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ルベル王国編
閑話:奴隷救出計画、実行【後編】
しおりを挟む王都には引き続き、諜報部隊の何名かが待機する。その間に残りの諜報部隊の隊員とエヴァンは、奴隷だった獣人達の護衛を務めた。
彼らは王都を脱出した後。夜が明ける前に王都の近辺にある森へ向かい、さらに森の中にあった洞窟へ入る。
その最奥の開けた空間に山羊の獣人、ロッコが佇んでいた。その近くには、第一旅団戦闘部隊の隊員が数名いる。彼らは、ロッコとエヴァンの護衛として同行している者達だった。
なお。エヴァンが王都に向かった時は、王都から迎えに来た諜報部隊の隊員が、護衛を引き継いでいた。
戦闘部隊の者達は隠密行動に向いていない者が多いため、ここでロッコの護衛をしながら待機していたのだ。
「ロッコ師匠! お待たせしました」
「うむ。待っておったぞ」
「……ロッコ? ロッコって、まさか……!」
「獣王国の大賢者様……?」
元奴隷達がざわざわと話し出す。……習得が非常に困難である時空魔法を極めており、先代の獣王の腹心として有名であるロッコは、大賢者という異名を持っていた。
「えー、おっほん! ……同胞達よ。今まで待たせてしまって済まなかった。今から儂がお前達をテレポートで獣王国に送り届ける。もうすぐ、故郷へ帰れるぞ」
ロッコの言葉に、彼らは大いに喜んだ。……元奴隷達の中には、物心がつく前に人間に誘拐されたという子供や若者達も含まれていた。
彼らは記憶にない故郷に対する期待で、目をキラキラさせている。対して、大人達の中には久々に故郷へ帰れることに感動し、涙を流す者が数名いた。
「ではさっそく、中心に寄るのじゃ。少々狭くなるだろうが、それは勘弁しておくれ」
元奴隷達は互いに身を寄せ合い、その時を待つ。ロッコは杖を振り、術式を展開した。
大人数を一斉に一つの場所に転移させるため、コントロールが難しい。さすがのロッコも慎重に準備を進めている。……術式の書き換えを終わらせて、ようやく詠唱に入った。
「無限なる時空よ、我が声を聞きたまえ、我が魔力を受け入れたまえ、我が命に従いたまえ――」
元奴隷達が立つ地面に巨大な魔方陣が現れ、輝きを放つ。
「さぁ無限なる時空よ、彼の者らを獣王国ヴァイスの王都、王宮前広場へ転移させよ――グレイト・テレポート!」
――魔法が発動し、元奴隷達の姿が消えた。……それを見届けたロッコは、地面に座り込む。
「師匠!」
「ロッコ様!」
「……心配は、無用じゃ……久々に魔力を使い果たしたせいで……力が、抜けてしまってのぉ……」
「……お疲れ様でした。ありがとうございます」
疲れてしまったロッコに代わり、エヴァンはその場にいる一人の男……虎の獣人を助けていた、リスの獣人に声を掛けた。
奴隷の救出中は作戦に集中するために我慢していたが、本当は何を置いても確認したかったことを聞く。
「ニコラス。――レイモンド殿は?」
「同胞達を解放する準備を進めるのと、同時進行で調べ上げましたが……彼はどうやら、神殿内にいるようです」
「そうですか……ミュースの話では、彼は神殿の預りになるとのことでしたが……やはりそうなってしまったのですね。神殿には、妙な結界が張られていて近づけないと聞いていますし……一体、どうすれば……!」
リスの獣人――諜報部隊副隊長、ニコラスの報告を聞き、エヴァンは苦虫を噛み潰したような顔でそう言った。
ミュースが突然、オリソンテの領主の館の執務室に現れた時。そこにはちょうど、彼女以外の第一旅団の幹部達が揃っていた。
エヴァンがミュースの怪我を回復魔法で治療しつつ、全員で彼女の報告を聞いた。
国王と側近達の会話、その後のレイモンドの扱い。……レイモンドがミュースを守るために、自身を犠牲にしたこと。
