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英雄の行く末 ④
しおりを挟むコンコン、というノックの音が聞こえ瞼越しに太陽の光を感じ、目を覚ました。
落ち着いた色の壁紙が見え、ここがどこだったかを一瞬で思い出した。
自分は全裸のまま、肌触りの良いかけ布にくるまるようにして寝ていたらしい。
部屋には自分しかおらず「殺してやる」と言ってくれた人はいなかった。
昨夜団長に首を絞められたが、意識を落とすだけの首の絞め方であったことに今さらながら気が付いた。
元より団長にそんな気は無かったのだ。まだ自分は罪悪感に苛まれる時間を過ごさなくてはならないらしい。
またノックの音がし「ドアを開けてよろしいですか」と声がした。おそらく執事であると思われる。
服を着なくてはと慌て「ちょっと待ってください」と告げ、昨晩脱ぎ散らかした服を探していると、枕元にまとめて置いてあった。
素早く服を着て部屋を出ると「昼食の用意があります」と言われ自分がどれだけの時間寝ていたのかを知った。
昼まで起こされず、しかも昼食を摂れと言われたということは、今すぐ追い出す気はないということだろうか。
食欲など無かったが、やけに圧のある執事に対し断る気力がなく促されるまま食堂に向かった。
この執事はマニス・シュタートンと自分が何をしていたのかを知っているのだろう。昨晩人払いを主から命じられ、主の部屋から自分が出てくるのを見ているのだ。まさかカードゲームをし一晩過ごしたなどと考えてはいないだろう。
居たたまれなさを感じるが、あまりにも平然としている執事に何を言ったらいいのか分からない。
案内された食堂には団長がいた。他にもざっと十数人は食事の席についていた。こちらへどうぞと席を案内してくれた執事も同じテーブルについた。
主従関係なく一緒に食事を摂ることに驚いた。
まるで騎士団の食事のようだと思った。少し違うのは女がいたことだ。三十代とおぼしき女が四人。メイドの服を着ていることから洗濯婦や掃除婦なのだろうが、体格の良さとやたらと伸びた背筋と目付きの鋭さには妙な圧がある。
その場にいる全員の視線が自分に集まっている。まるで軍法会議にかけられているかのように緊張し身が引き締まった。
「紹介する。彼はリアム・マーデンガル。私の元部下だが、今日からここで働くことになった」
自分に集まっていた視線が団長に向けられる。
鍛えてやってくれ、と団長が付け足すと口笛が鳴った。鳴らしたのは庭師らしき人物で、四十代に見える男は立ち上がり自分の元までやってくると、肩に手を置き、もう片方の手を差し出し握手を求めながら自己紹介をした。
「俺は、サムだ。サム・イーファン。俺が一番に手合わせしてやっからな」
そこから、次々と全員から自己紹介をされ、よろしくと言われてはぎこちなく返事をし、握手をした。
頭が追い付かない。
自分はここで働くことになったようだ。そして、ここで働いている全員がどうやら武術の嗜みがあり、日々鍛練を積んでいるようなのだ。そして、自分を鍛えてくれると言う。
聞きたいことがありすぎて何を聞けばいいのか分からず、暫し唖然としていると団長は席を立ち、自分の元までやってきた。他の者は仕事を始めたのか一人も居なくなっていた。
上官に対する礼儀として自分も立ち上がろうとするが、制される。
団長は自分の隣の席に腰かけると「全然食ってないじゃないか」と目の前の食事を指差した。
食欲などずっと無いが「まずは食え」と言われたので、一番飲み込みやすそうなスープに手をつけた。
ちゃんと味がある。
昨日までは何を口にしても砂を噛んでいるようだったというのに。
野菜がごろごろと入ったスープは冷めていたが優しい甘さがあり美味しかった。
「もっと食え」
「飲み込むな、ちゃんと噛め」
「パンも食うんだ」
赤子にでも言い聞かせるように、団長に勧められ、言われるままに食物を口に運んだ。
目の前の食事をすべて平らげると、団長は「お前に言っておきたいことがある」と話し始めた。
「お前は昨日私に殺せと言ったな」
「……はい」
昨日、と言われ昨晩のことを思い出し言い様の無い感情に包まれた。
「お前は昨日、一度、死んだ」
気絶させられ、一晩寝ただけ。しかも多幸感に包まれたまま意識を失った。あれを死と呼ぶには対照的過ぎる。
返事に窮していると、仮面の向こうの瞳が細められた。
「死んだんだ、リアム。……お前は俺の言うことならなんでも聞くんだろう?」
「……はい。俺は、死にました」
「よし。ならば過去のことは忘れ、今日から新しい人間として生きろ」
「……は、い」
忘れることなど到底できないが、頷いた。
「リアム、お前の仕事は私の身の回りの世話だ。空いた時間は剣の鍛練に使うんだ、いいな?」
「はい」
ここで働くことになった。
団長の身の回りの世話をする侍従の仕事だ。
仕事内容は執事に聞くようにと言われたので指示を仰いだ。
団長の身の回りの世話と言っても、団長はほとんどのことを自分で出来ると言われた。
執事にこまごまとした雑用を教えられた後、これは本人、すなわち団長が嫌がるならしなくていいが、との前置き付きで、入浴の介助の仕事もするように言いつけられた。
