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崩壊 ◆ルイ
しおりを挟む僕は狼狽えていた。
せめて顔には出ないようにしていたが、予期せぬ事態に心中は大荒れだった。
さっきまで、どうしようと頭を悩ませ、結局何もいい考えが浮かんでいない状態なのに真木と対峙しなければらないのだから。
「佳奈子ちゃんとこっそり付き合ってたんだな。……なんで俺に教えてくれなかったんだよ」
「……違う。付き合ってなんて、ないよ」
「じゃあ、遊びなのか?」
真木の顔は恐かった。もし遊びだと言ったら軽蔑する、という雰囲気で、真木は【佳奈子ちゃん】側に立っているのだと感じた。僕が思っているよりも、真木は【佳奈子ちゃん】を好きなのかもしれない。
モヤモヤと胸に不快感が広がるが、軽蔑されたくない一心で慌てて首を横に振った。
実際、あれは『遊び』などではなく『苦行』だった。
思い出せば気分が悪くなり血の気が引いていく。
僕の顔色を見た真木はハッとしたように、声を落とした。
「だよな。ルイはそんな奴じゃないもんな。……だったら、なんでなんだ」
さっきよりは柔らかくなった真木の声に、僕はホッと息を吐いたが、どう答えたらいいのか迷う。
【佳奈子ちゃん】が肯定も否定もしていない以上、人違いだと言い張ることも出来たのかもしれないが、僕は真木を大学で不自然に避けてしまった。
その行動が、結果的に噂を裏付けしてしまうことにはわかっていたが、なんと言い訳をすればいいのか頭の整理がつくまでは話さない方がいいと思った。結局、何もいい考えなど浮かばなかったが。
今の僕の状況は控えめに言って大ピンチだ。
【親友がいいと言っていた女の子】に告白され、一度振っておきながら10日も経たないうちにラブホテルへ行った。親友に内緒で。
クズ男以外の何者でもない。
僕は真木に嫌われたくない。
だから、正直に話す以外、道は無いように思えた。
ただし、真木への想いだけは露見しないように注意しなければならない。
「僕は佳奈子ちゃんに、周りをうろつかれることが、鬱陶しくて迷惑だったからやめてもらうように本人に伝えたんだ……でも、なかなか了承してもらえなくて、それで、交換条件を出された。一度だけ…って」
「だからホテルに行ったってのか。他に方法もあったんじゃないのか」
「それが一番手っ取り早いと思って。でも結局はで――」
「――ルイっ、お前、それ、最低」
僕の言葉を遮った真木の顔は紅潮していて。怒りを滲ませていた。こんなにはっきりと怒りの感情を剥き出しにされたのは、いつ以来だったかと現実逃避したくなるほど、恐い。
失敗した。
それはわかったが、何が駄目だったのかは、わからない。
ホテルの件は【佳奈子ちゃん】から誘われたことで、僕がどうこうした訳じゃない、そう伝えれば僕に対する怒りは収まってくれるものだと思っていたのに。
真木の気持ちがわからなすぎて涙が出てきそうだ。
「別に佳奈子ちゃんは僕のことが好きな訳じゃないと思う。ただ、そういうことがしたいだけだったんだ……と思う」
「……だから、ルイはそれに応えただけだって言いたいのか」
僕の言い分は真木の怒りを更に増幅させたようだった。
もう何を言えばいいのかわからない。
元々僕は他人の情緒に疎い。
それでも、真木のことだけは何を考えているのか察することができていた。
真木の感情はストレートだし、昔から色々足りない僕の為に、何が可笑しかったか、何が悲しかったかを一々説明をしてくれていたから。
でも、今ぶつけられている怒りの感情がわからない。
きっと真木の【女の子】に対する感情をまだよく学習出来ていないせいだ。
とにかく、自分が悪いことを言ったのだということだけはわかった。
「……ごめん」
「っ、ルイは、そんな気持ちで女の子と寝れる奴だったんだな。……なんか、すげー、がっかりだ」
違う。
寝てない。
しようと思ったけど無理だった。
『がっかり』という言葉に押し潰されてそれらの反論の言葉が出てこない。
自分が不甲斐なくて本当に涙が出てきそうで俯き、下唇を噛んで堪えた。
しばらく沈黙が続き、やがて真木が口を開いた。
「……ルイ、悪い」
「……なんで、真木が謝るの?」
顔を上げると真木の怒りは収まっていて、別の感情が顔には浮かんでいた。
落ち込んでいるように少し眉毛を下げた情けないような顔をしている。
「つい、熱くなった。何だかんだ言いながらお前をすげー、一途な奴なんだって思って尊敬?してたからさ、そんなフツーの男みたいに軽いことも出来るんだって思ったら、何て言うかちょっと悔しくなってさ。でも本人同士が納得済みなら俺がとやかく言う問題じゃなかったよな。……俺、お前に対して距離感無さ過ぎだ」
「そんな、ことない」
「いや、あるよ。一緒に居すぎて、ルイのこと自分の分身みたいに思っちゃってて客観的に見れなくなってんだろうな。なんか、俺って、やべー奴じゃね」
「違うよ。ヤバくなんてないって」
「いや。ルイ、ヤバいって。俺は今、すげー反省した。お前にとっても絶対良くないって。これを期に、少し付き合い方を考えた方がいいのかもしれないな」
「付き合い方を、考えるってどういうこと?」
「少し俺とは距離を置いた方がいいってことだよ」
「そんな……」
適切な距離を保っていたはずだったのに、それでもまだ近すぎた?
呆然としていると、真木は更に僕に重いパンチを食らわせてきた。
「隣に住んでんのも問題な気がするな。すぐには無理だけど、俺、引っ越すわ。ルイは物件探すの面倒だもんな」
『物件探すの面倒だから同じでいいや』なんて僕が以前、嘘を吐いたから、適当な理由で同じアパートに住んでいるのだと思っている真木は、簡単にそんなことを言う。
隣同士に住めて僕がどれだけ嬉しかったかなんて知らないから。
力無く「嫌だ」と言った僕の言葉は届かない。
距離を取ることが互いにとって良いことだと信じて疑わなくなった真木は「あさってから夏休みだしちょうど良かった」なんて、何が良かったのかわからない言葉を残して部屋を出ていった。
何を間違ってこんなことになったのか。
断ったのにしつこく付きまとってきた【佳奈子ちゃん】のせい?
ラブホテルの場所を県外とかもっと離れた場所にしておけば良かった?いや、どこだって見つかるリスクはある。
結局のところ、僕が「真木が好きなんだ」と言えないことが原因なのだろう。
いくら【佳奈子ちゃん】だって、真木が好きだから女の子には一切興奮しないと言えば納得したはず。
言えないのが悪い。
僕の恋心は真っ当じゃないから。
堪えていた涙がとうとう溢れてきてしまった。
真木が好きだと【もう名前も呼びたくない】のことなんて大嫌いだと叫びたいのに、叫べない。
現状維持どころか、距離を置かれることが決まったのに、それでもまだ『友人』というポジションにしがみ付きたい自分がいて呆れる。
隣からの小さな物音さえ、引っ越しの準備をしているのかもしれないと思えば恐くて、僕は部屋を飛び出した。
恐怖を紛らわせるように闇雲に走っていると、激しい雨が降ってきた。
一瞬、気を取られ、陸橋の階段でふらついてしまった。
足が滑り、体が投げ出された瞬間さえも頭を占めていたのは真木のこと――。
『真木君、大好き』
『うん! 俺もだよ、ルイ!』
――好きの意味が純粋だったあの頃に戻れたなら、どんなに幸せだろうか。
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