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新しい明日
しおりを挟む「おめでとう!よかった!本当に良かったー!」
廊下で叫び声がしたので覗いてみると、春日部が何人かの生徒に囲まれていた。
合格発表の報告に来たのだろう。
泣きそうな顔でおめでとう、を連呼している。
あぁいうのを見ると、感心する。おれは学生たちにそこまで気持ちの面で寄り添えないし感情移入もできない。
自分の席に座ると、顔を明るくさせた春日部が走ってきて鞄を漁った。携帯を見て肩を落とす。
「どうした」
「いや、実はいとこから連絡がなくて・・・。あいつもセンター受けたから・・・」
「受かってるといいな」
「・・・いや、それが、そのー・・・家で自己採点したら散々で、それを引き摺って私立もボロボロだったみたいなんです」
「・・・意外だな。田所くんが気持ちを立て直せないとは」
「・・・なんか、切羽詰まってたんですよね。何かに追われてるっていうか・・・。どうしたんだろう。話も聞いてやれなくて・・・」
「受験はそういうもんだろ」
「・・・なんか、違うんですよ。なんか、・・・」
そこで言葉を切り、深呼吸をした。
春日部は勘がいい。何かを察知したのだろう。あまり深くは聞かずに自分の学生のことを考えていると、静かに扉が開いた。
立っていたのは水出くんだった。春日部が勢いよく立ち上がる。
「ど、どうだった!?」
「あ、おかげさまで受かりました」
「ほんと!?おめでとう!よかったぁ!」
「おめでとう」
声をかけるとおれに視線を移しぺこりと頭を下げた。
近づいてくると、小さな声で言う。
「真喜雄には、学校名は言わないでください」
「もちろん、言わない。個人情報だからな」
「ありがとうございます」
「・・・ところで、」
「え?」
「・・・いや、何でもない。お疲れ様」
春日部も田所くんのことを知りたかったのだろう。伺うように見ていたが、目を逸らした。
「あの」
「どうした?」
「田所くん、来ましたか?」
「え?」
「あ、田所くん、水出くんと同じところを受けたんだよね!?」
「そうです。・・・それが、合否を一緒に見に行ったんですけど、どこかいなくなっちゃって・・・」
「え!?」
「いなくなったとは、どういうことだ?」
「受験番号がかなり離れていたから別の掲示板を見ていたんですけど、見失っちゃって。それで、携帯に連絡したんですけど・・・」
「返事がないの!?」
「はい・・・。ここには来てないですか?」
「き、来てない・・・」
春日部の顔が真っ青になる。
それを見た水出くんはギョッとした顔になり、困ったようにおれを見た。
「まぁ、どんな結果だったにせよいずれ連絡は来るだろうとは思うが・・・真喜雄にも探すように言っておく」
「すいません、ありがとうございます」
水出くんが出ていくと、春日部は狼狽えたように携帯を見た。着信があるようだった。
廊下に出て電話に出るように促すと、恐る恐る耳に当てた。
「和泉ちゃん?どうしたの?・・・ん。うん・・・そっか・・・どこにいるか、分かる?」
慎重に、落ち着いて声をかけている。田所くんの妹からのようだった。
「分かった・・・夜、行くね。うん・・・。ごめん、何もできなくて・・・じゃぁ、うん」
「大丈夫か?」
「・・・落ちました」
「・・・そうか」
「・・・多分、全滅です・・・」
「え?」
「・・・私立も、ほんっとにボロボロで・・・。もっと、ちゃんと、勉強に付き合ってやればよかった・・・」
「・・・お前は十分やっただろ」
「・・・あー、もう・・・おれ、ほんと、なにやってんだ・・・」
「夜、行くんだろ。その時に話を聞いてやればいい」
「・・・はい」
「・・・あぁ、良人も受かったな」
「え?・・・あ、勘解由小路くん、ですか?この前話した・・・」
「あぁ。無事、夜間大学に受かった。昼間にする仕事も決まったみたいだな」
「・・・よ、よかった・・・!おめでとうって、伝えてください」
「あぁ。それで、お前は今日、早く帰れ」
「え」
「早く、行ってやれ」
春日部は涙ぐむと、深く頷いた。
しばらく1人にしてやりたくてまたデスクに戻る。天に昇り、地に落ちる気分がいっぺんに訪れる季節は、どんなに繰り返しても慣れないものだった。
******************
「おっかえりー!どうだったー?あ、ねぇねぇ、パエリア作った!」
バカみたいに明るい声だった。
少しため息をついて鞄を下ろすと、ネクタイに手をかけて手際よくスーツを脱がしていく。別に、こんなことをしてくれなんて頼んだことはないんだけどな。
「全員受かった?」
「いや、全員ではない」
「真喜ちゃんの彼氏は?」
「受かった」
