よあけまえのキミへ

三咲ゆま

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二章 陸援隊編

第四十九話 新しい幹部さん

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 むた兄に文のことを報告し、私と田中先輩は螢静堂を後にした。

「いやぁ、しっかしあのぼた餅はただ事じゃねぇうまさだったなァ」

 屯所への帰路をずかずかと歩きながら、先輩が満足げにお腹をさすっている。
 もうじきお昼だけれど、日差しはそう強くない。
 青い空にはまばらに雲が浮かび、かすかにそよぐ風の心地よさに思わず目を細めてしまう。のどかな陽気だなぁ。

「雨京さんの手作りですからね」

「ありゃあ、店で食ったら目ン玉飛び出る値段なんだろうな。タダで四つも食っちまったぜ」

「先輩、そんなに食べたんですか?」

「霧太郎さんが、残りは遠慮せず食っていいっつうからよ」

「遠慮なさすぎですよぉ」

 傷まないように出来るだけ早めに平らげてしまったほうがいいとは言っても、朝餉の直後によくそんなに入るなぁ。


「ま、そりゃいいとして。かすみさんから絵のハナシは聞けたかよ?」

 うまく話題を逸らした先輩は、いたって真面目な表情を作ってこちらに視線を投げた。

「聞けました。絵はやっぱり、何枚かやつらが持ち去ったそうです」

「マジか……そうと分かりゃ、じっとしてらんねぇな」

「はい。早く戻って中岡さんたちにも報告したいです」

「おっしゃ、んじゃ屯所まで走るぜ! ついてこい!」

 言うが早いか、地を蹴って彼は疾走する。
 みるみるうちにその背は小さくなり、もたついていた私は風呂敷を背負い直してぱたぱたと後を追った。
 相変わらず足が速いなぁ、とてもついていけないよ。



「待ってくださいよぉ先輩!」

 走って走って、屯所の門をくぐる頃にはすっかり息もきれて、口内には苦いものが込み上げてきていた。
 そう長距離ではなかったものの、足はがくがくと震え、今にも崩れ落ちそうだ。

「おせーぞ! 鍛え方がなってねぇな!」

 ばちんと強めにはじいた先輩の指先が額に命中する。相変わらず穴があいてしまいそうなほどの衝撃だ。

「先輩みたいに鍛えてこなかったんだから、仕方ないじゃないですか……」

「あのなー、いざって時大事なのは戦う勇気より逃げ足なんだぜ? 特におめぇみてぇな弱っちいヤツはな」

「それじゃ、走る練習をしなくちゃですね」

「おうよ! 毎日こっから螢静堂まで走ろうぜ。一月でだいぶ体力もつくはずだ」

「……死なない程度によろしくお願いします」

 ここから螢静堂までの道のりを考えるとさすがに無理がある気がするけれど、先輩は冗談だと茶化すこともなく、玄関へと向かって歩いていく。
 でも毎日走ろうと誘ってくれているということは、明日からは先輩がお見舞いについてきてくれるということなのかな。
 だとしたら安心だ。




「……ふぅ」

 乱れた息を整えながら、乾いた砂地を摺って広々とした庭を横切っていく。
 ここに帰ってくるのは久しぶりだなぁ。

 すれ違う隊士さんたちは皆笑顔で「おかえり」と声をかけてくれるし、目に入る景色もどこか懐かしく気持ちを落ち着かせてくれる。
 まだお世話になりはじめて数日だけれど、ここは確かに私の帰る場所なのだと実感させられる。
 この場にいるだけでなんとなく、守られているような気がするのだ。


 玄関に入ってかまちをまたいだところで、大橋さんが出迎えてくれた。

「天野さん、おかえりなさい」

「はいっ、いま帰りました!」

 ああ、なんだか安心する笑顔だなぁ。
 大橋さんに出迎えてもらえると、肩の力が抜けてほっと胸の奥があたたかくなる。まるでお母さんだ。

「かすみさんから話を聞けたそうですね。こんなにも早くあなたが帰ってくるとは思いもしませんでした」

「はい、かすみさんもだいぶ落ち着いてきたみたいで。これからみなさんにそのあたりのことをお話したいと思うんですが……」

「それでは、中岡さんの部屋でお聞きしましょう。幹部を集めてお待ちしています」

 彼は普段通りのてきぱきとした判断で、すぐさま幹部の方々を呼びに走った。
 私はひとまず自室に荷物を置いてから、中岡さんの部屋へ向かうことにする。
 着替えて身だしなみを整えたい気もするけれど、みなさんを待たせてしまっては悪いし、汗を拭いて乱れた髪を梳くくらいにとどめておこう。



