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英雄の行く末 ②
しおりを挟むどんな罰でも受けるつもりだった。
しかし、自分の愚かな行動が軍規違反で罰せられることも会議で糾弾されることも無かった。
『団長が自分を庇ったこと』自体が無かったことにされていた。
団長の怪我の原因は撤退作業中に不意を突かれ敵兵に襲われた為、と団長自らがそう語ったのだという。
あのマニス・シュタートンに限って不意を突かれるなど、にわかには信じがたいことだったが目撃者もいなかった為にそれが真実とされた。
一介の兵を守る為に、団長が危険を冒すなどあってはならないこと。
団長が口を噤んでいる以上、自分には何も言えなかった。
団長が失ってしまったものを思えば死んで詫びることも考えたが、守ってもらった命、自分がどうこうしていいものではない。
死ぬのなら、団長の役に立って、そして殺してもらいたい。
王女殿下の婚約式の警備の仕事を最後に、騎士団を退団した。
惜しんでくれる人はいたが「お前の憧れのシュタートン団長も騎士団を去るんじゃ、しゃーねぇか」と言って納得してくれた。
他人の目からも分かるほど、以前からマニス・シュタートンに心酔していた。
辻馬車を乗り継ぎ、粗末な宿で僅かに体を休ませながら、5日ほどでマニス・シュタートンの住む地へと辿り着いた。
手入れのされた古城は要塞のようで、所々に長い隣国との戦いの名残があった。
元の持ち主の辺境伯はこの城を売り爵位も返上し隠居中らしい。
執事、と言うにはガタイの良い男に用件を伝えると暫し後に「マニス様はお会いにはなられないそうです」と面会を断られた。
会ってもらえないことは想定外だった。
あの戦場で自分を守ってくれた団長。
その後は二人で話すことはおろか近づくことさえ叶わなかった。もとより団長は雲の上の存在なのだ。
しかし、二人で話す機会さえあれば会ってくれると思っていた。
ぶん殴られたり、蹴られたり、目玉を献上する覚悟をして来たというのに門前払いとは。
執事に縋るように、お願いしてみるも首は横に振られるばかりだ。
しつこくしていると奥からコック服を着た、これまた料理人とは思えない体躯の男がきて、執事と二人がかりで摘まみ出されるように追い出された。
途方に暮れ、城壁に寄りかかると、そのままズルズルと踞り腰を下ろし頭を抱えた。
赦して欲しいなど、烏滸がましく言うつもりは無い。
怒りを自分にぶつけてもらえれば少しでも気晴らしになるのではないか、と思っていた。
そして、マニス・シュタートンが命じてくれるのならば、アルフレド・ミライデル次期公爵の暗殺さえ引き受けるつもりだった。全て自分の意思で行ったことを証明したのち、マニス・シュタートンの為に命を捧げようと思っていたのに。
どれくらいその場にいたのだろうか。
旅の疲れがありいつの間にか少し眠ってしまったようだ。
もうとっくに日は暮れている。
近くの森からホウホウとフクロウの鳴く声が聞こえた。
辺境の地は冷える。
城壁と地面から冷気が体に伝わってくる。
体は重く、手足は冷えのせいで固くなっている。
今夜の宿を見つけなくてはと思うが、安宿にギリギリ泊まれるくらいの金額しか財布には入っていない。
もとより片道だけの旅の予定だった。
退職金のほとんどを故郷の両親と妹たちの元に送ってしまっていたのだ。
体が思うように持ち上がらないが、それでもなんとか四つん這いになるようにして起き上がった。
隣国との戦いの際には騎士団の基地となるこの古城と街は少し距離が離れている。
遠い街の光を目にし歩き出したが足元が覚束ない。
このままでは安宿に着く前に凍死するかもしれない。死ぬのなら誰にも迷惑がかからないようにするべきだろう。
踵を返し、体を引き摺るようにして街とは逆方向の森へと歩き出そうとすると背後から声がした。
「どこへ行く」
全く気配を感じることができず、いつの間にか背後を取られたことに肝が冷えたが、声の主に納得する。
振り返ると、髪と同色の黒い仮面を着けた長身の男が立っていた。
団長!と呼び掛けると、「もう私は団長では無い」と返された。
感情の感じられない返答だったが、やっと会えた嬉しさに泣きそうになった。しかし、涙を堪えて足元に跪く。