「あらよかった!おめでとう!はい、チョコレートケーキ!」
「どーも」
「春日部くんのクラスはどうだったかしらね」
「いとこが落ちた」
「へ?・・・あら、真喜ちゃんの友達の子?」
「そうだ」
「そっかー・・・。まぁ落ちてもさ、大学が全てじゃないから。きっとね」
「おれらに言われても説得力がないけどな」
「え?」
「大卒だからな。おれも、お前も」
シャツを脱いでベルトに手をかけていると、ガシッと肩を掴まれた。
顔を上げると千蔵がじーっと顔を見ていた。
そのまましばらく無言で見つめ合っていると急に距離を詰め、噛み付くようにキスをされた。
「んぶっ、」
「んふっ。可愛い」
「・・・いてぇな」
「今日は暴飲暴食してドラマでも観ようよ」
「・・・」
「ね」
手を引かれ、ソファに座らされた。
千蔵はせっせとローテーブルにお菓子やコーラ、作ったと言ったパエリアを出した。
2人でダラダラと食事をした。
本当にただ、2人で食べて過ごした。
千蔵はずっと笑っていて、なんとなく羨ましかった。
******************
「あの、昨日はありがとうございました。直哉と会えました」
「大丈夫だったか?」
「うーん、今まで見たことないくらい落ち込んでました。でも、切り替えて色々考えてるみたいです。成瀬さんは大丈夫ですか?」
「何が」
「昨日、学生さんが1人、親御さんと文句言いに、来てたから・・・」
春日部は気まずそうに言う。
昨日、受験で落ちた学生の母親がおれに食ってかかってきた。
今の時期もそうだが、定期的にそういうことがあるので慣れてはいたのだが。
昨日の母親はしつこくて疲れたのは事実。
「学生さんの方は自分の力が足りなかったって、言ってたのに」
「親からしたらそうもいかないんだろ」
「でも、昨日の人はしつこいし成瀬さんのやり方を否定して・・・あんたは大卒だからそんなことが言えるんだって、よく言いますよね。こっちだって楽して入ったわけじゃないのに。個人的にすっげー腹立ちました!」
「・・・お前、忙しいよな」
「は?はい?」
「いや、他人が怒られただけで自分まで腹を立てて・・・他人の感情に引っ張られて忙しいなと」
春日部はキョトンとしたが、すぐに渋い顔をした。
「いや、引っ張られてるんじゃなくて単純に腹立つんですよ」
「なぜ」
「・・・成瀬さんって、時々抜けてますよね。おれ、自分が尊敬してる人が理不尽なクレーム入れられて腹たってるんですよ」
「・・・」
「成瀬さんおれより頑固で疎いんですね。びっくりした」
「お前な、」
「和多流くんにも話しましたけど、和多流くんだって不愉快だねって言ってましたもん」
「なんか遠慮がなくなってきたな」
「シロさんに遠慮も気も使うなって言われたので、素直に受け止めました」
「・・・」
「シロさんに話せばおれの言ってること、わかってくれると思いますよ」
******************
「それ、春日部くんなりに遠回しに「馬鹿野郎」って言ってんのよ」
「あ?」
「んもぉー。昨日、やけに落ち込んでると思ったら・・・」
「落ち込んでねぇ」
帰宅して、昨日あったことから春日部に言われたことをかいつまんで話してみると、千蔵は呆れたように笑った。
ソファに座ると肩を揉まれ、それがひと段落すると手のひらをマッサージされた。
「あのさぁ」
「なんだ」
「美喜ちゃんのためにって言い方も変だけど・・・そう言わないと分からないと思うからそういうていで言うけど、身内以外の人が美喜ちゃんのために腹を立てたり泣いたり悲しんだり笑ったりすることって、きっとこれからたくさんあるよ」
「・・・」
「そういうのを友達っていうし、大事な存在っていうんだよきっと。だからきっとその人たちが怒られたり、罵倒されたり意地悪されたら美喜ちゃんも腹が立つと思うよ。僕もそうだもん」
「お前も春日部が理不尽に怒られたら腹が立つか?」
「そりゃー嫌よ。当たり前じゃん。聞いてるだけで胸糞悪いわよ」
「・・・ふぅん」
「ていうかさ、そういう場面、職場でなかったの?春日部くんか文句言われたりとか」
「ない。職場でおれのやり方に文句を言う人間は主任のやり方を否定してるのと同じだからな」
「その主任さん?がすごい人なんだっけ?」
「あの人は正真正銘のサディストだが、まぁ、評判はいい」
「そっかぁ。でもそんなこと、外に出ちゃえば無意味になっちゃうし外から見てる人なんかまず分からないから、きっと春日部くんも似たようなことを経験するよ。その時美喜ちゃんがどう思うか、僕は楽しみかな」
「楽しみ?」
「うん」
ニコッと微笑まれ、今度は腕をマッサージされた。
気持ちよくて目を薄く閉じると、すぐにキスをされて押し倒された。
何が琴線に触れたのか全く意味不明だが、抱かれてもいいとかと思った。