言いつけ通り夕食後、入浴の介助をすることを団長に申し出たが断られてしまった。
しかし「下の毛は剃るべきです」と進言すると、暫しの沈黙の後に許可が出た。
昨晩見た団長の下の毛は伸びていた。
騎士団の人間は皆、下の毛を剃る。
長い遠征があり、毛じらみなどの病気を防ぐ為にも剃ることが義務づけられている。団長は12歳から28歳まで16年間騎士団に居た。きっと毛があることが気持ち悪いに違いなかった。
体を洗うことは左手一本で出来ても、下の毛は片手では剃れない。少しでも団長の役に立ちたい自分は、その仕事をさせてもらえることを喜んだ。
しかし、団長の全裸を見て、分かっていたこととは言え、右の肩から下にあるべき腕が無いことに絶望してしまった。
縫合した傷跡も痛々しく直視できなかったが、職務を全うする。
嫌そうにする団長の体を隅々まで洗い終え、湯に浸かって毛を柔らかくしてから剃毛の作業を行う。
浴槽の縁に腰をかけてもらい、その前に膝をついて座わり、泡立てた石鹸を股間にまぶした。
間違っても性器に傷をつけないように慎重に剃る。自分の毛も剃っているから慣れたものではあるが。
袋を持ち上げ裏側まで丁寧に剃り上げ完了だ。
やたらと触ったわけではないが、団長の茎は芯を持ち少し勃ち上がってしまっていた。
湯をかけて泡を流し、躊躇無くそれを咥えると「待て」と言われ止められた。
「もうそんなことはしなくていい」
命令ならば聞かなくてはいけない。口を離すとその刺激に団長は少し呻き声を上げた。
「すみません」
団長は過去のことは忘れろと自分に命じた。それは昨晩のことも含めてという意味だったに違いない。
余計なことをしたと俯くと、団長の足が自分の股間に触れた。
「なぜ、勃たせている」
問われて自分が勃起していることに気付いた。
濡れてもいいように下着だけを身につけて入浴の介助をしていたが、その下着が濡れ勃ち上がった雄の形をはっきりと浮かび上がらせていた。
団長は器用にも足の親指と人差し指で自分のモノを扱いている。
「あっ、ダメですっ、やめてくださいっ、アアッ」
「っ、お前は本当にっ」
本当に、なんなのだろうか。続きを言ってもらわないと分からない。じっと団長を見つめると仮面の向こうの瞳が苦し気に細められた。
「湯に入れ」
そう言われたが団長と同じ湯に浸かるなど恐れ多いと躊躇していると下着を脱がされ手を引かれて浴槽に入れられた。
割りと大きさのある浴槽だったが、大きな団長と成人男子の平均的な体格の自分が一緒に入ると窮屈に思えた。
体が密着してしまっている。後ろから抱き込まれるようにして並んでいる為に団長の肉茎が自分の腰に当たる。
背後から左手が伸びてきて自分のモノを扱き出した。
肩に団長の顎が乗り、呼吸音まで耳に届き擽ったい。
擽ったさに体を捻ると、おとなしくしろとでも言うように、うなじを噛まれた。
歯の当たる感覚にゾクゾクし呆気なく達すると、今度は手が袋よりも奥、昨晩団長を受け入れたところに移動した。
指を受け入れやすいように、団長の胸に背を預けた。
二本目の指が入ってきたが、お湯ではあまり潤滑油の機能は果たされず、痛みが走った。
我慢していたが、それに気付いた団長は指を引き抜いた。
「すまない」
謝られて咄嗟に「いいえ」と首を振り、石鹸なら大丈夫かもしれませんと返した。
自分は痛くてもいいが、団長が入れた時に滑りが悪いと痛いかもしれないと思ってのことだったが、くすりと笑われて「いやらしいな」と言われてしまった。
羞恥で顔が熱くなるが、何故か団長は機嫌が良さそうだった。とは言っても風呂場でも仮面を着けている為、はっきりと表情は分からないが。とにかく不機嫌ではなさそうだった。
その後は、必死に断ったのだが、団長に体を洗われてしまった。
そして、ドア一つで繋がっている団長の私室へと移動し、ベッドの上で続きを行った。
昨晩よりもっと、気持ちが良く、翌日はもっともっと気持ちが良かった。
空き時間に行う剣と魔術の鍛練は厳しかった。団長に指導を受けながら、日ごとに手合わせの相手が替わり、その全員が手強かった。
この城で働く者たちは元々辺境伯の私兵だった人たちだったと聞き納得した。
団長は前辺境伯から城と爵位を譲り受けた後も、精鋭たちを雇い続けているのだ。
隣国と和平条約が交わされたとは言え、またいつ有事があるか分からない。
かつて『美しき悪魔』と呼ばれた人間を隣国と接するこの地に置くことにより、牽制をしているのだ。
日々の鍛練には意味がある。
実戦など無くとも、自分達が強ければ強いほど牽制になり、平和は長く続くのだ。
団長は騎士団を辞めても、志は誇り高き騎士のままだった。
勝手に団長のことを全てを失い不幸な人生を歩んでいると決めつけていたことを恥じ、もし万が一のことがあった場合は自分が団長をお護りするのだと決意をした。
その想いが生き甲斐となり、もう殺してもらって楽になりたいなどということは思わなくなった。
平和に慌ただしく、夜は淫らに日々は過ぎていき、充実した毎日に、このまま一生ここで団長にお仕えしたいと思い始めていた。
そして、それは当たり前に叶う願望なのだと思ってもいた。
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