Black and White

和栗

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頑張るキミが好き

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「あっづぅ~・・・」
「バテてるな」
「もぉ無理」
「まだ2キロしか走ってねぇだろ」
「長距離苦手なのぉ」
それは知ってる。
こいつは短距離ならそこそこいいタイムを出すのだ。
高校の頃、やたらと足が速かった。
おれよりも速くて、ムカついたこともある。
が、長距離になるとペース配分ができずにすぐバテる。
ランニングマシンを止めてやると、膝から崩れ落ちた。
「まぁ普段動かないから、頑張った方じゃないか」
「つ、つらっ・・・!」
「なんでまた、ジムなんか入ったんだよ。筋肉いらねーつってたろ」
「ぼ、僕が求めてる、のは、・・・体力、よ・・・!」
真っ青な顔で言われても。
ベンチに座らせて、水を渡す。
汗で濡れた髪をかき上げて水を飲むと、大きなため息をついた。
「走るより、歩いた方がいいんじゃないか」
「ダサいじゃない」
「結構いるけどな」
「お年寄りでしょ」
「じゃぁ合わせるから、とりあえず歩きからスタートしろよ」
ほら、とランニングマシンを指差す。
のろのろと移動して、深呼吸しながらマシンに乗った。
スピードを調整して歩き出すと、千蔵も落ち着いたようで黙って歩いた。
「そういえばさ、前はそこらへん走ってなかった?なんでジム入ったの?」
「・・・」
「・・・ちょっと、なんで黙るのよ。今ので大体予想ついたけど」
「じゃぁいいだろ」
「よくありませんけど」
面倒くせぇな。
ため息をつくと、肩を思いきり叩かれた。
剥き出しの肌を叩かれたのでヒリヒリする。
「いてぇな」
「ザマーミロ。手形付けてやったわ」
「てめーで聞いてきたんだろ」
「どっちよ」
「何が」
「男?女?」
「・・・」
「・・・ふぅーん。両方ね」
「あのなぁ、」
「分かってるわよ。そーゆーの嫌いだもんね。自分の時間を楽しんでるのに邪魔されるとムカつくし疲れるのはよく分かるわ。でも、嫌なの!僕のなのに!」
「はいはい。お前のですよ」
襟を引っ張ってチェーンを見せてやる。
顔真っ赤にして照れ始めた。
千蔵はしっかりと2つのリングを左手の薬指にはめていた。
付けてきておいてよかった。
機嫌の波が分からないから、疲れる。
少しスピードを速めて歩いていると、つん、と腕を突かれた。
千蔵が様子を伺うようにこちらを見ていた。
「どうした」
「・・・あの、一緒いても大丈夫だった?」
「・・・はぁ?なんだよ、いきなり」
「いや、だって、僕のペースに合わせてくれるし、その、ジム楽しいんでしょ?僕がいても大丈夫だったかなーって・・・」
「お前がいるからつまらないわけじゃないし、喋りながら歩くのも嫌じゃない」
「そ、そぉ?」
「嫌だったら1人できてるだろ」
「そ、そうよね!いても平気よね!」
気にしたかと思ったら、勝手に元気になる。感情の起伏が激しいやつだな。
呆れながらまっすぐ前を見て足を動かす。ただ歩くだけでも結構汗をかくし息も上がってくる。
黙って歩きながらふと千蔵を見ると、真剣に歩いていた。
ダラダラと汗をかいて時折深く息を吐く。
ついつい、笑ってしまう。
「あ!馬鹿にしたわね!」
「いや、違う」
「嘘よ!今の笑い方は絶対馬鹿にしてた!」
「頑張ってるのが可愛くてな、つい笑った」
「・・・な、な、馬鹿にしてんじゃないのよ!」
乱暴にスイッチを押して動きを止めたかと思うと、頭に巻いていたタオルを取って出口へ歩いていった。
これ、追いかけないとさらに機嫌が悪くなるやつだな。
ついていくとシャワー室へ入った。
隣のドアを開けてシャワーを出す。
「ぎゃ!冷たい!」
「右の蛇口ひねればお湯」
「・・・どーも」
薄い壁越しに会話をして、シャワーを浴びてドアを開ける。
ちょうど千蔵もドアを開けたが、頭がびしょ濡れのまま出てきた。
普段は緩く巻いてある天然パーマの髪の毛が真っ直ぐになっている。
「お前、本当に絵画みたいな男だな」
「何?どーゆー意味?」
「絵から飛び出してきたみたいだって事だ。美男子ってお前みたいなことを言うんだろうな」
線が細くて、しなやかで、顔も整っていて、目が濃いグレー。髪も光っている。
身なりを整えてからドライヤーを手に取り、服を着た千蔵を呼ぶ。
鏡の前に座らせて髪を乾かしてやると、呆れたような顔をした。
「美喜ちゃん、それは素面でできるのに、どうしてデートはしてくんないのかしら」
「これもデートだろ」
「人がいないからって、よく僕の髪とかせるね」
「クセだな。ついやり始めたけど、確かにおかしいな。やめるか?」
「人が来たら、自分でやる」
今日はそんなに人もいないから最後までやることになりそうだ。
なんとなく濡れた髪を見るとドライヤーを使いたくなる。
自分の髪の毛は短いしすぐに乾くから必要ないので、おれがドライヤーを使い始めたのは千蔵と付き合い始めてからだ。
最初こそ辿々しく手入れしていたが、慣れとは恐ろしい。