******************
「はい、すみませんでした・・・」
さっきから春日部のとった電話口から金切り声がする。
どんどん項垂れて、最初こそ必死に相手を宥めようとしていたがもうそんな気力もないようだった。
周りの臨時講師や他の教科担当の講師が心配そうに見ては目を逸らす。
受験に失敗した生徒の親からだというのは分かった。
その生徒が誰なのかも、分かった。成績を見る限り少し無理のある受験だった。それでも親が薦めたのだろう。子供は親に認められたくて必死なのだ。
「あの、・・・いや、はい・・・」
春日部の声が小さくなっていく。
ムカムカしてきた。理由は分からない。肩をどつき、受話器を渡せとジェスチャーをする。
周りの講師たちが驚いていた。もちろん春日部も。
必死に相手に謝りながら断りを入れ、保留にする。
春日部の手元にある成績表と模試の結果を奪い取り電話に出る。
「成瀬と申しますが」
母親だった。狼狽えたようだがすぐに体制を立て直し、責め立ててくる。これを何分ほど聞いていたのだろうか。
腹立たしくなってきた。
これはもう、クレームではない。
「仰っていることは分かりますが、これ以上はうちの大事な講師が萎縮してしまいます。それに、クレームの域を超えています。法的措置とお話しされていましたね。どうぞ。こちらも相応の対応をさせていただきます」
電話が切られたので仕方なく受話器を置くと、なぜか周りにいた講師たちに拍手をされた。
春日部は泣きそうな顔でおれを見ている。
倉庫に来るように言い待っていると、恐る恐るドアを開けて現れた。
すでに涙目で、深々と頭を下げる。
「すみませんでした」
「何が」
「1人で対応できなくて、」
「あんなもん、1人でやるもんじゃない」
「お、怒らせて、」
「お前が前に言ってたことがよく分かった」
「え?」
「・・・お前は間違ってないしきちんと対応していた。なのに、相手はあまりにも理不尽だった。腹が立った。お前がおれにクレームを入れてきた保護者に腹を立てた時と同じ感情だと思う」
驚いた顔をされた。
気恥ずかしくて和頭を掴んでぐしゃぐしゃに撫で回してやる。
「お前は十分やった。だから合格者の方が多い。あの子は身の丈に合っていない受験をした。それだけだ」
「・・・」
「落ち着いたら戻ってこい。いいな」
「・・・はいっ」
廊下に出て携帯を引っ張り出し、藤堂さんに電話をかける。
少しだけ驚いたような声が聞こえてきた。
『珍しいね。どうしたの』
「春日部が落ち込んでるから、優しくしてやってくれ」
『は?なんで落ち込んでるの?』
「保護者から理不尽なクレームを受けた」
『どんな?』
「それは本人から聞いてくれ」
『まぁ、聞いてみるけど・・・意外だったな。成瀬さんが気にかけてくれるなんて』
「・・・自分でもそう思う」
答えて、通話を終えた。
自分の席に戻ると主任に事情を聞かれた。
要点だけ話すとニコニコ笑ったまま、分かったと答えて去っていった。
きっとブラックリストに載せるのだろう。もう、申し込んでこないように。
タバコが吸いたくなった。
他人のために怒ったのは千蔵以来、初めてだった。
******************
風呂上がりに夜風に当たっていると、肩にブランケットをかけられた。
千蔵が優しく笑って首を傾げる。
「どうしたの?まだ、寒いでしょ」
「ん・・・」
「なんか悩んでる?」
「・・・分からん。ただ、」
「ただ?」
「・・・人が理不尽に怒られている姿を見るのは確かに苛立つな、と思った」
「あら」
「・・・お前以外の人間のために、初めて怒ったかもしれない」
「ふふっ。ねぇ、今すごーく可愛い顔してるよ。分かってる?」
意味がわからなくて千蔵を見ると、髪が風で揺れていた。顔が近付いてきて、耳元で囁かれる。
「戸惑ってる?」
「何に」
「自分が自分じゃないみたいで」
「・・・」
「美喜ちゃんがもっと優しくなったんだなーって、僕は嬉しいんだけどな」
「んっ、」
耳を啄むように唇で挟む。
ピリッと痺れた。
腰に手を添えられ、そっと抱き寄せられた。
「ちょーっと妬けちゃうけど、今の美喜ちゃんも素敵」
「あー、そう」
「抱きたいなって言ったら嫌?」
だから、何が琴線に触れたんだ。
答えに詰まっていると額にキスをされた。こんなところに背伸びもせずにキスができるのは千蔵くらいだろう。
「たまには美喜ちゃんからも誘ってほしいなぁ」
「気が向いたら」
「もう、照れ屋さん」
部屋に戻るとベッドに促された。
なぜ千蔵が嬉しそうなのかは分からないが、機嫌がいいならまぁ、よしとしよう。
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