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獣王国ヴァイス編

獣王の皮を被ったやんちゃ坊主

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 謁見後。他の団員達は解散し、俺と第一旅団の幹部達は、獣王陛下と共に彼の執務室にやって来た。

 俺達が全員中に入り、部屋の扉が閉められた瞬間――


「あー堅苦しい! やっぱり謁見はあまり好きになれねーわ」


 獣王陛下のそんな声が聞こえ、思わずぎょっとした。彼は大きく伸びをした後、執務机の奥にある豪華な椅子に、どかっと座る。


「もういっそ、謁見中でも敬語は無しって命令出そうかなー」
「獣王様、さすがにそれは……」
「分かってるって、ヴェーラ。半分冗談だから」
「もう半分は本気か……あまり駄々をこねるでないぞ、アル坊」
「はーい」


 俺は呆気に取られたが、アドルフ達は全く動揺していない。まさか、これが日常茶飯事なのか? 先程までの王様らしい風格は、何処にいった?


「……相変わらず」
「そうですね……獣王様は全くお変わりないようで」
「はっはっは! そう褒めるなよ、エヴァン」
「褒めてないです」
「……レイ。驚く気持ちは分かるが、とりあえずお前も座れ」
「あ、あぁ……」


 気がつけば、幹部達は執務机の前にある二つのソファーにそれぞれ腰掛けている。
 一つのソファーにはアドルフとミュース。その向かいのソファーにはヴェーラ、エヴァン、ロッコが座っていた。

 俺がアドルフの隣に座ると、ハルが俺の膝の上に、トレスが俺の肩の上に乗る。


「あぁ、こら! ハル、トレス!」
「大丈夫だ、エヴァン。いつものことだから。……君達には構ってやれないぞ。今から仕事の話をするからな」
「ニャウー」
「カァー」


 それでもいいよ、と一匹と一羽が居座る。……そんな様子を、獣王陛下が興味深そうに見ていた。


「使い魔が主人以外に、そんなにも懐くとはなー。ロッコ爺からのテレパスで、レイモンドのスキルのことは聞いていたが、それのおかげか」
「はい。おそらくそうだと思います。詳しいことはまだ分かっていませんが……」
「あーいいよいいよ。敬語はいらない!」
「はっ? い、いえ。そういうわけには……」
「普段あまり話さない奴らはともかく、俺の身近にいる奴で敬語を使うのは、宰相とヴェーラとエヴァンだけだ。あと、他の大臣達。………揃いも揃って真面目な奴らだから、仕方なく許してるけど、本当は使って欲しくないんだよ」
「は、はぁ……」
「アドルフが心の友って呼ぶぐらいだし、ただの真面目な奴じゃないんだろ?」


 いや、まぁそうだが……一国の王にそんな失礼なことできるわけがない!

 そう思っていたら、執務室のドアがノックされた。獣王陛下が入室を許可すると、一人の女性の使用人が入って来る。


「失礼しまーす。紅茶をお持ちしましたー」
「おう、ありがとう。……あれ? いつもと香りが違う」
「はい! 新しく良い茶葉が手に入ったので、淹れてみましたー」
「へぇ。良い香りだな」
「でしょう? 後で感想聞かせてくださいねー」
「ん、分かった。ご苦労様」
「はーい。失礼しまーす」


 使用人が俺達の前に紅茶を置いた後、俺は彼女が退出する姿を唖然と見送る。アドルフがくつくつと笑った。


「あのように、使用人の中にも畏まってない奴がいるんだ。公の場でなければ、敬語を使わなくても問題ない。……心配するな。そもそもこの国の王がだからな」
言うな」


 アドルフが獣王陛下を指差すと、彼はちょっと不満そうにムッとした表情を見せる。……俺はそれを見てため息をつき、脱力した。


「普通、国王に指差しするなんて考えられないぞ……」
「いいんだよ。今は公の場じゃねぇからな」
「そうそう。俺は全然気にしないし、さっきの謁見のような場面なら真面目にやるし……メリハリだ、メリハリ!」
「……あー、もう。分かった、分かりましたよ! もう畏まったりはしません。でも、敬語は使わせてもらいます。俺としては、あんたに敬意を払いたいので」
「敬意……?」


