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獣王国ヴァイス編

ラルゴ島

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 神獣の試練を乗り越えた俺達は、ラルゴ島に到着した。あともう少しで日が落ちそうだ。辺りも暗くなりつつある。

 島の砂浜には、大勢の魚人達が集まっていた。様々な種族がいるようだが、体全体が鱗で覆われており、見た目が人型であることは共通している。

 物々しい雰囲気は感じられない。むしろ、興味津々といった様子で観察されているような……?

 こちらは彼らの事を警戒しつつ、木製の船着き場に船を着けた。縄梯子を垂らし、俺の護衛隊の五人が先に下りていく。そして最後に、俺が下りると……


「おい、あれ……!」
「……人間。それも金髪だ」
「では、あの方が言った通り――」


 急に、魚人達がざわざわと話し出した。……何だ? やっぱり、人間である俺が一緒にいるのはまずいのか?

 すると、そんな魚人達の中から、一人の魚人が進み出た。こちらに向かって来る。
 杖をついている、背の曲がった老人だった。体を覆う鱗の色は、少し色褪せた橙色。長い鼻と、先がくるりと丸まった尻尾が特徴的な魚人だ。……タツノオトシゴに似ている。


「ようこそ、ラルゴ島へ。ワシは魚人族の長、ドランと申す。そちらの責任者はどなたかな?」
「俺だ。獣王軍第一旅団副団長、アドルフという」
「ふむ……その人間が、あなた方を率いているわけではないのか?」
「あ? 何を根拠にそんな事を?」
「はて。巫女様によれば『金の人間が銀の狼とその仲間を従え、この地にやって来る』とのことだったが……」
「おい。何を言っている?」
「巫女様の言葉に、間違いは無いはず……ひとまず、我が家へ招き入れるべきか?」
「おーい!」


 声や名前から、男性だと思われるドランは、その後もアドルフを無視して、ぶつぶつと独り言を呟いている。
 あの狂狼を無視するなんて、勇気あるなぁ。……あ、そろそろあいつがキレそう。


「……おいこら爺! てめぇ、いい加減に――」
「アドルフ!」
「!」
「よせ。……相手はご老人。それも魚人族の長だぞ。喧嘩を売るな」
「でもよ、レイ! こいつが俺の話を聞かねぇから……」
「まぁ、落ち着け。ここは俺に任せろ」
「ぐるるる……!」


 アドルフは獣のような唸り声を上げるが、大人しく後ろに下がってくれた。俺に任せてくれるようだ。


「……失礼いたしました、ドラン殿。私はレイモンドと申します。人間ですが、獣王軍第一旅団に所属して――」
「おぉ! やはり、巫女様の言葉に間違いは無かった! 金の人間が銀の狼を従えておるわ!」
「はい?」
「ソラン! こちらの方々を、我が家へご案内しろ。ワシはその間に、巫女様を呼びに行く!」
「え? ちょっと、待ってくれ親父! おぉい!」


 ドランはそう言って、老人にしてはきびきびとした動きで去っていく。……その代わりに、ドランを親父と呼んだ魚人が、俺達の下へやって来た。

 姿はドランに似ているが、彼よりも若そうだな。橙色の鱗は、ドランよりも明るい色合い。背が高く、声も男性のものだ。


「親父がすいません。あの人、巫女様が関わるとどうも暴走しちまって……あ、オレはソラン。あの親父の息子です。とりあえず、家まで案内するから、ついて来てください」
「分かりました。よろしくお願いします」
「はい。でも、その前に……お前らは解散! 自分達の家に帰れ! あと、船に残ってる客人達にちょっかい出すなよー」


 ソランはまず、集まっていた魚人達を解散させた。それから俺達を先導して、海から離れる。……俺という人間がいても、敵対はしないようだ。第一関門は突破したと見ていいだろう。

 向かった先にあったのは、自然の中にある大きな漁村だった。いくつもの家が建ち並んでいる。その家々の中に、先ほどまで砂浜に集まっていた魚人達が入っていく様子が見えた。


