちょっと気味が悪いよな。この森」
「……薄暗い」
「それに、よく分からないけど変な感じがするニャ。霧のせいかニャア?」
護衛隊の四人が次々と口を開き、それに釣られて偵察隊の獣人達も小さな声で話し合う。……皆、不安を紛らしているんだろう。
そんな中でも、アドルフだけは無言だった。……いや。無言というか、何か気になることがあるから黙って考えている……?
「副団長はどう思う? この森のこと」
「…………」
「……おーい?」
「副団長? どうしたニャ?」
レンツもアドルフの様子に気づき、声を掛けるが反応しない。レベッカが話し掛けても、反応無し。
「おい、アドルフ」
「ん? ……何だ、レイ」
次に俺が声を掛けると、ようやく振り向いた。
「何を考えていた?」
「……まだ確証が持てない。もう少し進んでから話す。……おい。目印はしっかり付けとけよ」
「はい!」
偵察隊のうちの一人にそう声を掛けると、アドルフは再び前を見た。
わざわざ目印を付けている獣人に念を入れたということは――やはり、そういうことなのか?
彼の考えがなんとなく分かった俺は、はぐれないように気をつけながらも、森自体を観察する。……そのおかげで、疑惑は確信に近づいた。
*****
しばらく歩き続けた俺達の中で、最初にその異変に気づいたのは、幹に印を付けていた獣人だった。
「え? ……あ、あれっ?」
「どうした?」
「こ、この木! 既に印が付いてる! さっき俺が付けた印だ!」
「はぁ? 何言ってんだ?」
ざわざわと周りが騒いでいた時。俺は、額を押さえてため息をつくアドルフの隣にいた。
「……アドルフが考えた通りだったな」
「! やっぱり、お前も気づいていたんだな? さっきから森をちらちら観察していたのも、それか」
「あぁ。……歩いている間、森には何も変化が無かった。違和感のある場所も無かった。つまり――俺達は気がつかない間に、同じ場所を歩き回っていたことになる」
「そうだな。ってことは、これもさっきの壁と同じ――」
「幻惑魔法の効果ね」
「クレア」
俺達の下に、クラウディアがやって来た。苦々しげな表情を浮かべている。
「魔法師なのに、全く気づけなかったわ。……迂闊だった。おそらく、あの壁よりもこの霧の方が本命だったのよ。元の場所に戻れるといいんだけど……」
「戻ってみないと分からないが、もしかしたら霧の中に閉じ込められた可能性もあるか……」
「えぇ」
彼女は責任を感じているらしく、声がいつもより弱々しい。……下手に慰めたら悪化するかもしれない。ここは何も触れずに、話を続けるとしよう。
「俺は聞いたことが無いんだが、幻惑魔法を解く方法に心当たりはあるか?」
「……いえ、無いわ」
「そうか……とりあえず、元の場所に戻れるかどうか試してみないか? 戻れるようなら、一度拠点に帰ることも考えた方がいい」
「そうだな。そうするか。……一度来た道を戻るぞ! 隊列を組み直せ!」
アドルフの号令で再び隊列を組み、来た道を戻る。……すると、あっさりと元の場所に戻ることができた。これで一安心だな。
「で、どうするんだ? 副団長。このまま拠点に帰るか?」
「いや。戻っている間に考えたが――俺のスキルを使おうと思う」
あぁ……だろうな。お前なら、そんな結論を出すと思っていたよ。しかし思ってはいたが、それを許すわけにはいかない。
「ちょっと待て。お前、自分のスキルのデメリットは分かってるよな?」
「分かってるさ。当然だろ」
「分かっていながら、それでも使うのか!」
真実を得る者には、幻術を見破る力がある。だが、それを使えば目の痛みと頭痛に襲われ、最悪の場合、一時的だが盲目になってしまうというデメリットが存在するのだ。
今の状況で、俺達の中で最も強い男がそんな力を使ってしまえばどうなるのか、アドルフだって理解しているはず!
「幸い、今は周りに敵対する者がいないが、もしもお前が万全では無い時に襲撃を受けたらどうする! もちろん全滅はしないだろうが、リーダーであるお前が倒されたら、周りが動揺するんだ。……分かるだろう?」
「……あぁ、分かってる。でもな。今ここで拠点まで戻ったら、まずは幻惑魔法を解く方法を探そうって話になるだろ? それを探している間に、この先にいるかもしれない鳥人族が、別の場所に移動してしまったらどうする?」
「…………」
痛いところを突かれた。確かに、それは俺も考えていた。……この幻惑魔法を使ったのが鳥人族の誰かだったとしたら、既に侵入者である俺達の存在に気づいているだろう。
これほど念入りに姿を隠そうとしているなら、俺達が離れている間に、別の場所に移動してしまってもおかしくない。
あくまでも推測の域を出ないが、少しでも可能性があるなら見過ごせない。
「お前も、そこは理解しているようだな。ならばどうするべきか……分かるよな? レイ」
「…………」
「――心配してくれて、ありがとな」
思わずアドルフを睨めば、奴は嬉しそうに笑っていた。……見抜かれていた。俺がアドルフを止めようとした、本当の理由を。
あー、腹が立つ! こいつは俺が心配していることを分かっていながら、それでもスキルを使おうとしているんだ!
「これはレイの初任務だからな。ここまで来たら、何がなんでも大成功で終わらせてやるよ」
「は? アドルフ。お前まさか、そのために無茶を――」
「さーて、お前ら! 話は聞いてたな? 今から俺のスキルを使って、正しい道を探し出す。その間、俺はスキルのデメリットで使い物にならなくなるだろう。よって、お前らは何が起きても対応できるように、周囲の警戒にあたれ。いいな?」
アドルフは俺の言葉を遮り、勝手に話を進めた。仲間達もそれ以外に方法は無いと思ったのか、渋々といった様子で指示に従う。きっと、皆もアドルフを心配しているんだ。
(――胸騒ぎがする)
頼むから、無茶はしないでくれ。アドルフ。
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