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番外・クリスマスイブ ②

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    駅前広場で町屋の頬のすべすべ具合を存分に楽しんだ後は、目当てのデカいクリスマスツリーのある場所へと向かった。

    クリスマスツリーの点灯は午後7時から。
    今は6時20分。距離もそんなにねぇし、ゆっくり歩いて余裕で間に合う。

    繁華街はいつにも増して賑わってる。混雑に身を任せるようにしてイルミネーションが施された街路樹を眺めながら進んだ。

    手を繋いで。
    しかも恋人繋ぎ。

    町屋は何も言わねぇで俺の手を握ってきた。
今まで、一方的に腕を掴んで歩いたことはあったけど、こんなに人目のあるトコで、しっかり恋人繋ぎして歩くのは初めてのことだった。

    いつもより近い距離にいる町屋に対して初めは妙な緊張感があったけど、それもすぐに解けた。

    町屋が自然体だったから。

    見た目はがっつり隙の無い綺麗な女なのに、話す口調や内容はいつもの町屋で、おまけに繋いだ手がネイルもなんも無くて、いつもの深爪なのが分かって、そのギャップで俺の肩の力は抜けた。

    そんで緊張が解けると、あることに気付いた。

    全然逆ナンされてねぇな、って。

    もう30分も歩いてんのに。
    いつもだったら、こんな人通りの多い場所じゃ、最低2回は呼び止められてる。


    今までとの反応の違いに驚いて、ちょっと観察してみた。
    いつも通り注目はされてる。
    女は俺を見て頬を染めて、町屋を見て更に興奮したような顔すっけど、それだけだった。連れがいればソイツとこっち見て盛り上がってる感じはすっけど、やっぱり声はかけてこねぇ。
    ちなみに男は町屋を見てから一旦視線を逸らしてニヤついて、顔を引き締めてからもう一回町屋を見て、そんで隣にいる俺を見る。それで悔しそうな顔して通り過ぎてく。

    すげぇ。

    いや、カップルに対して逆ナンなんてしてこねぇのは当たり前のことだろうけど、俺としてはいつだって隣に居んのは愛しい町屋だけなのに、性別が違うだけでこんなに対応が違うのかよ、って変な感じがした。

    普段、俺たちはどうしたってダチ同士にしか見えてねぇんだよな、って改めて確認しちまった。

    複雑な気分になっちまったけど、今日はクリスマスイブで、明日からは過酷なバイトが待ってる。それに逆ナンなんて煩わしいことに気を揉まなくて済むんだから、今を精一杯楽しまなきゃ損だよな、って気持ちを切り替えた。


    クリスマスツリーはデカかった。15メートルあるらしい。
    ツリーはライトアップされてなくても迫力があって、傍にはピアノも置いてあってサンタの格好した奏者がクリスマスソングを弾いてくれてるから、雰囲気もかなりいい。
    人が沢山居るから、あんま身動きが取れねぇけど、そのお陰で町屋と、ぴったりくっついて時間を過ごせてる。
    町屋は俺の肩にしなだれ掛かりながら、ピアノの音に合わせてクリスマスソングを小さく口ずさんでる。
    絡ませて繋いでる手の指先でリズムを取って、俺の手の甲にトントン、って町屋は触れてくるから、それが囁かれるような歌声と合わさって、なんかムラムラしてきた。

    そんな感じで15分くらい待ってるとピアノは止んで、周囲の照明が落とされた。係員みたいな人がやってきてライト点灯のカウントダウンを始めた。

    カウントは10からで、始まってすぐに町屋は俺に正面から抱きついてきた。
    ちょっとびっくりしたけど、薄暗くなってるし、周りの奴らの視線はツリーに集中してるはず。そう考えて俺も町屋の背中に腕を回した。

『ニイ、…イチ、…ゼロ!!』

    掛け声と共に無数に配置された白と青のLEDが一斉に点灯して、夜空にツリーの形がくっきりと浮かび上がった。

    ――んだと思う。

    その瞬間を視界の端では捉えてたはずだけど、突如近づいてきた町屋の顔に妨害されて、よく覚えてねぇ。

    町屋は『ゼロ』に合わせて、俺にキスしてきた。

    唇はすぐに離れたけど、その一瞬のことで呆気に取られたけど、何をされたかと、ここがどこだったかを認識したら顔がすげぇ火照った。

「っ、お前なぁ、……お前が点灯の瞬間見たい、つーから時間合わせたのに、見逃してんじゃねぇか」
「あははー、ごめん。なんかツリーより、春日部のキス顔見たくなっちゃって」