「……へぇ。ソランは結婚してるんだな」
「おう。自慢の嫁と息子と可愛い娘がいるんだ! 今向かってる家にいるから、後で会わせてやるよ」


 俺は道中、ソランとの距離を縮めることにした。その甲斐あって、今では敬語を外して楽しく会話している。
 交渉する前に、魚人族の長の息子やその家族と仲良くなっておいた方が、きっと後々、話が進みやすくなるはず。


「すげー。もう仲良くなってる……」
「うむ。……相手の懐に、上手く入った」
「さすが、あの副団長を懐かせただけはあるよな」
「……たらし」
「なるほど。レイモンドは人たらし……いや、異種族たらしか。あと、動物たらし」
「うむ……」


 おい、そこのジャガーとサイ。聞こえてるぞ。……そう突っ込みたい気持ちをぐっと堪えて、ソランとの会話に集中する。

 やがて、漁村の中でも一際大きな家の前に到着した。これがソラン達の家か。……彼の家族に出迎えられた俺達は、家にお邪魔してドランを待つことにした。
 彼を待つ間に、さっきから気になっていたことを聞くとしよう。


「ソラン。さっきドラン殿が言っていた、巫女様とは何者なんだ?」
「あぁ、それ。俺も聞こうと思ってた。あの爺、俺達のことを金の人間とか、銀の狼だとか呼んでただろ? あれってどういうことだ?」
「あれは巫女様の予言さ。――巫女様は、未来予知ができるんだよ」
「未来予知? まさか、そんな事……」
「それ、本気で言ってるニャ?」


 クラウディアとレベッカが、ソランを疑っている。声には出さないが、レンツとオリバーも疑いの目で彼を見ていた。……そんな中、アドルフが口を開く。


「そいつ、本気で言ってるぜ」
「……何、だと?」
「え、副団長……マジ?」
「あぁ……」


 嘘を見破るスキルを持つアドルフが、ソランの発言に嘘が無いことを認めた。……とは言え、ソランが騙されている可能性も否定できないが……


「疑う気持ちは分かるけど、本当なんだって! 魚人族はみんな巫女様の力を信じてるし、実際に巫女様の一族……クリオネ族には何度も助けられてる」


 クリオネ……前世で見た、あのクリオネか? 透明で、補食シーンが衝撃的で、実は巻貝の仲間だという……


「詳しいことは、これから来る巫女様に直接聞いてくれ。もっとも、巫女様もあまり詳しくは話せないだろうが……」
「ん? それはどういう意味だ?」
「巫女様が言うには、未来予知の結果を詳しく知ることができるのは巫女様だけで、他人にその全てを教えることができないらしい。全てを話そうとすると頭に激痛が走るし、文献によれば、過去の巫女様の中には無理に全てを話そうとして、予知能力を失った方もいたとか」


 かなり大きな代償だな。強大な力には、相応のリスクがあるということだろう。
 アドルフのスキル、真実をトゥルース・得る者オブテインも、使い過ぎると耳や目が痛くなると、彼自身がそう言っていた。……ん? スキル?

 そうか。もしかしたら、巫女様の予知能力もスキルの効果かもしれない。それも、進化したスキル。能力が強化された代わりに、その大きな代償が追加されたとか?


「……ってことは、あの爺が言ってた『金の人間が銀の狼とその仲間を従え、この地にやって来る』という言葉は、巫女様とやらが予知した、未来の一部を伝えたものか。それぐらいなら頭痛も感じない、と」
「ん? あぁ、そうか。未来の全てを話すことはできないが、未来の一部を曖昧な言葉で、予言として誰かに話すだけなら、可能というわけだな?」
「そ、その通りだが……今の話だけで、よくそこまで読み取れたな……」


 金の人間は金髪の俺、銀の狼とその仲間はアドルフと獣人達のことだな。……別に従えているわけでは無いのだが、巫女様の予知の中では、そう見えたのだろうか。



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