31 / 42
はちぱーせんと
しおりを挟むアザリ君は私を真っ直ぐに見つめてきた。私は今更ながらキスを見られていたのだということに気が付いて、真っ青になった。
浮気がバレたような気分だった。
「つ、つい、出来心で。でも、幻覚のアザリ君が凄く積極的で……。」
軽薄な浮気男のような言い訳をしてしまう。
「爽子、幻覚はね、見ている人の気持ちを、ある程度汲み取るんだよ。少なくとも無理強いはしない。だから安心して置いていったのに。」
アザリ君は、ちょっと困ったような顔で私を見ている。
私は羞恥で顔が熱くなり、いたたまれなくなって顔を伏せた。
あれは幻覚が積極的なんじゃなく、私の願望だったということか。
あの甘々な言葉やスキンシップは、私がしてほしいと思っていたことだったのだ。
凄く恥ずかしい。
でも確かに欲求不満だったから、否定はできない。
「呆れた、よね?」
ちらりとアザリ君を見上げると、予想に反して彼は笑うのを堪えていた。
「ううん。ごめん、僕、意地悪言っちゃった。」
ポカンとしていると、彼は私を引き寄せた。
「爽子が、僕とキスしたいと思ってくれてて嬉しい。……帰ってきたら、キス、したい。……今すると仕事、休ませたくなっちゃうから。」
アザリ君は恥ずかしそうに、でもとても嬉しそうに笑った。
「8%、私を甘やかせてくれたんだと思った。」
私たちは『行ってきます』のハグをしていた。
「8%?ああ、92%なのは幻覚の見た目の話だよ?」
アザリ君は、私の肩に顎を乗せ、背中をサワサワと撫でている。
「見た目は完璧アザリ君だったよ?帰って来た時本物かと思ったもん。」
抱き締められて、すぐ違うって分かったけど。
「中身のことだよ。万が一のことがあったら嫌だから。僕は出来ないのに幻覚がしちゃうのは、やっぱり許せないから。」
アザリ君は切ない顔をしたけれど、私には言っている意味がさっぱり分からなかった。
「中身ってどういうこと?万が一のことって?何が許せないの?」
「うん。さすがにそんなこと、無いとは思ったけど。」
はっきりしない答えに私はもやもやしてしまい、しつこく聞いてみたけれど、それ以上8%のことは教えてくれなかった。
「会社遅れちゃうよ。」
そう言われてしまえば、引き下がるしかなかった。
「……行ってきます。」
「うん。早く帰って来てね。」
そうだ。
私は今日帰ってきたらアザリ君とのキスが待っているのだ。
8%のことなんて構っていられない。早く会社に行って、今日も定時で帰れるように頑張ろう。
会社で歯は磨いてきた。
マウスウォッシュも何度もした。
化粧を直し、口紅を落として色付きのリップにした。
さあ、どんと来い!キッス!
私はアパートの玄関のドアを勢いよく開けた。
「たぁっ、だいまー。」
気持ちが昂り声が上擦ってしまった、
「あ、お嬢ちゃん、おかえりー。」
「……おかえり。」
「…………ただいま。」
ディルのことは、好きだ。
でも、今日ばかりは会いたくなかった。
だってテーブルの上に、大量の里芋の煮っころがしが見えたから。あれはきっと一緒に夕食を食べるつもりで持って来たんだ。
でも、まぁ、しょうがないか。
キスはディルが帰ってからにしよう。
「どうしたんですか、それ?」
気を取り直してそう聞くとディルは自慢げに胸を張った。
なんとディルは自分で里芋の煮っころがしをマスターしていた。
「渾身の作が出来たから、お嬢ちゃんにお裾分けしに来たの。」
どうやら、暖かくなってきたので羽を隠す為のロングコートで居酒屋に通えなくなったらしく、自分で作ることにしたようだった。
それは渾身の作、というだけあって見た目も美味しそうだ。
私は行儀悪く、煮っころがしを一つ指で摘まんで口に入れた。
「あ、美味しい。」
それは以前私が作ったものよりも数段美味しく出来上がっていた。
「でしょー。居酒屋のオネエサンに教わったのよ。」
嬉しそうに説明をするディルを横目に、キッチンに向かいお湯を沸かした。
「じゃあ、私、お味噌汁と、お魚焼きますね。着替えてくるんで、ちょっと待っててもらえますか。」
昨日買い物に行っておいて良かった。ご飯も冷凍のものがあったはずだ。
「ディルは、帰るって。」
「えっ?」
アザリ君の言葉に私も『えっ?』と思ったけどそう言ったのは私ではなくディルだった。
「何よ、ちょっとぐらいいいじゃないのよ。」
「ディル、もう用件済んだよね。」
「アタシはお嬢ちゃんに会いに来たのよ。」
そんなに無下に追い返さなくてもと思う反面、ディルには申し訳ないけど早く二人っきりになりたいという気持ちもあった。
私が苦笑いをしていると、ディルは意外なことを言った。
「もうすぐお嬢ちゃんとは、会えなくなっちゃうんだから、今ぐらいいいじゃない。」
どういう意味だろう。
「ディルさん、どこかにいっちゃうんですか?」
「え?だってお嬢ちゃん、アザリシェルムの魔女になるんでしょ?」
0
お気に入りに追加
271
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛
冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!
溺愛彼氏は消防士!?
すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。
「別れよう。」
その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。
飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。
「男ならキスの先をは期待させないとな。」
「俺とこの先・・・してみない?」
「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」
私の身は持つの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。
※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる