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獣王国ヴァイス編
閑話:魚人の巫女と神獣
しおりを挟む魚人族の巫女シエルは、獣王国からの来訪者達が船に乗って去っていく姿を、最後まで見送った。
先ほどまで、周囲には大勢の魚人達がいたが、彼らは既に持ち場へと戻っている。
船着き場に立つ彼女に、とある存在が声を掛けた。
「ぼーっとしておるな、シエル」
「レヴィ様」
獣神デファンスの眷属、レヴィアタンだった。昨夜と同様に人型で凛と立つ彼女に向けて、シエルは苦笑を浮かべる。
「珍しいですね。あなたが何度も人型で姿を見せるなんて。わたしならまだしも、彼らのような出会ったばかりの人達の前に二度も現れたことは、わたしが知る限りでは、初めてではないですか?」
「仕方ないじゃろう。祝福を与えるのを忘れてしまったのだから」
「本当にそうですか? もしかして、彼らにまた会うための口実を用意したのでは?」
「……さて、何のことじゃ?」
「ふふっ……」
微笑むシエルに向けて、ばつの悪そうな顔を見せるレヴィアタン。
このように、彼女達は気の置けない仲だった。人前では、レヴィアタンに対して畏まった態度を取るシエルだが、二人きりになると彼女をからかうこともある。
「それで、何を悩んでいた?」
「……分かりますか?」
「妾はお主の友じゃからな。……ほれ、妾に話してみよ」
レヴィアタンに促され、シエルが口を開く。
「予知能力が関わっていることなので、詳しく話すことはできませんが――闇が、見えたのです」
「闇?」
「はい。わたし達にはいずれ、災いに立ち向かわなければならない時が来ます」
「災い……お主の予言にもあったな。『いずれ訪れる災いに対抗するために、まずは彼らと共に戦うことを約束しなさい』……だったかのう?」
「そうです。その災いは闇を崇めています」
「闇を崇めるとは、妙な表現じゃな。まるで、闇そのものが神のようではないか」
「…………」
シエルは、思わず黙り込む。……レヴィアタンの言葉が、的を得ていたのだ。
彼女の未来予知――スキルは、何の前触れもなく突然発動する。眠っている時に発動することもあれば、誰かとの会話中や、食事中に発動することもある。
とにかく、突発的なのだ。幼い頃から何度か体験していたため、大人になった今ではそれに慣れてしまった。
しかし今回は、未来予知に慣れていた彼女でも、驚愕する内容だった。
(あれほど恐ろしく、醜い神に立ち向かわなければならないなんて)
そして、その魔の手が伸びる先にいたのは――レイモンドと、アドルフ。
(……いいえ。おそらくあれが狙っていたのは二人ではなく、レイモンド様だけ。アドルフ様は、彼を守っているから一緒に狙われていた。……さらにあの闇は、レイモンド様と親しい人達を憎んでいる)
未来予知で目にした闇は、レイモンドに並々ならぬ執着心を抱いていた。彼に関わる人達を、全て排除をしようと企んでいる。
闇が彼に対して抱く感情は、歪んだ愛。そんな歪んだ感情を身に宿したから、闇は――彼の神は、見た目は美しいが中身が醜い神へと変わってしまった。
シエルは、あれを愛だとは思いたくなかった。あんな感情が、新たな友人となってくれた彼に向けられているなんて……信じたくなかったのだ。
(…………待って。あれは本当に、レイモンド様自身に向けられた感情なのかしら?)
よくよく考えてみると、レイモンドというよりは、彼の中にある何かに向けられていたような――
「シエル!」
「っ!」
「顔色が悪い。どうした?」
「……ごめんなさい。言いたいのですが、言えません」
「……そうか」
心配してくれるレヴィアタンに対して、申し訳ないと思いながら、彼女は目を伏せる。
このことを詳しく話せば、スキルのデメリットで酷い頭痛に襲われる。最悪の場合、過去の巫女と同様に、永遠にスキルが使えなくなってしまう。災いが迫っている今、この力を失うわけにはいかない。
彼らが出港する前。シエルはレイモンドとアドルフに、彼らに迫る脅威について遠回しに伝えて、自らを鍛えることを勧めた。……彼女にできたことは、それだけだった。
「……情けないです。未来が分かっているのに、その詳細の全てを話すことができないなんて」
「少なくとも、シエルは何もできなかったわけではなかろう。お主が今できることをやった。いつまでも悔やむでない。できることは、できるが……できないことは、できないのじゃ」
「……レヴィ様」
「悔やむぐらいなら、レイモンド達のために他に何かできることは無いのか……今のうちに、それを探すがよい」
レヴィアタンの優しげな瞳が、シエルを見つめる。まるで、我が子を見守る母のように。彼女はそれに励まされ、微笑んだ。
「レヴィ様の言う通りですね。……そうします」
「うむ! さて、話を変えようかの。何か良い話題はないか?」
「そうですね……あっ、そうだ! 実はレイモンド様からレヴィ様にと、これを預かっていたんです」
「ん?」
「獣王国の、高級なお酒だそうです。この島に入ることを認めた件と、祝福を授けた件のお礼だと言っていました」
「おぉっ、気が利く男じゃのう! 神獣への貢物か!」
「良かったですね、レヴィ様」
「うむうむ!」
先ほどは母親のようだったのに、今では子供のようだ……と、シエルは面白そうに笑う。いつの間にか、災いと闇への不安が消え去っていた。
「それにしても、レイモンドは不思議な奴じゃのう。何故かあの男には、無条件で力を貸してやりたいという気持ちにさせられる……」
「レヴィ様もですか? わたしも、そう思っていたんです」
「お主もか。……ふむ。やはり、あの男には何かがあるのう。おそらく、獣神様の加護だけが理由ではないはず。だが、悪い気はしない」
「そうですね」
レヴィアタンに同意したシエルは、再び未来予知の結果を思い出す。しかし、今度は災いと闇のことではなく、別のことに思いを馳せた。
――銀の狼とその仲間達だけでなく、魚を象る者達や鳥を象る者達に、魔の軍勢……果ては神とその眷属を従える、金の人間の姿に。
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