「お願いします、俺を貴方の傍に置いてください。何でもしますから」
たっぷり数十秒の沈黙の後に「何でも、とは何だ」と問われ、すぐに返事をした。
「はいっ。何でもは何でもですっ。汚いことでも、なんでもやりますっ。それで邪魔になったら貴方の手で殺してくれても構いません」
犬のように足に縋りながら訴えると、頭上からため息が聞こえた。
「馬鹿なことを言うな。私の怪我のことで、罪悪感を持っているのなら気にするな」
「そんなワケにいかないんですっ、俺、合図がちゃんと聞こえてたのに相手に斬りかかったんです。武功を上げたくて。俺があんな馬鹿なことしなきゃ、団長は今頃……っ」
無い右腕と右目。火傷の痕だって、一時期よりはましだが皮膚は赤く光り腫れ上がっている。
以前のように剣を振ることも、うまく魔力を剣に込めることも出来ないだろう。
何より、あの美しき姫と添い遂げることが出来なくなった。
王宮の庭園を第一王女殿下をエスコートしながら歩く団長の姿が思い出される。
団長は優しげに微笑み、王女殿下は頬を染め、嬉しそうにしている。その様子から二人は相思相愛に見えた。
自分のせいで団長の人生が壊れた。
罪悪感に押し潰され、とうとう溢れ出してしまった涙を団長のズボンの裾に染み込ませた。
貴方の為ならなんでもします、させてくださいと続けて懇願するも、そんなことは望んでいない、とすげなく断られる。
暫く問答が続いたが、団長から良い返事を貰うことは出来なかった。
今夜はここへ泊まり、明日には馬車を手配するからそれで王都か、もしくは田舎に帰れと告げられて、敵前で目を瞑り踞った奴に何が出来ると言われている気がして、情けなくて頭の中が真っ白になった。
それでつい、言ってはならないことを口にしてしまった。
あの麗しき王女殿下と団長は結ばれるべきだ、自分は今でもそう思っている、と。
「黙れ」
冷たい声が夜の古城に響き、逆鱗に触れてしまったことに気付いたが時はすでに遅し。
団長に胸ぐらを掴まれていた。
そのまま引きずられるように、城内へと連れて行かれると、慌てて駆け寄ってきた執事に団長は「私の部屋に人を近付けるな」と伝えた。
階段を昇り、とある部屋、――先程執事に伝えた言葉から団長の私室なのだと思われる――に、連れ込まれた。
落ち着いた色の壁紙に、足当たりの良い毛足の長い絨毯が敷き詰められた部屋。
重厚な作りの家具が並び、中央には人間が三人は横になれる大きなベッドがあった。
そのベッドの前まで連れていかれると、そこでやっと胸ぐらを掴んでいた左手は離された。
息苦しさから解放された反動で、無礼にもベッドへと寝転がってしまった。
すみません、と口にし、はぁはぁと呼吸を整えながら、ベッドから降りようとするも団長の左手に阻まれた。
何故、と口に出そうとしたが、表情など窺えなくても分かる団長の怒りを体で感じ取り、それを問うのを止めた。
ここで自分は死ぬのだ。
憧れのマニス・シュタートンから輝かしい未来を奪った報いとして。
やっと楽になれる。
しかし、自分を殺すのに、こんな豪華なベッドの上など勿体無い。
室内は暖炉によって温められており、さっきまでカチコチだった手足か解けるようにじわじわと痺れてきた。
しかしまだ俊敏に動くことはままならない。
自力でベッドから降りることは早々に諦め、言葉で説得をする。
自分など裏の森の適当な木に体を縛り付け、ナイフ投げの的にでも使ってほしい、と。
それを聞いた団長は、仮面から覗いている口元を歪ませた。
「そんなに私に罰してほしいのか」
怒りを含んだ声で問われ頷き返すと、団長は左手で仮面を外した。
黒曜石のように光る左目と、白く濁った右目。
いまだに残る火傷の痕は右側がより酷く、赤くテラテラと爛れていた。
自分の冒した罪に息を飲むと、団長は嘲るような笑みを浮かべた。
「では、私を慰めろ。……この顔では女は寄って来なくてな」
高潔な騎士のあけすけな欲が突如自分に向けられ、頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。
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