    悪びれる様子もなく「あ、口紅、付いちゃってる」って俺の唇に指を這わせた町屋。

    イチャイチャしたいって確かに町屋は言ってたけど、こんなトコでキスまでされるとは思ってなかった。

    ハズ過ぎる。
    どんなリアクション取ったらいいか分かんねぇ。俺の顔は絶対真っ赤なはず。

    けど、やられっぱなしは悔しい。ムラムラさせられた苛立ちで対抗心が湧き上がっちまった。

    俺の唇から、口紅を拭った指先が離れていくのを捕まえて、パクリと口に含んだ。
    口内に、もう二度と味わうことがねぇんだろうな、って思ってた化粧品特有の香りと味が広がった。
    これを俺に味わわせてんのが町屋ってことが何かちょっとおもしれぇ。
    そんなこと思いながら、口紅を舌で撫でるように舐め取った。

    町屋はさっきまでの余裕の表情を崩して、少し居心地が悪そうに頬をピンクに染めた。
    してやったぜ、つー達成感で溜飲が下がった時、近くで「キャ、指舐めてるっ」って若い女の興奮したような悲鳴が聞こえて、ハッとした。
    すぐさま指を解放してやって、逃げるようにしてその場を去った。
    キスは一瞬だったし点灯の瞬間だったから、あんま見られてねぇとは思うけど、俺が町屋の指舐めてんのは周りの奴らには見られてた。

    町屋より俺の方がやらかしちまったって事実に、ハズ過ぎて頭を抱えたくなった。
    実際、少し離れた、あんま人のいねぇ場所まで来たら、羞恥心がヤバくてその場にしゃがみ込んじまっだ。

「……お前の、せいだぞ」
「ふっ、ごめんね?」

    笑いを堪えたような、ふざけた謝罪に「あ?」って言いながら頭を上げると、すっげぇ楽しそうな町屋の顔が見えて、ハズくて怒ってたはずなのに毒気が抜かれちまった。

「春日部、機嫌直して。クリスマスに浮かれたカップルには多分よくあることだよ。……それに近くに小さい子も居なかったし、大丈夫だって」
「……」

    よくあること、って、ホントにそうか?
    町屋とこうなるまで恋愛事に興味が全く無かった俺には他人がどんな風に愛を育んでるかなんて分かんねぇ。
    近くに小さい子どもが居ねぇことは、町屋が俺の肩にしなだれかかってきたあたりに、俺も確認済みだから本当に大丈夫なはず。

    だったら、いいか…?
    イブだし。

「それにさ、これくらい離れた場所から見るツリーの方が綺麗だと思わない?」

    そう言われて町屋が指差す方を見たら、ツリーの上半分だけが見えた。
    確かに十分綺麗だって思ったけど、ちょっとだけ納得がいかねぇ。

「……なんで俺がフォローされてんだよ。お前が悪いんだからな」
「えー? そうなの」
「そうだろ」
「でもさ、僕のはバードキスだけど、春日部の指舐めは愛撫だよ? あれはヤバかったよ。だって僕、チンポ勃ちそうになったもん」
「っ、お前があんなことしなきゃ俺だってしてねぇよ! つーか、その格好でチンポとか言うなよ」
「あははー」

    間抜けな笑い声出しながら、町屋は股間を隠すポーズをした。
    それが悔しいことにアホっぽくて可愛くて、なんか、もうどうにでもしてくれって思った。

「……ったく」
「じゃ、そろそろ晩飯食べに行こ?」

    町屋が俺の手を引いて立ち上がらせてくれた。

    町屋とはマジで喧嘩になんねぇ。

    何だかんだ言って、俺だって初めに手を繋いだ時から今まで町屋の手を一回も離してねぇし、イチャイチャはしたい。
    でも、すっげぇハズいから、ハズさとイチャイチャ欲に兼ね合いをつけたくて、町屋に文句言っちまってる。
    それも多分町屋にはバレてて、だから楽しそうな表情で俺と接してくるんだと思う。

    俺は結局、町屋の手の平の上で転がされてんのかも。

    そんな自分の状態が嫌いじゃねぇんだから、人を好きになることってすげぇな、って思った。

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