完璧に髪を乾かし終え、ヘアオイルをつけていつもの千蔵にするまでに、大した時間はかからなかった。
「完璧すぎるわ」
「どーも」
「今から美容師の資格、取れるんじゃないの?」
「いらん」
「専属になってよ」
「月収100万」
「いいよ」
鏡越しで目が合う。キラキラしていた。本気だな、これは。
軽く頭を叩き、ロッカーから荷物を出す。といっても小さなトートバッグだ。荷物は少ない方が楽。
「取らねーよ」
「えー」
「もういんだろ、専属」
「決まった人はいるけどー、独立しちゃうかもしれなくて」
「へぇ。追いかけないのか」
「うーん・・・僕みたいな細客より、太客を大事にしてほしいんだよね。僕が追いかけて通ったら、その間に逃しちゃうかもしれないでしょ」
「2ヶ月に1回通ってりゃ太客なんじゃねぇの?」
「うーん・・・月一で通う人もいるからさ」
「お前が来なくなったら寂しがるだろうな」
ビルを出て街を歩く。千蔵は少し考えながら言う。
「寂しがるかなぁ」
「そりゃー、いつも来てた客がこなくなったら寂しいし悲しいんじゃないか。画家になった頃から通ってんだろ」
「うん。美喜ちゃんに捨てられそうになった時期にボロボロの格好で飛び込んだの」
「嫌な言い方するな、お前は」
「事実だもん。話聞いてくれてさ、一緒に泣いてくれてさ。まだお客さんの髪の毛切った事なくて、僕が初めてだったのよ」
「じゃぁ、成長を見てきたんだな」
「もちろん。頑張ってる姿が可愛くて、ずっと応援してたわ。成長する姿を見て嬉しかったし楽しかった」
「おれもお前に対してそう思ったんだがな」
「え?」
「さっき、頑張って歩いてるのを見て、そう思った」
意外だと言わんばかりの顔でこちらを見る。
「え、馬鹿にしたんじゃなかったの?」
「違うと言っただろ。お前、おれが必死に裁縫やってたらどう思う」
裁縫は苦手だった。
かろうじてボタンがつけられるくらいだが、つけるくらいなら新しいものを買うタイプだ。
対して千蔵は手先が器用なので、絵はもちろん裁縫も工作も得意だった。
一時、おれの私物にも刺繍を施すくらいハマった時期があり、ワイシャツを始めハンカチ、靴下、ポロシャツにシロのサインの刺繍をされて怒りを通り越して呆れてしまった。
まぁ、周りには何かのブランドものだと思われたので悪い気はしなかったが。
「・・・頑張ってて、可愛く見えちゃうかも。いや、可愛い。可愛いわよ。頑張れ!」
「やらねぇよ。でも、それと同じだ。馬鹿になんかしねぇよ。来週も一緒に行くからな」
「・・・えへへ!うん。ありがとう」
「あと、これは憶測だが」
「え?うん」
「独立の話をしたんなら、来てほしいってことじゃないのか」
「へ?」
「普通、来て欲しい客に言うだろ、そういうのって。それに、ずっとカットしてきたんだろ。いきなり来なくなったら悲しむんじゃないか」
「・・・そ、そうかな。迷惑じゃないかしら」
「お前みたいなおしゃべりと根気よく付き合ってくれるんだから、嫌ではないだろ。それと、お前の意のままにカットしてくれる美容師をまた探さなきゃならないと考えると、ストレスだろ。こんな短髪なおれでさえ行くとこ決めてんだぞ。だったら変な気遣ってないでその人のとこ通っておけ」
「・・・うんっ。ありがとう。来週行くから、聞いてみる」
パッと顔を明るくして、足取り軽く家に帰った。
そして次の週病院に行った千蔵は、短めにカットして帰ってきた。
スキップしながら部屋に入ってくると、ソファに座るおれに飛びついてきた。
「聞いて美喜ちゃぁーん」
「おかえり。まただいぶ切ったな。暑いからちょうどいいんじゃないか」
「あのねー、やっぱり美喜ちゃんが正しかった!独立したら来てほしくて話してくれたんだってー!前回僕がサラッと話終わらせちゃったから、驚いたんだってー!嬉しいー!でもよく考えたらあの子のところいかないとこのカラーにならないんだから、やっぱり行くべきなんだよね!」
「はいはい、そうだな」
「行ってもいいか聞いたら、もちろんですって言ってくれたのー!来年あたりに独立しようと思ってるんだって!だから、絵を描いて贈ろうと思って!ね、今日はどう?カラーもカットも素敵?」
うんうんと頷いて頭を撫でてやる。
カットは置いといて、カラーは何が違うのかさっぱり分からない。
毎回同じ色に染めてるじゃないか、と思うが、本人にとっては違うらしい。
正直、大学の頃まで通っていた美容室でやってもらった時との違いすら分からない。
そのまま言うと怒るので、言ったことはないが。
「あー、よかった」
「ん」
「髪も切ったことだし、また一緒にジム行こうね」
「ん」
「・・・あの、美喜ちゃんは美喜ちゃんのペースでいいからね」
「一緒に行くならお前とやる」
「ん、もぉ!急にデレるんだからぁ!可愛い!」
ガバッと覆いかぶさって、顔中にキスをされる。
背中を撫でてやると何を勘違いしたのか、服に手を入れてきた。
まぁ、いいか。好きなようにさせてやっても。
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