それを聞き終わった途端、怒りで我を忘れてしまったアドルフを四人掛かりで落ち着かせた。
その後、交渉は決裂したものと見なし、同胞の救出作戦を実行するために、エヴァンとロッコと護衛の者達がオリソンテから出発した。
自分も一緒に行くと、我が儘を言い出したアドルフ……と、ミュースを宥めてから出発したため、ロッコとエヴァンは無駄に体力を使わされてしまった。
「エヴァン。……今の儂らにできることは、無い……予定通り、お前は急いでオリソンテに戻るのじゃ……儂も予定通り、次の作戦が始まるまでにファブリカで体を休める……」
「……分かりました。……ニコラス。念のためにこれを渡しておきます。テレパスが籠められている魔法玉です。何か緊急の連絡があった際は、これで団長に直接報告してください」
「承知しました」
それから、諜報部隊はイルミナルへ。エヴァン達は洞窟内にある隠し通路を通って、工業都市ファブリカに戻った。
第一旅団が、密かにファブリカを調略した後。ファブリカの鉱夫達が、数年前に鉱山内で偶然、フェルゼン砦の下を通り、王都近辺の森にある洞窟へ繋がるルートを発見していたことが発覚した。
それを知ったアドルフが、その道を利用して同胞達を救出する計画と、王都に強襲を仕掛ける計画を立案。ファブリカの領主の許可を得て、同胞の救出作戦を実行した。
強襲作戦も、既にファブリカに待機している者達が、ロッコの指示の下で実行する予定だ。
実を言うと、これらの作戦は以前から計画されていた。
ルベル王国が、獣王国の要求を受け入れる可能性は低い。
そう考えた獣王が第一旅団に、レイモンドとの交渉と同時進行で、ルベル王国を滅ぼすための準備を進めるよう命令した。
人間との共存という理想を描いていた獣王にとっては、苦渋の決断だった。
獣王は、エクレール教とはどうしても相容れないのだと悟る。……今のうちにルベル王国ごとエクレール教を潰さなければ、厄介なことになると考えたのだ。
だが、第一旅団の幹部達の話を聞いた獣王は、レイモンドに対しては期待していた。そのため、彼を獣王国側へ引き入れようと、あれこれ模索する彼らの行動を許した。
獣王は、彼らを惹き付けるレイモンドに希望を見出した。――彼こそが、人間との共存を実現するための鍵になるかもしれない、と。
とは言え、人間一人と、奴隷にされてしまった同胞のどちらを優先するのかと聞かれたら、当然だが同胞を選ぶ。
獣王は同胞達を救出し、確実にルベル王国を滅亡させるために、レイモンドを利用することを決断した。
表向きは交渉に応じていると見せ掛けて、裏では秘密裏に王国への侵攻の準備を進める。
レイモンドにはその事実をギリギリまで隠し通し、獣王軍の動きを王国に悟られないようにした。
その後。準備が整った時に、第一旅団を通じて王国への公式文書とレイモンドへの私文書、それから魔法玉を彼に渡したのである。
獣王には、レイモンドのことを見捨てるつもりはなかった。私文書に書いた内容は全て本心だった。
だからこそ、テレポートが籠められている貴重な魔法玉を渡したのだ。それを使えば、確実に逃げることができる。
報告によると、レイモンドは家族とも不仲のようだし、特定の大切な相手もいないようだ。
それなら、自分の身が危険になった時に逃げようとするだろう――そう考えて、彼のことを甘く見てしまった。
まさか、自身を犠牲にして獣人を守るという、想定外の行動に出るとは思わなかったのだ。
そして、事態は急展開を迎える。
夜が明けた頃。魔法玉を使用したニコラスからヴェーラへ――今日、レイモンドが処刑される、という連絡が入った。
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