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花火が上がる
しおりを挟むカラン、と氷がぶつかる音がする。
ベランダにいるというのにやけに大きく響いた。
左隣のベランダからは子供の声。
右隣は最近越してきた夫婦の声。
いいわね、楽しそうで。
今日くらいは無礼講よ。
お酒なんか飲んじゃって(安定のカシオレー。それしか飲めないし)、ぼんやりと空を眺める。
下に見える街は綺麗にネオンが光っていた。
その先に見える大きな川にはたくさんの人だかり。
今日は花火大会。
毎年毎年1人で見ている。
美喜ちゃんは夏期講習で大忙しだし、声をかけたって無理。の一言で終わっちゃうの。
だから今年は何も言わなかった。
断られるのわかってるもん。寂しいもん。だったら何も言わないのが正解なのよ。
下の階からも賑やかな声が聞こえた。
はぁ・・・。
本当さ、本当は!
美喜ちゃんと、1分、ううん。30秒でもいいの。たった1つだけでもいいの。
花火を観たいのよ。
強がってるだけで、本当は泣いちゃいそうなくらい寂しいのよ。
今年も大きな花火が上がる。
綺麗だわ。
美喜ちゃんも音くらいなら聞いてるかしら。
来年は一緒に観てくれるかな。
毎年思ってるけど、言ったことはないのよ。
変にプレッシャーかけたくないもん。
健気でしょ?
「おいっ」
「へぁっ!?」
いきなり窓が開いて叫ぶように声をかけられた。
美喜ちゃんが汗だくで、仕事用の鞄を背負ったまま肩で大きく息を切らしていた。
「え?え!?どうしたの!?」
「花火」
「あ、うん、上がってるよ」
「シフト表、渡したろーが」
「・・・うん、貰ったけど、」
「声かけろよ、アホ」
ベチ、と額を叩かれた。
踏ん張っていた涙腺が緩んで、ボロボロと情けなくも大粒の涙が溢れていく。
ぎょっとした顔で僕を見ると、罰が悪そうに目を逸らして手を伸ばした。
髪を解かれ、毛先で遊び、そっと引き寄せた。
初めてこれをされた時、女の子に慣れててよくしてるんだろうなと思った。
けど、いざ聞いてみると、髪が綺麗で触り心地が良かっただけ、と単純な答えが返ってきて笑ってしまった。
素直に応じると、ぎゅっと抱きしめられた。
汗の匂いと、普段より早い心音に胸が締め付けられる。かっこいい。好き。
「おれからは声、かけられなかった」
「え?何で?」
「・・・最悪、ドタキャンになるかもしれないし、今まで散々断ってたしな」
「・・・そ、そんなこと気にしないでいいのに!美喜ちゃんから声かけてよ!シフト表もらっても僕にはわからないもん!」
「・・・いや、だから、・・・悪かった。ごめん」
「何で声かけなかったって、かけるわけないでしょうが!散々断られてるんだから毎年のことだし、分かってるんだから!バカ!」
「・・・ごめん。来年はもっと早く帰れるようにする」
え、うそ。
次の約束は、してくれるの?
体を離して顔を見つめると、パッと赤く光った。
2人で空を見ると、大きな花火が上がっている。
「綺麗」
「・・あぁ」
「そこはさぁ、お前の方が綺麗だよ、とか言って、」
「言わなくても分かるだろ。バーカ」
「・・・ひぇ!?」
「綺麗だよ、お前は。どんなものよりも」
からかいじゃない、いたって普通のことのように、当たり前のように言ってのけるのそ姿に、何度惚れ直したことだろう。
あぁもう、その一言で全部全部、綺麗さっぱりどうでも良くなってしまう。
本当はもっとわがままを言ったり泣き喚いたりしてやろうと思ったのに。全部、どうでもよくなっちゃったわよ。
バカ!
「もう終わるな」
「うん」
立て続けに何発も花火が上がり、空を明るく照らした。
氷の溶けたカシスオレンジだって、汗だくのシャツだって、大きな鞄だって、全部花火の色に染まる。
「お前、」
「え?」
「ははっ、花火の色だな」
「どゆこと?」
「肌が白いから、よく染まってる」
くしゃっと顔を緩ませて笑うその表情が可愛くて綺麗で、もう、もう、たまらなく胸が張り裂けそうで。
「美喜ちゃん」
「ん?」
「・・・その、来年もここで、」
「あぁ。ここ、見晴らしいいしな。来年も観よう」
来年の約束をしてもらって、天にも昇る気持ちだった。
ここから飛び降りてもちゃんと着地できそうなくらい、浮き足立つ。
もしかしたらまた仕事かもしれないけど、忘れちゃうかもしれないけど、今この時この瞬間に約束ができただけでもう、幸せよ。
「ねぇ、何度言っても足りないね。花火、綺麗」
「ん。・・・でもやっぱり、お前の方が綺麗だぞ」
ぼん、と顔が熱くなる。もう、こーゆーところ、ほんっとうに昔から変わらない。
いつもいつも翻弄されちゃう。
火照る顔を両手で包んで空を見る。
1番大きな花火が上がった。
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