 中岡さんの部屋へと続く廊下を小走りで移動していると、先を歩く見慣れない人影に出くわした。
 声をかけてみようかと口を開きかけたその時、意外にも相手の方が先に言葉を発した。

「……キミが天野さんですか?」

 足を止めて振り返った男の人は、ひょろりとした体躯で薄い顔立ちの浪士さんだった。
 澄んだきれいな声色ながら、妙に力の抜けたのんびりとした響きが特徴的だ。

「そうです。はじめまして、天野美湖といいます」

「はじめまして、幹部の木村弁之進です」

「……え!? 幹部!?」

 陸援隊の!?
 まだいたんだ、幹部さん!
 もしかして私が知らないだけで、もっとたくさんいたりする!?

「幹部ですよ、一応ね。ここんとこ留守にしてたんで天野さんに会うのは初めてですが」

「それは失礼しました……! これからよろしくお願いしますっ!」

「よろしくです……で、何か話があるとか?」

 みしみしと廊下を踏み鳴らしながら木村さんはゆっくりと前へ進んでいく。
 こちらに視線を合わせてはくれない。

「そうなんです。私が住んでいた、いずみ屋というお店の話なんですけど……木村さんはよく知らないですよね、説明したほうがいいでしょうか」

「必要ないです。仲間たちからあらかた聞いたんで。店が燃えたり外道と戦ったり大変でしたね」

「は、はい……」

 なんだか淡々としてるなぁ。
 目も合わさず声色も静かで、考えていることが読み取りにくい人だ。

「ここ、男まみれですからね。何かあったらハシさんの部屋に駆け込むといいですよ。隊長は留守が多いんで、あまり頼れはしないです」

「あ、はい。田中さんや香川さんもいてくれますし、安心です」

「いやぁ、その二人はどうですかね。基本的にはいい奴ですが、女相手だとまた別ですから。喰われないように気をつけてください」

「く、喰われ……!?」

 仲間に対してとんでもないことを言っちゃうんだな、この人。
 いや、よくよく考えてみれば中岡さんも前に似たようなことを口にしていたっけ……?



 少々動揺まじりに木村さんの背についていくと、やがて中岡さんの部屋の前までたどり着いた。

「木村と天野さん、入りまーす」

 返事を待つことなく彼は障子を開け、部屋の中へと足を踏み入れる。
 その場には既に四人が集っていた。私たちもすぐさま彼らの傍に腰をおろす。

「天野、大変だったろう。かすみさんの具合はどうだった?」

 最初に声をかけてくれたのは、中岡さんだった。
 目の前に座った私の肩に優しく手を置きながら、いたわるように目を細める。
 思えば彼は、隊士さんが働きを報告する時にいつもこんな表情をする。じわりと心に染み入るような、あたたかみのあるねぎらいだ。

