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大浴場

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    やはり大浴場は広くて気持ちがいい。

    目を瞑り、力を抜いて湯に体を預けていると、波が立ち体が揺らめいた。
    目を開けると、春日部が僕の隣に腰をかけたところだった。

「あんま人いねぇな。」

    髪の毛から滴が落ちるのを、春日部は鬱陶しそうに掻き上げ、いつもは下ろしている前髪を後ろに撫で付けた。形のいい額が露になり、イケメン度が更に増している。

『大浴場でオトコを性的な目で見たことはない』その前提が覆りそうで、慌てて目を逸らした。

「うん。結構空いてたね。皆まだ、酒飲んでる時間帯なのかも。」

    二人きりではないが、人は少なかった。
洗い場に2、3人と露天風呂の方から声がするからそこにも数人。僕たちのいる内湯には誰も入っていない。内湯は全部で三つ。一番大きい風呂と、それよりは少し小さ目の『ぬるめ』と『あつめ』と表示された風呂が一つずつ。
    僕は、ゆっくり入りたいから『ぬるめ』にいる。


「はぁ、気持ちいい。家の風呂もこれくらい大きかったらいいのに。」
「掃除どうすんだよ。それに水道代も電気代もやべぇだろ。」
「あははー、春日部は現実的だね。」
「こういうとこは、たまに来るからいいんだろ。それにマンションの風呂は十分デカイだろ。前住んでたとこなんて、浴槽無くてシャワーだけだったんだからな。」

「……あっ。」
「ん? どうした?」

    前住んでたとこ。
    そう言われて、大事なことをすっかり忘れていたことに気が付いた。

「春日部、もしかしてアパート探し、しちゃってる?」
「あ、忘れてた! そう言やもう二月だもんな。そろそろいい物件出て――」
「あっ、あのさ、春日部さえ良かったら、卒業まで一緒に住まない?」

    バイトだの誕生日だので、すっかり忘れていた春日部のアパートの件。
    さすがに物件がいっぱい出てくる時期だから、裏から手を回して、なんてことはもう出来ない。

「いや、さすがに二年も居候なんて非常識だろ。」
「そんなことないって。それに、考えてみてよ。今アパート借りてもさ、就職先が遠かったり社員用の寮があるようなとこだったりしたらどうするの? 一年で引き払わなきゃいけないんだよ? 手間もお金も無駄じゃないかな?」
「あー、まぁ、そーだよなぁ。」
「ね?」
「うーん……。」
「僕の家、住み心地悪い?」
「んなワケねーじゃん。」
「じゃあ、決まりだね。」

    心の中で「危なかった」とため息を吐きながら、来年はどんな理由で引き留めようかと考えていたら、春日部が湯船の縁に座り直した。
    長風呂で熱くなってきたのだろう。体がピンク色に染まっていて、セクシーだ、

「でもよ、俺ばっかりお前に良くしてもらってて、悪いよな。お前に何か、恩返しが出来ればいいんだけど……何かあるか?」


    春日部にしてもらいたいことなんて、いっぱいある。


    僕の恋人になって。

    誰も見ないで。

    僕だけを必要として。


    願いは口に出せそうにないから。

「じゃあ、毎年僕の誕生日にはしょうが焼き作ってよ。」
「は? お前、一昨日おとといも食っただろ。」
「いつも食べたいけど、誕生日には特に、一番好きなものを食べたいんだよね。」
「まぁ、いいけどよ。全然恩返しって感じ、しねぇんだけど。」
「やった! 約束だよ。」
「ったく、安い奴だな。」

    春日部は、笑って安請け合いしちゃったけど、僕の言葉をちゃんと聞いてなかったのかもしれない。

    僕は『毎年』って言ったんだけど。



    熱くて限界らしい春日部は、先に部屋に戻った。
    僕はその後、露天風呂に入ったり、売店を覗いたりしてから部屋に戻った。

「すげぇ長湯だったな。」

    春日部は座椅子に腰掛け、売店で買ってきたと思われるビールを飲んでいた。
    僕にも一本渡してきたので、ありがたく受け取る。

「僕も、売店寄ってきたから。」

    僕もビールを何本か買ってきていた。それと、食事の時に飲んだ日本酒も。

    袋の中身を見せると、春日部は「考えること一緒かよ」と、窓の外を指差した。

    同じ日本酒の瓶が、雪に半分埋もれている。

    まさに、"雪冷え"


    春日部は雪見露天風呂に浸かり、日本酒を飲んでみたかったらしい。僕も同じ考えだった。


    温かい湯の中で飲む冷たい日本酒は、言うまでもなく最高で、春日部は湯のせいか酒のせいか、ほんのりと頬をピンクにしながら「最高の誕生日だ」と僕に、ありがとうと言ってくれた。
    こっちこそ、ありがとうと言いたい。前にテントを買った時にも思ったが、春日部の喜ぶ顔を見る為なら僕は何だって貢ぎたいし、何だってしてあげたい。

    すっごく、好き。

    溢れそうな気持ちを、雪のように冷たい日本酒を飲み込むことで腹に戻す。
    いつか、溜まりすぎて腹を突き破ってしまったら、春日部はそんな僕を見て何と言うのだろう。



    これ以上ないくらいに、日本酒と温泉を満喫し、もうそろそろ寝るか、ということになった。

    二間あるうちの奥の方に布団は敷かれていた。
    僕たちが大浴場に行っている間に、敷いてくれたのだろう。

    二組の布団はぴったりと寄り添うようにくっついている。

    多分、布団を敷いてくれた人は、ここに泊まるのが男二人だとは思わなかったのだろう。

    露天風呂付き離れは、結婚記念日なんかに泊まるのにぴったりの部屋だ。

    僕がここでバイトをしていたとしても、布団はくっつけて敷くだろう。


「うわー、やべぇ。布団ってなんか生々しいよな。」
「あははー、そうかも。……二間あるから、僕、あっちの方に布団移動させるね。……明日も運転あるし、今日はゆっくり寝よ。」

    今日はセックスをしないよ、と間接的に伝えると春日部にも異論はないようで「ああ、そうだな」と返事があった。

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