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悪魔とは
しおりを挟む「さっきの、ディルさんが危険って、どういう意味?凄くいい悪魔に見えるんだけど。」
私は、ひとしきりアザリ君とのハグを堪能した後、夕食の後片付けをしていた。
私が洗った食器を、アザリ君が布巾で拭いてくれている。
「とにかく、駄目、会うなら僕と一緒の時にして。」
そう言われても、今日会ったのは偶然だし、ディルにはお世話になった。アザリ君とこうしていられるのも、ディルに魔法陣のことを教えてもらえたからでもあるし。
私が納得できないでいるのが分かったのか、アザリ君はため息を吐いた。
「ディルみたいな、美しいものが好きなタイプの悪魔は珍しくない。」
アザリ君は、食器を拭く手を止め、言葉を選びながらポツポツと話し出した。
「そういった悪魔たちが、最も好む美しいものって、人間の、……死の、瞬間なんだ。」
アザリ君は『死』と言う言葉を口にした時、苦しそうな顔をした。
私は今から、アザリ君が言うことを聞かない方がいいのかもしれない。
今まで悪魔のことを、積極的に知ろうとは思っていなかった。悪魔のイメージから、知っていいことなど何もないような気がしたから。
悪魔の習性や趣向、生活を知ってしまえば、目の前にいるアザリ君が全てだと、思えなくなってしまいそうで怖かった。
でも、聞きたくないとは言えない。アザリ君の苦しそうな不安げな顔を見てしまったら、知らないでいることは罪のような気がしたから。
「悪魔は、その長い寿命から、死とは遠く離れたところにいる。だから一種の憧れのようなものを、死に対して抱いていて、惹かれてしまうのだと思う。」
死に、惹かれる。
人間には、――少なくとも私には、理解できない感情だ。
「憧れて、惹かれるだけならまだしも、その息絶える一瞬が見たいが為に自分で人間に手を下す悪魔もいる。」
「……そんな。」
私は『ああ、悪魔だものね』と思う気持ちと、その言葉がアザリ君の唇から発せられたことのショック、単純な恐怖、それらで頭の中がぐちゃぐちゃになってしまった。
「人殺しは、悪魔にとってもタブーなんだ。罰もある。けど、契約なら悪魔は人を殺せる。」
「そんなっ……そんな契約する人なんて、そうそういないんじゃないの。」
それは願望でもあった。人を殺したい悪魔などいないし、それを願う人間もいない。そう思いたかった。
けれどアザリ君は、悲しげに瞳を伏せ、私に現実を教えた。
「……悪魔を呼ぶ人間の願いは、人の生死に関わることが、半数以上なんだよ。誰かを殺してほしいという願いは、そこらじゅうに転がっている。だからわざわざ悪魔が唆したりしなくても、いいんだ。」
「じゃあディルさんが、人を殺す悪魔だっていうの?」
例えばそういう悪魔がいたとしても、ディルがそうだとはとても信じられない。
「今は、違うよ。でも成体になれば、どうなるか分からない。自分の抗いきれない欲望を、果たす為の魔力を手に入れてしまえば。」
人が死ぬ瞬間を見ることが、悪魔の抗いきれない欲望。
私は、ディルの少し意地悪そうな笑顔や、里芋の煮っころがしを美味しそうに食べている表情を思い出していた。
とても、そんな悪魔だとは思えない。でもアザリ君がそう言っているのだから可能性としてはありえることなのかもしれない。
――でも、違う。
違うと、アザリ君に言ってあげなきゃ。
何故かそう思った。
――ひょっとしてディルは、自分がそうなってしまうのが怖くて成体化していないのだろうか。
『美しい女がいない』と言っていたけれど、本当に欲望を叶えたいのなら、相手は誰だっていいから筆おろしをして成体になるはずだ。
「だから、ディルには近付かないで。」
アザリ君は、私を射抜くような、真っ直ぐな瞳で見つめてきた。
「でも、契約じゃなきゃ悪魔は人を殺せないんでしょう?私はそんなことを願わないし、ディルさんは、成体化していないから人を殺せない。だったら、」
「爽子、悪魔を信用しないで。」
「アザリ君だって、悪魔じゃない。」
私がそう言うと、彼は明らかに傷付いた顔をした。
「そうだよ。僕は成体の悪魔だ。いざとなったら人を殺せる能力を持っている。塵一つ残さず、消し去ることだって出来る。…爽子、こんな僕は、…嫌い、だよね。」
人を塵一つ残さず消し去る。
それは幻覚の術などとは、比べ物にならないくらいの、強力な力なのだろう。
彼は成体になって恐ろしい能力を手に入れたのだ。
正直、怖かった、
でも、アザリ君の顔は、そんな私よりずっと怯えているように見えた。
彼は、私に嫌われることを恐れているのだ。
自分を落ち着ける為に、深呼吸を一つした。
「でも、アザリ君はその能力を使わない、でしょ。だって、さっき『死』という言葉を言っただけでアザリ君、苦しそうだった。それに私が夜道を少し歩いただけで、心配して追い掛けてきてくれるアザリ君が、人殺しなんて出来るはずない。」
アザリ君は、今にも泣きそうな顔になった。
「ディルさんだってきっとそうだよ。口は悪いけど、最初から私たち人間に親切だった。美しいものが好きで、抗いきれないからこそ、不便なのに成体化してないんだと思う。だから悪魔だってだけで、嫌いになれない。……アザリ君とディルさんのこと、私は好きだよ。……アザリ君が、大好きだよ。」
私のメチャメチャな告白に耳を傾けてくれていた彼は、暫く黙った後に口を開いた。
「うん。爽子、ありがとう。」
私たちは、抱き締め合った。
彼は、私の頭を抱えるようにして自分の胸に引き寄せ、私は背中に手を回した。
アザリ君が好き。優しくて可愛くて、悪魔な自分に罪悪感を抱いている天使のような彼が大好き。
私が、そう再確認していると、アザリ君は、私の耳元で小さい声で話し出した。
「でも、やっぱりディルとは、なるべく二人きりにならないでほしい。」
アザリ君は、一旦私から離れ、視線を合わせてきた。
その表情は切なげで、でもとても美しくて、思わず見とれてしまう。
「僕が、嫌だから。……今日、二人でこの部屋に入ってきたのを見た時、胸が苦しくなって、何故だか、とっても気分が悪くなった。」
――それはもしかしてアレじゃないだろうか。
嫉妬。
もしそうなら、夢みたいだ。
どうしよう、凄く嬉しい。
「ふふっ。分かった。」
嬉しすぎて、そう返事するのがやっとだった。
「なんで笑ってるの?」
ニヤニヤを隠しきれてなかったようで、アザリ君が拗ねたように言ってきた。
「ごめん。」
「僕、今も思い出しちゃって、ホントに苦しいんだよ?」
「私ね、その苦しいの、消す方法、知ってる。」
私は、アザリ君の両肩に手を置き背伸びをし、彼の顔に近付いていった。
アザリ君は、目を見開いて固まり、私にされるがままだった。
私の唇は、ちゅ、という軽い音を立て頬に触れた。
「どう?」
上目遣いで見ると、昔のように顔を真っ赤にしたアザリ君が、困ったような表情をしていた。
「っ……だめ、だよ。……もっと、胸が、苦しくなった。」
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