「最初はひどくおびえて会話もままならない程だったんですけど、だんだんと落ち着いていろんな話をしてくれるようになりました」

「そうか……それは良かった。いずみ屋の絵についても、話が聞けたそうだな」

「はい! 今からお話しますね」

 まずはいずみ屋が燃えた時の状況を伝え、それから水瀬達が店内の壁から取り外した絵を持ち去ったこと、そして、二階にあった父の形見の絵なども同時に奪ったことを告げた。

 彼等の表情は険しい。
 とりわけ、形見となる二枚の絵が奪い去られたと報告した時にあたりを支配した殺伐とした空気は、出撃前のそれに通じるものがあった。


「嫁入りの際に持たせるよう託しておいたものとなれば、お父上がその絵に込めた思いは並々ならぬものがあるでしょうね」

「まぁねぇ。それに、そこそこ名の通った絵師の絶筆ともなれば、かなりの値がつく品のはずさ」

 鋭い目をぐっと細めて重苦しく口を開いた大橋さんの隣で、香川さんがやれやれと首を振る。
 逃した魚の大きさを悔やむような口ぶりだ。

「値打ちの問題じゃねぇだろうが。親の形見だぞ? んなモン盗られて黙ってられっかよ!」

「……そうだな。回収できるものならしたいが、今のところ奴らの足取りは掴めていないからな。木村はどう思う?」

 息をまく先輩をいさめるような形でその発言に同意してみせた中岡さんは、あぐらをかいて耳の穴をほじっていた木村さんに意見を問うた。
 なんだか緊張感に欠けた人だなぁ。
 皆の視線が集中してからも、何やら思案しながらしばし虚空を見つめている。


「……数日いろいろと調べたけど、有力な情報は得られなかったからね。ただ、今年に入って盗人が目立つようにはなったらしい」

 ぼりぼりと頭をかきながら、彼はゆるい口調でそう言い放った。
 木村さんがしばらく屯所に帰ってこなかったのは、外に調べに出ていたからなのか。

「その話は私も聞きました。商家に盗みに入ったあと火付けをして去る盗賊団が動いているって」

 雨京さんが奉行所のお役人さんから直接聞いた話だから、確かな情報だろう。
 矢生一派こそがその盗賊団なんじゃないかという見立てで奉行所は動いているようだけど……。

「うん。その話とは別に、後家さんや女店主単独で切り盛りする料理屋なんかを狙った盗人がここいらを荒らしていたらしい」

「え!? それって……」

「浪人風の若者が、女に取り入って屋敷や店に入り浸る。で、女から銭を搾り取りながらその周辺で軽い盗みを繰り返す。潮時だと思ったら、口封じに女を殺したあと金目のものを奪って次の標的へ……って感じで数件被害が続いたそうな」

 そこまで聞いて血の気が引いた。
 いずみ屋に通っていた深門の動向を思い返せば、そんな流れを期待している節が間違いなくあったからだ。


「女一人くらいならなんとかオトせるとしても、コブつきとなると避けるんじゃないかねぇ? いずみ屋は女将さんに加えてちびっこもいたわけだし」

 香川さんが、いぶかしげに首をひねりながら意見を出す。
 ちょっとひっかかる言い回しだな。

「香川さん! 私、ちびっこじゃありません!」

「ま、そのテの男からすりゃガキんちょさ」

「……そうだねー。もしもいずみ屋を襲った外道どもがその盗人だったとしたら、天野さんの存在を邪魔に思ったはずだ。できるだけ店の外にはじいておきたかっただろうね」

 香川さんの発言も一理あると頷きながら、木村さんは話を続けた。
 私の存在を邪魔に……か。

 あ、そういえば。


「私が魚釣りに興味を示したら、深門はすぐさま釣り道具一式をくれました。夕方から夜は釣れやすいから粘ってみるといいって言われて……」

「思いっきり追い出されてんじゃねぇかオイ!」

 先輩が苦々しく顔をしかめながら声を荒げる。

「そうですね……もしかしたらあの三人は本当に、木村さんが言う盗人なのかもしれません」

「……うん、その可能性は高いと思う」

 木村さんがしっかりと頷き返してくれる。

 私は、新たに触れてしまった奴らの本性に震えが止まらなかった。
 執拗に釣りを勧めてきたのは、私をかすみさんから引き剥がすためだったのか……。
 もしかしたら陽が落ちて一人で釣りをしているところを襲う計画なんかもあったかもしれない。


「結論はやはり、矢生一派は盗賊団であるということか。今後は火付け盗賊の正体も探っていく必要があるな」

 ざわつきはじめた一同を静めるべく、中岡さんが軽い咳払いとともに一旦その場を締めた。
 矢生たちが盗みを生業にしていることはあの屋敷の造りを見ても明らかだったけれど、こうしてあらゆる情報をかき集めて再考してみれば、いずみ屋の騒動が起こるべくして起こったことだと分かる。

