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匂い

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    ランチの後は川沿いの遊歩道を散歩することになっている。
    しかし、遊歩道には日陰が無く容赦の無い日差しがじりじりとコンクリートを焼いていて、上からも下からも熱を浴びた僕たちは、少し歩いただけで汗だくになってしまった。

    まるでオーブンの中にいるような暑さ。

    しかもさっきオムライスを食べた洋食屋で、春日部とテーブルの下で隠れて小指を繋いでいたから、内側からも体が火照ってる。


「暑さやべぇな。35度はあんじゃね?」
「うん。絶対あるね。」

    手に持っているスポーツ飲料のペットボトルの蓋を開けて春日部に渡す。
    僕の飲みかけだけど、春日部は躊躇無く口を付けてゴクゴクと喉を鳴らしている。

「プランミスだったかもしれねぇな。取り敢えず日陰探すか。」
「うん。」

    探すか、と言っても遊歩道の後ろにも前にもそんなものは見当たらない。ぽつりぽつりと置かれてるベンチも、もれなく直射日光の餌食になってる。

    どこかエアコンの効いた室内で休みたいとこだけど、予定通りにしないとAにデートを見せるって目的が果たせなくなるかもしれない。

    いっそ、川に飛び込もうか、なんて考えてたら、一ヶ所だけ日陰を見付けた。
    自然と足はそっちの方へ。

    土手を降りて川に近付いて行く僕の後ろを春日部も追ってきた。
    僕がどこを目指してるか春日部にも伝わったようだ。

    橋の下。

    時刻は午後1時半。
    太陽は真上にあって、橋の真下は薄暗いオアシスが作られてる。
    しかも、川の涼やかさが風に乗って来てとても気持ちいい。

    サングラスを外して汗に濡れた髪を掻き上げて一息吐くと、春日部の視線を感じた。しかし、春日部の方を向くとフイと視線を逸らされた。

「どしたの?」
「あ、……いや、ここにいると、俺達のことアイツ、見つけづらくねぇかな、と思って。」
「あー、確かにここ、結構死角になっちゃってるもんね。じゃ、ちょっと涼んだらまた歩こっか。」
「ああ。」

    汗で湿ったニットシャツの胸元を指で摘まみ、パタパタと空気を送り込んでいるとまた視線を感じた。で、僕が見つめ返すと逸らされる、
    春日部はサングラスをかけたままだから、どんな意図があってそんなことをしてるのか感情が伺えない。

    僕は春日部に近寄って、サングラスを取り上げようと手を伸ばしたが、その手を掴まれ引き寄せられた。
    引っ張られ前のめりになった僕は、春日部の胸に顔を埋める形になってしまった。

    遠くでは川遊びをする子ども達の楽しげな声が聞こえる。
    その子達から、ここは死角になっていて見えないし、他にも人は見当たらない。

    だったらちょっとぐらいいいよね、と、春日部の背中に腕を回してしっかりと抱き付いた。
春日部からはボディーソープの香りに少し汗が混じったような匂いがした。
    もっと匂いを嗅ぎたくて首もとに鼻をつけ、深呼吸した。

「お前の匂いがする。」

    春日部も同じことを思っていたのかと思えば、嬉しいが「匂い」と言われるとちょっと恥ずかしい。僕の方が春日部より汗をかいてるから。
    恥ずかしさに体を離そうとすると、阻止するようにぎゅっと抱き締められた。

「もっと嗅がせろよ。今日みてぇに思いっきり汗かいた時じゃねぇと、お前の匂い、しねぇから。」

    僕の匂い、に不安になる。
    自分じゃ全然気付いて無かった。今までも匂ってて、春日部にそれを嗅がれていたのかと思えば恥ずかしすぎる。

「ちょっと待ってよ、恥ずかしいんだけど。どんな匂いがするの? 汗臭いってこと?」

    自分の腕や脇の匂いを嗅いで確認しようにも、春日部の拘束が強すぎて身動きが取れない。
    その間も密着している部分に汗をかき、じんわりと肌やシャツが湿ってしまっている。

「汗の臭いとは別にお前の匂いがすんだよ。それが臭ぇかどうかは、客観的にはよく分かんねぇ。」
「えー、何、その言い方っ。ヤバイ、どうしよ、僕、川に飛び込んでくるべき?」
「別にいいだろ。」
「だって臭いんでしょ?」

    川に飛び込むのはさすがにアレだけど、汗拭きシートみたいなのを買うべきかも。この後も予定があるし。
    春日部に抱き締められてるのは嬉しいけど、臭い問題が気になり過ぎてそっちには集中できそうにない。早く離してもらいたい。僕が腕の中でもがくと、春日部は更に僕の匂いを嗅ぐように抱き込んだ。

「俺は臭いとは思ってねぇよ。あんま嗅げねぇから、レアだし。……なんか、ムラムラするし。」
「……ムラムラ?」
「ああ。セックスの時とかにたまに匂ってきてたから。……ひょっとして、フェロモン?なんじゃねぇの。……俺は、すげぇ、好きだ。」

    ――俺は、すげぇ、好きだ。

    春日部の声は掠れていてセクシーで、僕は腰が抜けそうになる。さっきまでは離れようとしてたのに、今は春日部に掴まるようにしてやっと立ってる。

「それに、恥ずかしがるお前の顔、やべぇくらいにグッとくる。」

    どうしよう。
    凄く春日部とキスしたい。
    でもこんなところじゃ、さすがにマズイ。

「春日部、離れよ? これ以上くっついてると、ヤバイから。こんな場所だし。」

    こんな場所、と言いながら周囲を見渡すと、抱き合う前には見えなかった人影が一つ見えた。

    長身の男。

    太陽の光に晒されている男は僕たちからは30メートル以上離れている。

    男らしい端正な顔立ち。

    思わず僕はその人物の名前を呟いていた。

    僕の視線の先を辿ったらしい春日部は、Aを目で捉えたようで、小さく舌打ちをした。
    舌打ちに驚いて視線を戻すと春日部のサングラスは外されていて、不機嫌そうな瞳と目が合った。


「デート中に、他の男の名前なんて呼ぶなよ。」


    僕の顎に春日部の指が触れ、くいっと持ち上げられて、薄い形の良い唇が近付いてきた。

    合わさった唇は夏の太陽に焼かれたせいか乾いていた。それを湿らせるように僕はより一層深いキスを返した。

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