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春日部 36

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    ――ドン。

    フードコートから出てすぐに、腹に響くような重い音が鳴って、直後に夜空に真ん丸い花火が咲いた。
    俺たちは他の客と同じ様に歓声を上げて、その場に立ち止まった。

    かなり近くから上げられているようで空いっぱいに広がってる。

    ――ドン。

「わー、デカいねー。何尺玉だろ。」

    隣から町屋の嬉しそうな声が聞こえてきて、視線を移すと夜空を見上げてた町屋も俺の方を見た。
    視線が絡まって、微笑み合ってたら条件反射みたいにキスしたくなっちまった。でも、次に上がった花火に町屋の視線は奪われて、ちょっと悔しい気持ちになった。
    けど、花火を見上げる町屋が綺麗だったから、つい見とれちまった。

    花火の眩しいくらいの光を浴びた町屋は、俺の視界の中で唯一光を跳ね返し幻想的に浮かび上がってる。
    涼しげな目元は睫毛が長い影を作ってて憂いて見える。でも口元は微笑んでて、哀と喜が入り交じったアンバランスさにドキリとさせられた。

    大学の奴等が言う『儚げな美人』そのまんまに見えた。

「綺麗だな。」

    町屋はもう一度俺の方を見て「うん」って頷いてからまた夜空を見上げた。

「お前だよ」って小さく呟いた声は花火の音にかき消されちまった。

    酒を飲んだからなのか町屋の瞳はわずかに潤んでて、そこに滲んだような花火が映ってる。
    じっと見てると、町屋は見られてんのに気付いて、へにゃっと笑った。

「花火、見ないと勿体ないよ?」

    それでも俺は町屋をじっと見つめてた。目が離せなくて。
    そしたら町屋は、俺の手に指を絡めてきて、小指だけを繋いできた。そっから町屋のドクンドクンって脈が伝わってきて、なんか胸がいっぱいになった。

    やがて町屋は俺から視線を外してまた空を見上げた。何だよこっち向いたまんまでいろよって思ったけど、花火の光に照らされた頬がピンク色に染まってんの見てキュンとした。

    俺に見つめられ過ぎて町屋は照れてる……たぶん。

    二人っきりの時だったら町屋は「そんなにじっと見られたら、襲っちゃうよ?」なんて言ってくるはず。
    けど、ここは外でダブルデートの最中だから、対応の仕方に困って敢えて視線を逸らしてる。


    結構レアな反応。

    可愛い。

    あぁ、やべぇ。

    悔しいくらいに、町屋を愛しいって思った。


    でも、これだけじゃねぇ。
    今日だけでも俺は数えきれねぇくらいに町屋を愛しいと思ってた。

    絶叫系もお化け屋敷も全然怖がらねぇでケラケラ笑ってる町屋。
    射的ゲームは下手くそで、でも負けず嫌いな町屋。
    たこ焼きを頬張る町屋。
    そのたこ焼きが思った以上に熱かったらしく涙目で慌ててビールを飲む町屋。

    全部。
    何気ないことまで全部、愛しかった。


    だから、愛しさが暴発して「もう帰るか」ってなった時、観覧車の中に町屋を連れ込んじまった。


    ――町屋、俺と結婚してくれ。


    言いたくて堪んなくて、でも結婚なんてそんなもん出来るワケないのに、何言ってんだコイツって思われたらどうしよう、って不安もあって。
    しかも、堀田の結婚に張り合った感じになっちまったのもカッコ悪過ぎて。
    おまけにしどろもどろになったのも情けねぇ。

    けど町屋は嬉しいって言ってくれた。「自分の人生の中でプロポーズされることなんて無いと思ってた」とも言われた。

    感動して、体が痺れた。
    何にも言えないでいると、そんな様子の俺を見て町屋はぎゅっと抱き締めてくれた。
    風通しの悪い暑い観覧車の中で二人寄り添って、汗だくになってホントならすげぇ不快なはずなのに離れがたくて、このまま俺たちだけ残して観覧車止まってくんねぇかな、って思った。

    マンションに帰れば二人きりになれるんだけど、町屋が俺のプロポーズを受けてくれたこの場所になるべく長い間居座っていたかった。
    でもちょっとずつ地上は近付いてきて、切なくなってきて縋るような感じで町屋にキスしちまった。
    柄にもなくちょっと唇が震えて、まるでファーストキスみたいな触れ合いになった。
    そしたら町屋が瞳を潤ませながら「今の、誓いのキスみたいだね」って言ってきて。
    ああ、確かに、って思ったら俺もちょっと泣きそうになった。

    幸せで。



    こうして遊園地ダブルデートは終了した。

    ジェットコースターで醜態を晒しちまったし、町屋に抱きついた堀田にイラっとしたり、彼女さんにやべぇ感じで釘刺されたりしたけど、すげぇ楽しかった。
    いつもと違って鬱陶しいことが無かったのも良かった。
    町屋と二人でデートしてると、どうしても女に声をかけられちまうんだけど、グループの中に女が一人いるだけで遠慮してんのか全く声をかけられることが無かった。デートする時にそれが地味にストレスだったから助かった。

    それに、何より町屋に想いを受け入れてもらえたから最高のダブルデートだった。





    堀田たちを彼女さんのアパートまで車で送り届けることにした。

    その帰りの車内で堀田に礼を言われた。「気ぃ使ってくれてサンキュ」って。
    何のことかと思ったら、観覧車に彼女さんと二人きりで乗れたことが嬉しかったらしい。
    そういえば前に見せられた、堀田と彼女さんの初デートの写真の後ろには観覧車が写ってたのを思い出した。ひょっとして堀田にとって観覧車は思い入れの深いアトラクションなのかもしれねぇ。
    でも、俺は全然気なんて使えてなくて、単に町屋と二人っきりで観覧車に乗りたかっただけだった。
    そのまんまのこと伝えても、観覧車の中でイチャついてたらしい堀田の高いテンションにさらっと流されちまった。

    まぁ、いいけどよ。



「送ってくれてありがとう。また良かったら遊びに行こうね。」

    アパートに着いて、別れ際、彼女さんは手を振りながらそう言ってきた。
    町屋は「是非また~」なんて嬉しそうに手を振り返した。俺は彼女さんに頭を軽く下げて、堀田に「じゃな」と言って車を出した。堀田は両手を振りながら「気ぃ付けて帰れよー」って俺たちを見送った。


    車を走らせてすぐ、町屋はニコニコしながら彼女さんのことを褒めた。

「ユキさん、優しくて楽しい人だったね。堀田、いい人見つけたね。きっと幸せな家庭になるね。」

    俺は「そうだな」って返事しながら、ちょっと悩んだ。
    さっきの「また遊びに行こうね」を真に受けてダブルデートばっかしてたら、やべぇことになるぞって、忠告してやるべきか?って。

    でも余計なことだから言うのはやめた。町屋はそんな空気の読めねぇことしねぇだろうし、ダブルデートばっかだと俺も辛いから止めるし。


    まぁ、とにかく堀田が愛されてるのは間違いねぇ。数時間一緒に居ただけでもそれは確認できた。
    そういう意味では『いい人見付けた』に同意だ。
    ……見付けたのか、見付けられちまった、なのかは分かんねぇけど、堀田には愛が重いくらいの相手の方がいいと俺は思うから、あの女はこれからも堀田を幸せにしてくれるはず。

    それに堀田は猫より犬派なんだ。

    可愛い顔して、マーキングして嫉妬して威嚇する。
    番犬みてぇな女で良かったな、と心の中で堀田を祝福した。

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