87 / 120
サプライズ
しおりを挟むサプライズをする場所が変更になった。
個室のある居酒屋から遊園地へ。
春日部から堀田へ「紹介したい人がいる」とメッセージを送ったら、堀田も自分の恋人を春日部に紹介したいと言ってきてダブルデートにしようと提案してきたらしいのだが、それに対し春日部が「ガキ臭ぇ」と文句を言いつつも「ダブルデートなら行き先は遊園地一択だろ」と前のめりに話を進めたので変更になった。
という訳で僕は待ち合わせ時間のちょっと前に集合場所の遊園地の入り口付近にあるトイレの影に隠れ、春日部が堀田カップルと合流するのを待っていた。
待ち合わせは彼女さんの仕事終わりの時間に合わせて午後6時半。
この遊園地は夏期は夜10時まで営業している。
僕から少し離れた場所に一人で立っている春日部は、夕方とは言え八月の容赦のない日差しをガンガンに浴びているが、それを跳ね返すように春日部自身もキラキラに輝いて見える。
今日も一点の曇りも無いイケメン。いつも見てるとは言え、うっとりとしてしまう。
ただし、春日部は眉間にシワを寄せ腕組みをして「話しかけるなよ」オーラ、――春日部いわく『威圧感』――を放っているので、周囲からの注目は浴びているものの誰からも声をかけられたりはしない。
僕の側でも「ガチイケメンじゃん」とか「ハーフ?モデル?」なんて女の子が騒いでるが、不機嫌そうな春日部には近寄れないようだ。
――あの人はモデルでも芸能人でも無いけと僕の恋人なんです。
ここに来る前もマンションの玄関でいっぱいキスしてました。「出かけたくなくなっちまうから一回だけだぞ」なんて言ったくせに「やべぇ、止まんね」って結局時間ギリギリまで何回もキスしてきたんです。
そう言ってしまいたくてニヤニヤしてると、その子たちと目が合ってしまった。僕を見て「こっちもヤバ!」と言い合ってるのが分かって、話しかけられ時間を取られたらマズイと男子トイレの中に避難した。
僕も『威圧感』が欲しい。
トイレの個室に入り、一息吐く。スマホで時間をチェックすると待ち合わせ時間は少し過ぎていた。
もういつ来てもおかしくないのだと思うと急にドキドキしてきた。
愛おしいドキドキ感。
春日部が堀田に僕たちの関係をカミングアウトしよう、と言ってくれた時凄く嬉しかった。
ゲイだってことはいずれ時期を見て堀田には言おうと思っていたけど、春日部との関係は隠しておいた方いいのかな?という迷いがあったから。
春日部はすぐに態度に出てしまう方だし、堀田への信頼感が厚いから報告するのは当たり前なのかもしれないが、その言葉で改めて春日部は本気なんだな、って実感できた。
浮かれて思わずサプライズにしよう、なんて言った僕に春日部も「いいな」って言ってくれたから一緒に計画を立てた。
堀田に「会わせたい人がいる」というメッセージを送り呼び出して、当日僕が「春日部の恋人です」と登場して驚かせる。
そんなシンプルなサプライズのはずだった。それが、互いの恋人を紹介し合うダブルデートなんて大層なものになってしまったのは想定外だ。
でも、春日部は堀田の彼女を紹介してもらえることに対して凄く感動していたし、僕も友人カップルとのダブルデートなんてイベントが自分に起こるとは思っておらず嬉しかった。
嬉しかったけど堀田は兎も角、彼女さんに嫌悪感を持たれたらどうしようと一瞬思ってしまった。でも、例えばそうだったとしても彼女さんは年上だ。表情などには出さずに、大人の対応をしてくれるのではないかと思い直した。
脳内で彼女さんへの挨拶のシミュレーションをしていたら、ブブブ、とスマホが震えた。
春日部から「きた」と短いメッセージ。
鏡の前で身だしなみのチェックと深呼吸をして、いざ合流。
手順は、僕がしれっと合流→春日部が「じゃ、中入ろうぜ」→堀田「は?まだお前の彼女来てないだろ」→春日部「もう来てるだろ。彼女じゃなくて彼氏だけどな☆」僕「あははー☆」
よし、完璧だ。
春日部と堀田カップルは、自己紹介をし合っているのだろう、春日部と彼女さんとで頭を下げ合っていた。
それが終わると春日部はキョロキョロして人を探してる風を装った。
打ち合わせ通り。
「アイツ遅ぇな、そろそろ来る頃なんだけどな~」という小芝居だ。
僕は小走りで三人に近づいた。
「遅くなってゴメン。」
「あれ、えー? 町屋クン?? 春日部、町屋クンも誘ってたのかよ。」
堀田は僕の登場に少し驚いたようだったけど彼女さんを僕に紹介してくれた。
「この人がマイハニーのユキちゃん。で、こっちのイケメンが町屋クン。」
「初めまして。よろしくね。ちょくちょくお話は聞いてたけど、あっくんの言う通り二人ともホントにイケメンだね。」
彼らは互いを『ユキちゃん』『あっくん』と呼び合っているようだ。
堀田 敦の『あっくん』。
「イケメンだなんて……ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。突然の参加ですみません。」
「ううん、そんなことないよ。こちらこそ、時間、私に合わせてもらっちゃってごめんね。」
「いえいえ。それに夜の遊園地って雰囲気があって僕、好きなんです。」
「確かに。お祭りっぽい感じがしてワクワクするよね。」
「そうなんですよねー。」
「遊園地って久しぶりだから楽しみ」とユキさんは呟いて微笑んだ。
えくぼの浮いた笑顔は実年齢より――確か僕たちの5つ上だったはず――幼く見えた。
可愛いらしい雰囲気だけど話してみるとしっかりとしているお姉さんタイプ。僕は兎も角、スーパーイケメンの春日部を見ても浮き足立って無いところが素晴らしい。
この人ならサプライズもなんとか受け止めてくれそうだ。
落ち着いていて、お調子者の堀田とは相性が良さそうで、いい人見つけたなぁ、って思ってたら僕たちとは別の会話をしてた春日部と堀田の方から「マジかよ!?」という結構大きい声が聞こえてきた。
反射的に春日部が僕たちのことを言ったのかと思ったけど、驚きの声を上げたのは堀田ではなかった。
春日部はユキさんと僕の視線を感じたのか、パカッと開いていた口を閉めて「わりぃ、ちょっとびっくりしちまって」とばつが悪そうに取り繕った。
どうしたのかと思っていたら、春日部は改まったようにユキさんに向き直り「おめでとうございます」とぎこちなく頭を下げた。
「ふふ、あっくん、もう言っちゃったの?春日部君、ありがとう。でも、もうちょっと先の話なんだけどね。」
恥ずかしそうに、でも幸せそうに笑ったユキさんは左手の甲の方を見せるように手を胸元まで上げた。
薬指には石の付いた指輪が嵌められていて、西日を反射させ、キラキラと輝いている。
笑顔も指輪も正しく輝いていて、僕は目が眩んだ。
どうやら、サプライズを仕掛けられたのは僕たちの方だったようだ。
32
お気に入りに追加
3,055
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる