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ボトル ★真木
しおりを挟むルイは8歳の時に俺のいる小学校に転校してきた。
当時のルイは自己紹介もろくにできなくて、人とのコミュニケーションをほとんど取れない状況だった。
初めはクラスメイトも都会からきた綺麗な顔をした転校生に興味深々だったけど、いくら話し掛けても無表情で返事をしないルイに対し、徐々に興味を失って、やがて腫れ物に触るような感じでルイを避けていった。
それでも俺だけはルイに構い続け、1日5回以上話しかけることをノルマにした。
仲間外れなんて良くないって気持ちと、もう一つ、自分のエゴの為に転校生と仲良くなりたいって思ってた。
当時、俺は母親が再婚したばかりで新しい父親に自分の居場所を取られたような気持ちになってた。だから誰かを構いたい、必要とされたいっていう思いがあって、まるで捨て猫を構うみたいな気持ちでルイに接してた。
それでもほとんど俺はルイに無視されてたんだけど、とあるきっかけで仲良くなれた。
ある時、ルイの体が汚れてるのに気がついた俺はそれを指摘すべきか悩んだ。でもそんなこと言われたらルイだって恥ずかしいだろうと思って黙ってた。
でも汚れは日に日に酷くなって、そのうちヘンな臭いもしてきて耐えられなくなってきた。
だから祖母がやってる銭湯に誘ってみた。
これも無視されるのかと思ったけど、本人も思うところがあったのか素直に俺に付いてきた。
それから少しずつ俺と会話をしてくれるようになって、心を開いてくれるようになった。
表情も和らいでいって、初めて笑顔を見せてくれた時は凄く嬉しくて擽ったくて、誇らしいような気持ちになった。
その時、俺がコイツを守ってやらなきゃと思った。
――そんな思いを、今、またルイに対して俺は抱いていた。
共同生活初日。
取り敢えず、ルイと二人で部屋の掃除をすることにした。
部屋を空けて10日も経ってないから自分基準だと部屋は綺麗な方だけど、ルイは嫌だろうって思ったから。
掃除機を押し入れから出して、試しに「やってみるか?」ってルイに聞いたら「うん」って受け取った。
そして自然な動作で掃除機がけを始めた。
これが医師の言うところの『手続き記憶』というものだろう。
ルイが10歳頃、日常的に掃除機を扱っていたことも考えられるけど子供の作業にしては丁寧かつ効率的だった。
ルイは部屋の掃除機がけを終えると、今度は掃除機のヘッドを交換してサッシの溝を掃除していた。
一見、俺なんかよりも生活能力が高く見える。
でも、俺と目が合えば「真木君、きれいになった?」と10歳の少年、もしくはもう少し精神年齢が低い児童のように甘えてきて、そのギャップに少しだけ戸惑う。
けど、こんなことで戸惑っていられないくらいに、ルイは色々と俺に衝撃を与えてきた。
出前で夕飯を済ませて、風呂
に入るか、という時にルイは不思議そうな顔をして聞いてきた。
「銭湯じゃないの?」って。
ルイが言ってるのは、うちのばーちゃんがやってた銭湯のことで、子供の頃は俺と毎日一緒に風呂に入ってたから、当たり前のように風呂=銭湯だと思ってたらしい。
それなのに俺がルイにタオルと着替えを渡して「ほれ(風呂に)行ってこい。使い方がわかんなかったら呼べ」って言ったから不思議に思ったらしい。
でも、ばーちゃんの銭湯は残念ながら建物の老朽化で5年前に閉業してる。それに、やってたとしても今から行ける距離でもない。
それを伝えると、ルイは泣き出した。
「真木君と、一緒に、お風呂に入りたい」
しゃくり上げながらそう言われたが、困った。
近くに銭湯は無いし、男二人でこの部屋の狭い風呂に入るのは気恥ずかしい。
でも結局、俺はルイの涙に負けてしまった。
単身用アパートの風呂はトイレとは別になっているものの、洗い場も浴槽も小さい。
だから、一人が湯に浸かってる間に一人が体を洗うことでしか『一緒に風呂に入る』という行為は出来ない。それでもルイはいいらしい。
ちなみに俺とルイは『夏でもお湯を貯める派』だ。
先に体を洗い、それからルイを呼んで、湯に浸かりながら体を洗うルイを俺は見るともなく見ていた。
「頭の傷んとこ、優しく洗えよ」
「うん」
そんな会話をしながら、一緒に風呂に入ったのは卒業旅行の温泉以来だなー、なんてことを思ってた。
髪の毛を洗って、洗顔。
体を洗う時、ルイはきつく目を瞑っていた。自分の成長した体を見たくないのかもしれない。
俺は昔みたいに背中を擦ってやった。
ルイがシャワーで体の泡を流し終えたから、俺は浴槽を譲ってやるべく立ち上がった。
しかしルイは俺を見て「まだだよ」と言い、シャワーのヘッドを外した。
ルイはまだ何かをするつもりらしい。
なんとなく、シャワーホースの掃除でもすんのかなって思った。
掃除機がけを几帳面にするルイの姿を思い出して、これも『手続き記憶』なんだろうなって。
また浴槽の中に座り直して行動を見守っていると、ルイはポンプ式のボトルを手に取った。
ポンプを何プッシュかすると、透明でとろみのある液体が出てきて、それをシャワーのホース口に塗りつけた。
そのボトルは浴室内のボディソープとかシャンプーを置いてある場所から少し離れた場所にポツンと一つだけ置いてあって、それを俺は空の容器だと思っていた。
どうやら洗剤だったみたいだ。
と、思った瞬間、ホース口はルイの手によってルイの尻に差し込まれた。
ルイは自然な動作でゆっくりとシャワーのコックを捻った。
え、え、え、え???
お前、何やってんだよ、って言いたかったけどあまりのショックに声が出なくて、ただ呆然とその光景を見てた。
ルイは、頬をピンクに染めて少しだけ苦しそうに目を閉じて腹の中に湯を貯めていた。
俺はルイを止めるべきか!?
迷っていると、ルイに話し掛けられた。
「僕、もうちょっとで、洗い終わるから、待っててね」
湯を止め、ルイは尻からホースをゆっくり抜いた。そして、そろそろと立ち上がり浴室を出た。
多分トイレだろう。
その行動を何度か繰り返すのを、俺は頭の中を『やべー』でいっぱいにしながら見守っていた。
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