「陸援隊に身を寄せたのは、銃を入手するためだろう。まとまった数を手に入れるのは楽なことではないからな」

「そういやあの晩取り返したウチの銃、二挺足りなかったんすよね」

「それも取り戻さねばな。このまま奴らに持たせておけば、いずれ銃口が民に向くだろう」

「ちくしょう……! どこにいやがんだよあいつら!」

 田中先輩が憎々しげに吼える。
 陸援隊の銃、全てを取り戻せたわけじゃなかったんだ。
 あの場で数を確認できるような余裕はなかったからな。
 先輩の刀もそうだけど、まだまだ彼らの中でもこの問題を終わらせるわけにはいかないようだ。



「……いずみ屋の絵は、やはりもうどこかに売られているでしょうか?」

 大橋さんが話を戻してくれる。
 おかげでピリピリと張りつめていた雰囲気がいくらか和らいだ。

「そうなると探しにくいな……そのあたりの店にはないだろうしな」

 中岡さんが首をひねる。
 確かにそうだ、分かりやすく近辺のお店に流しているとすれば足がつきやすいはずだから。

「売り買いのことなら海援隊に意見聞いてみたほうがいいかもしんねぇっすね。明日あたり、天野と訪ねてみますよ」

「そうだな。龍馬はいないだろうが、陸奥くんか長岡くんから話を聞けるだろう」

「むっちゃんとは話したいこともあるんで、丁度いいっす」

 中岡さんと相談の末、ぱっと表情を明るくして田中先輩がこちらに目を向けた。
 私は大きくうなずきながら返事をする。

「はいっ、行きましょう!」

「おし、決まり! んなわけで、とりあえずこのハナシは決着っつうことにしときましょうか!」

「ああ。何はともあれ、絵が残っているという事実は喜ぶべきことだな。一枚ずつ、確実に取り戻していこう」

「はいっ!」

 中岡さんの言葉に、私だけではなく幹部一同も姿勢を正して返事をした。

 解決したかに見えた問題は、依然として不気味な残り火となり目の前にちらついている。
 私たちはまた、新しい問題に向かって進んでいかなければならない。
 その残り火が周囲を食らいつくして、やがてこの身を焼いてしまわぬように。



「――あ、そしてですね。かすみさんから皆さんにことづけがありまして」

 矢生一派の話題にひと区切りついたところで、そっともうひとつの報告についてきりだした。
 かすみさんの名を聞いた一同は、はっとして顔を上げ、こちらに視線を集中させる。

「助けにきてくれてありがとうございます、そしていつか直接お礼を言わせてください、とのことです」

 陸援隊への不信をぶつけられると心配していたのか、思いがけない感謝の言葉を耳にした様子の皆さんは一瞬きょとんとして互いに顔を見合わせる。
 むた兄からの手紙を読み終わったときのかすみさんの反応と同じだ。おもしろいな。

