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キャンプ
しおりを挟むキャンプ場所を決め、諸々の許可をもらい、一週間前にレンタカーを借り下見もした。
その足で春日部の家に向かって、テントを含むキャンプ用品をお借りし、ご家族と挨拶をさせてもらった。
お爺さん、お父さん、お母さん、次男の奏くん、三男の幸くん、それぞれに「堀田くん以外の友達初めて見た」と言われ歓迎された。
中学生の幸くんは、生意気だと春日部から聞かされていたが、キチンと僕に挨拶をしてくれた。「うちのアホ兄貴がお世話になってます」と。
春日部は「後で絞める」と怒っていたが、喧嘩するほど仲がいい、を体現しているような兄弟で微笑ましい。次男は兄弟の仲で一番大人な態度で、今にも喧嘩しそうな二人を宥めていた。
お母さんは男所帯の中にいるだけあって、豪快な感じの人で、お父さんは尻に敷かれるタイプ。バランスの良い夫婦に見えた。
お爺さんは一番顔が春日部に似ていた。その年代の人にしては背が高く、深く刻まれたシワでさえも、渋くてかっこいい。話も面白い。昔、間違いなくモテた。いや、今もモテているのかも。
急に行ったのにもかかわらず、夕食を一緒にと誘われた。
申し訳ないと恐縮すると「こんなお礼しかできなくて」と、逆にお母さんに謝られてしまった。
春日部がアパートを追い出されてから、僕と一緒に住んでいることに対してお礼を言われた。
本来ならこちらから挨拶しに行かなきゃならないのに、と。
以前、その申し出を断ったのは僕だ。
次のアパートが見つからないよう裏から手を回していた最中だったから、ご両親にお礼を言われるのは心苦しく、丁重にお断りさせて頂いたのだ。
春日部のお母さんとお父さんが一緒にキッチンに立って夕食を作ってくれている間、春日部三兄弟と僕とお爺さんとで、リビングで話をさせてもらった。その後、何故か腕相撲大会になったりして、楽しい時間を過ごした。
七人で囲む夕食は、賑やかで楽しく、もちろん料理もとても美味しかった。
名残惜しく思いつつも、レンタカーを返す時間が迫っていたこともあり、夕食後はすぐにお暇させてもらった。
「なんか、わりぃな。うちの家族の相手して、疲れただろ?」
春日部家の人たちの見送りにお礼を言って、手を振り返して車を発進させると、助手席の春日部からそう言われた。
「ううん。すごく楽しかった。いい家族だね、羨ましいよ。」
「そうか?普通だろ。」
「普通が、すごくいいんだよ。大人数でテーブル囲んで同じもの食べて、笑って、素敵な時間だったよ。」
「……そうか。」
春日部は多分、僕の家庭環境があまりよろしくないことに気付いている。気付いてても詮索してこないのは、すごく助かる。
『縁を切られた』それだけの話なのだが、経緯を話すと暗い雰囲気になりそうで気が引ける。
「……また遊びに来てほしいって、カーチャンが言ってたの、あれ、社交辞令じゃないから。町屋さえ良かったら、また飯、一緒に食いに行こう、な?」
「いいの?」
チラリと横目で助手席を見ると『お兄ちゃん』って感じの顔で笑っていて、また一つ新たな春日部の優しい顔を知った。
「ああ。多分、町屋一人で行っても大歓迎されるよ。奏は腕相撲のリベンジしたいみたいだしな。」
★
キャンプの準備は着々と進んだ。
僕の寝袋は春日部が選んで買ってくれた。秋冬用らしい。二重構造にになっているので、暑ければ一枚に、という風に調整できるらしい。
抱き締めて眠りたいくらい嬉しい。
遠い昔、僕がまだ無邪気だった頃、ランドセルを買ってもらった時に、こんな気持ちになったことを思い出した。
「ありがとう、春日部。すごく嬉しい。一生大事にするね。」
「一生って、そこまでのモンじゃねーよ。」
そう言いつつも、春日部はまんざらでもなさそうな顔をして、僕に手入れの方法を教えてくれた。
そして当日。
日頃の行いとは関係なしに快晴で、キャンプ日和の天候に恵まれた。
またレンタカーを借り荷物を積み込んで、マンションから車で二時間ほど離れた目的地へと向かった。
車を置いた場所からテント等の荷物を担いで、山道を徒歩三十分。
やがて少し開けた場所に到着した。
綺麗な小川のほとりの、小石が敷き詰められている――先週来たときに大きい石を避けておいた――場所がキャンプ地だ。
テントを張り、小枝や乾いた木を集めて、昼食の準備をする。
鼻唄を歌いながらペグを打ち込み、春日部を隊長と呼び、まだ乾いていない重い流木を持ってきて春日部にダメ出しをされる。それをベンチにしようと提案し、座り心地に文句を言われる。
その他にも、スマホを見ながら食べられる野草を摘んだり、着火材を使わない火の付け方をしたり、箸を作ったりと、イベントが盛り沢山だ。これは、サバイバルがしたい、という僕の要望を春日部が取り入れて提案してくれたものだ。
何をするのもひたすら楽しい。
春日部も楽しそうだ。
もともとアトウドアが嫌いではないらしいが、久々のキャンプだと言う。
今流行っているらしい一人キャンプというのはやったことがないようだ。
キャンプ=家族イベントという認識の春日部には合わないらしく、してみようとは思わないらしい。
「じゃあ、僕がいて良かったね」そう茶化すと、怒られるかと思ったけど「ああ、そうだな」と素直に返されてしまった。
自然は人を優しく素直にするらしい。
昼食は野草を練り込んだ小麦粉の生地を木の枝に巻き付けてパンを焼き、焼いたブロックベーコンと一緒に食した。素朴な味がして美味しかった。
夕食は、春日部が豚のしょうが焼きを作ってくれた。
僕は白米担当で、コッヘルと言う四角い飯ごうのような調理器具で炊いた。担当と言っても春日部の指示に従うだけ。でも、うまく炊けて嬉しかった。
最高の誕生日だ。
そう思っていると、春日部は食後、僕にデザートを出してくれた。
甘いものが苦手な僕のために、ブルーチーズを使った甘くないチーズケーキ。
僕がいない時に作って、冷凍しておいたものらしい。
口に合えばいいけど、なんて頭をかきながら照れ臭そうに言われて、胸が熱くなった。
「春日部、ありがと。多分、今までで一番嬉しい誕生日かも。」
「ったく、大袈裟な奴だな。」
「ホントだって。」
「あっそ。……早く食えよ。」
「うん。」
チーズケーキはブルーチーズ特有の苦味とコクがあって、赤ワインとよく合い、美味しかった。
焚き火台の火を見ながら、ケーキを食べ酒を飲んで、楽しく会話をして。あっと言う間に時間が過ぎた。スマホを見ると12時を回っていた。朝も早かったし、さすがにもう寝るかという話になった。
焚き火の処理を終え、寝るかと立ち上がると、春日部は不意に頭上を見上げた。
つられるようにして見上げると空には満天の星空。
「うわぁ。」
「すげぇよな。」
「うん。ヤバイね。」
「ああ。」
ランタンの光を消すとそれは一層輝いて見えて、僕はちょっとだけ涙が出てしまった。
「春日部、キャンプに連れて来てくれて、ホントにありがと。」
「ああ。誕生日、おめでとさん。」
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