 獣王陛下……いや、ヴェーラやエヴァンに合わせて獣王様と呼ぶか。獣王様がきょとんと、俺を見つめる。美人の顔が幼くなった。


 獣王国に来る前に、アドルフ達からフェルゼン砦の戦いや、イルミナルの戦いに発展するまでの一部始終を聞いた。

 獣王様は早い段階で、俺との交渉と同時進行でルベル王国を滅ぼすための準備を進めるよう、第一旅団に命じていたそうだ。

 獣人族のために、ルベル王国ごとエクレール教を潰すと決めたという。……人間との共存を目指している彼は、その決断を下すことをかなり迷ったはず。

 獣王様は自分の理想を追い求めるよりも、多くの同胞達の身の安全を考えた。一国の王としては当然の決断と言えるが、俺はその当たり前 のことを実行した彼に敬意を表したい。

 ルベル王国の国王も側近達も、エクレール教と自分のことしか考えていなかったからな。
 そんな奴らの下にいたせいか、器が大きいだけでなく、当たり前のことを実行できる獣王様を、より一層尊敬するようになった。

 さらに、あの手紙だ。獣王様から俺に宛てた手紙。……あの手紙の中で、彼は俺のことを貴重な人材だと評していた。俺の身を案じてくれた。

 ――嬉しかった。あれ程ありがたい手紙をもらったのは、今世では初めてだった。

 手紙が国王や側近達の目に触れたら面倒事になっていたはずだし、焼却処分はやむを得ない処置だったが……本当は大事に取って置きたかった。


 転生者か否かは関係なく、獣王様には尊敬の念と感謝しかない。


「――と、そういうわけですから、せめて敬語は使わせてください」
「…………」


 転生者云々の話を除いて、敬語を使う理由を説明すると、獣王様はいつの間にか真顔になっていた。……何だ? 俺は何か変なことを言ったか?


「獣王様?」
「……アル」
「は?」
「レイモンドは、今日から俺のことをアルって呼んでいいから。その代わりに、俺もレイって呼ばせてもらうけど」
「却下。それは俺だけの特権だ」


 アドルフがそう言った。いつからお前だけの特権になったんだよ?


「えー? ……あ、じゃあアドルフ」
「何だよ?」
「レイって呼ぶのは諦める。その代わりに、レイモンドを俺の側近としてちょーだい?」
「えっ――」
「渡さねぇよ! いきなり何言ってやがる!」
「獣王様! それはさすがに私も黙っていられません!」
「同じく……!」
「レイモンドは第一旅団の一員じゃぞ! お前も先程の謁見でそれを認めたはずじゃ!」
「僕もそう聞きました! レイモンドは渡しません!」
「フシャーッ!」
「カァカァカァッ!」


 獣王様の発言に驚いたのもつかの間、幹部と使い魔達が一斉に抗議したのを見て……ちょっとだけ引いた。

 そして、俺よりも引いていたのが獣王様だった。見るからにドン引きしている。


「えぇー……レイモンドガチ勢かよ。え? 俺が悪者なの、これ?」
「がちぜい……?」
「あぁいやいや! 気にしないでくれ」


 ミュースの言葉に、慌てて首を横に振った獣王様が、曖昧な笑みを浮かべる。……ガチ勢、か。いよいよ怪しくなってきた。やっぱり彼は転生者か? それも、日本出身の。


「でも、真面目な話。レイモンドには第一旅団としてだけでなく、別の仕事を頼みたいんだ。例のスキルと、お前の外交技術を頼りたい」
「……申し訳ないですが。スキルはともかく、俺の外交官としての能力は、当てにならないと思いますよ。特に、自国に有利な交渉をするという点に関しては失格です。結果的に一国が滅んでますから」
「いいや。諜報部隊からの報告によれば、お前はルベル王国の上層部の馬鹿共を相手に凄く頑張ってたみたいだし、ちゃんと自国のことも考えて、奴らを説得していたわけだろ? ただ、相手が馬鹿だったから上手くいかなかったんだ。それに、相手はエクレール教の信者だった」


 今、馬鹿って二回言ったな。……その通りだが。


「もちろん、最終的には実際の仕事ぶりで能力を見極めるつもりだけど……今のところ、この仕事の一番の適任者はお前だと思ってる」
「獣王様――」
「違う違う。アル!」
「……獣王さ――」
「ア・ル!」
「…………」


 参ったな。これでは話が進まない。そろそろ本題に入りたいのだが。……しかし、王の名前を愛称で呼ぶことには抵抗が――

 と、その時。ノック音が聞こえた。


「獣王様。フィデルです」
「…………しょうがない。この話は後だ。……入っていいぞー!」


 獣王様がそう言うと、扉が開いた。



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