「かすみさん、みなさんにすごく感謝しているんです」

 あらためてそう伝えると、彼らは分かりやすく表情をくずして喜び合った。


「元気になったらみんなで見舞いにいかねぇとな!」

「……そうですね、甘味をたくさん用意してうかがいましょう」

 田中先輩はにっと笑みを漏らして、隣に座る大橋さんを肘でつつく。
 大橋さんも、それを受けてやわらかな笑顔を見せてくれた。

 ――大橋さんはかすみさんのことについて誰よりも心配してくれていたから、私としても真っ先にお見舞いに来てほしい相手だ。


「美人とお茶か! たぎるねぇ!!」

「香川、くれぐれも下心は隠せよ」

「隠せないでしょ。こいつごと消さないと」

 あいかわらず女好きな香川さんに、あきれ半分のツッコミを入れる中岡さん。
 その上からさらに追い討ちの一言を投げかけるのは木村さんだ。物騒なことをさらりと……。


 そうしてしばらくわいわいと盛り上がったあと、ふと気になった様子で中岡さんが口をひらいた。

「ちなみにかすみさんには、陸援隊のことをどの程度伝えてあるんだ?」

「詳しいことはほとんど話してません。浪士さんたちが集団生活しているところだと」

「……よく不審がられなかったな」

 返ってきたのは苦笑い。
 これだけの説明だと無理もないか。

「大丈夫です。おおまかな事情は雨京さんから伝えてあるみたいなので、陸援隊はかぐら屋の味方だとかすみさんも分かっています」

「なるほど、神楽木殿からすでに説明があったのか。ならば安心だ」

「はい。うまく話は通ってるはずです」

 雨京さんの名が出た瞬間、中岡さんがほっと一息ついて安堵の表情を見せる。
 雨京さんは陸援隊のことについて私よりはるかに深く理解しているはずだから、誤解を生むような話はしないはずだ。
 かすみさんもここにお世話になることを大きく反対せずに見送ってくれたのだから、大丈夫。


「かすみさんの具合が一日も早くよくなるといいな」

 中岡さんが私を勇気づけるようにしてポンポンと肩を叩いてくれた。
 それに合わせて、次々に周囲からあがる励ましとねぎらいの声。
 耳に届く優しい声色に、思わず涙がにじんでくる。
 
「ありがとうございますっ!! いつか必ず、かすみさんとみなさんでゆっくりお茶でものみましょう!」

 じわりと胸の奥にあたたかいものが広がるのを感じながら、私は大きく頭をさげた。

 ここに来てから……いや、この人たちと出会ってから。
 感謝の言葉をいくら重ねても足りないほどに、その優しさと頼もしさでこの身を包んでもらっている。
 そばで守ってくれる人がいるということは、こんなにも心強いことなんだ。

 私も、守られてばかりじゃなく、少しでもこの人たちの役に立つことができるといいな――…。



 その後はなにやら幹部のみなさんで話し合いがあるらしく、私は部屋で休んでいなさいと廊下に出された。
 なんだか一人になった途端に、どっと疲れが押し寄せてきた気がする。
 ここ数日気持ちが休まらなかったからなぁ。

 とは言えまだ寝るには早いし、何をしよう?
 やっぱり掃除かな。隊に貢献するという意味で!



 頬を叩いて気合いを入れ直した私は、箒を持って屋敷の外へ出た。
 始めこそ広い屯所を隅々まで掃き掃除! と息巻いていたものの、半分も終わらぬうちに陽が暮れてしまった。
 思っていたよりもずっと奥行きがあるんだなぁ、ここ。

 大変だったけれど、初対面の隊士さんとたくさん言葉を交わせたことは収穫だった。
 みなさんの話によれば、幹部全員と口を聞いた隊士は今のところ一人もいないそうで、隊長や木村さんはどんな人なのかと質問責めにあってしまった。

「隊長っていつも険しい顔してるよなー」

「何か難しいことでも考えてんじゃねぇの? 俺たちとは頭の出来がちがうだろうし」

「人並みに女とか抱いてんのかな」

「天野ちゃん、隊長の女の好み聞いといてよ!」

 井戸端でたむろしていた集団から、どっと笑いが巻き起こった。
 洗った手を拭きながら、私はひたすら苦笑いするしかない。

「そんなこと聞けませんよぉ」

「でも、隊長と親しげじゃないか」

「だよな、隊長のこと名前で呼んでんのって幹部だけだぜ?」

「あ……そういえばそうですよね。失礼だったかなぁ」

 言われて初めて気づいた。
 ここでは中岡さんは隊長なのだ。
 これまでのように気安く接していい存在とは違うのかもしれない。

「幹部並の付き合いがあるんならいいんじゃないか? 隊士目線で接するなら、隊長って呼ぶべきだけどな」

「なるほど……! でしたら私も今後は隊長って呼びます!」

「んじゃ天野ちゃんも、隊士みてーなもんだなー」

「はい! みなさんのお仲間だと思ってくださいっ!」

 同じ敷地で寝食を共にする仲だ。
 ほとんど家族のようなものだろう。

 みなさん私の事情を理解して受け入れてくれるので、屯所での生活は全く苦ではない。
 むしろ毎日が新鮮で楽しいと感じるくらいだ。
 この環境に身を置かせてくれる隊長や幹部のみなさんに、あらためて感謝しなきゃ。


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