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君の手の中で
しおりを挟む最近の千蔵はおかしい。
もじもじして伺うようにおれを見て、目を逸らす。
そんなことを繰り返し、夜はベッドに潜り込めばガチガチに緊張して手を出してこなくなった。
おれは元来淡白な方だし、夜はしっかり寝たいタイプなので、これ幸いと何も声をかけずに目を閉じる。
「美喜ちゃん。美喜ちゃん」
「お前な・・・今寝たところなのに・・・」
ようやく寝入ったころに、突然起こされた。
少しムッとするが、少しだけ溜飲が下がった。
今日は月明かりが綺麗に差している。それに照らされる千蔵が綺麗で、起こされてもまぁ良いか、と思えた。
制作期間から脱出し、染め直した銀色掛かった白い髪の毛が光っていた。
「どうした」
「・・・あのね、あの、前は、ありがとう・・・泣いちゃったのに甘やかしてくれて・・・」
「・・・あぁ、潮吹いた時のか」
「そ、その言い方やめてよっ。恥ずかしかったんだからっ」
「お前もおれに散々やってきただろうが」
「し、したけどぉ・・・!あ、あ、あんな、あんなセクシーでカッコよくて優しさで溢れてるのにエロエロな美喜ちゃん、初めてだったーー!!」
バシッと枕で叩かれる。
奪い取ってやり返すと、ポイッと放り投げられた。
「あんなふうに女の子抱いてたの?」
「・・・あのなぁ、」
「すごい嫉妬してるの今!」
「もう10年以上女性とはしてないし、学生の頃にしたのだってもう、ほぼセフレみたいな、」
「美喜ちゃんからセフレって単語が出てきて少しびっくりした・・・」
「いや、それ以外思いつかないからな・・・。とりあえず、お前しか本気の相手はいないから、他の人は見たことないと思うぞ」
薄暗くても、千蔵の顔が赤くなったのがわかった。
正直、自分がどんな顔をしていたか全くわからない。
千蔵が泣いていたから、何かしてやりたいと思っただけだった。
そういえば、あそこまで本気で抱こうとしたのも、かなり久々だった。
付き合い始めて最初こそ、たまには上をやらせろとか言って喧嘩をしたし、普段触らないところをほとんど無理やり開発してみたり、若気の至りではすまないような方法を取ってみたりしたが、もう今の状態でかなり落ち着いていたので、この間のは中々のレアケースだった。
そういや、真正面から顔を見てしてやったのも、かなり久々だった。
一応気は使っているのだ。顔を見ない方が何も考えずに没頭できるかもしれない、そのまま、寝落ちできるのかもしれないと。
なんでこの間に限って、本気で抱こうとしたんだろうか。
「あ、お前、最近もじもじして気色悪いと思ったら、照れてただけか」
「気色悪いは余計よ!恋人に向かってなんて口の利き方するの!」
「抱かれたいのか」
「・・・分かんない」
「あ?」
「・・・分かんない・・・。美喜ちゃんの知らない顔、見て、ちょっと、混乱してる・・・」
「・・・ふぅん」
「・・・抱きたい?」
「・・・うーん・・・」
「・・・正直に」
「別にどちらでもいい。あの時は抱きたいと思ったけど、今はそこまで思わない」
「・・・気持ち悪かった?」
「いや、あの時も言ったが、可愛かった」
間髪入れず、千蔵は静かに倒れた。
軽く頭を叩くと、ノロノロと起き上がりおれを見る。
「も、心臓に悪い・・・!」
「あー、そう」
「・・・あの、また、抱きたくなることがあったら、その、」
「あぁ。その時は無理やり押さえつけてやる。お前がしたみたいに」
「だ、だから!合意の元だったでしょ!?なんでそういう、」
「好きだろ。かっこいいおれに襲われるの」
ふんっと鼻を鳴らしてやる。千蔵はわなわなと震えだすと、布団にくるまって壁ににじり寄った。
布団を引っぺがして、自分と変わらない大きさの体を抱きしめて目を閉じる。
心臓の音が少しだけ早く、なんだかリズムが心地よくてすぐに寝てしまった。
************
「えー!じゃぁもう・・12年は一緒にいるってことっすか!?」
春日部が指を折って数えた。
うなずいてビールを飲み干すと、目を大きく開けたままおれを見て、すげー、とつぶやいた。
もう一杯注文すると、真っ赤な顔をした春日部は嫌そうな顔をした。
「ザルですよねー。よく飲めますね」
「たまのことだからな」
「普段2人で飲まないんすか」
「飲まない。あいつがあまり飲めないからな」
「へぇ・・・。シロさんと、長くて3.4年くらいかと思ってました、付き合い。真面目に聞くんですけど、飽きませんか。その、夜とか。マンネリになったりとか」
少し考える。
マンネリか・・・。前に少し感じたことはあったけど、それで何かあったわけではないし、あいつは感じないみたいだから、飽きもしてないのだろう。
「お前はあんのか」
「あー・・・前の人にフラれた時は、受験シーズンだったのと飽きたのとで・・・色々重なってたけど、やっぱ一番はセックスなのかなぁって」
「ふむ」
「結構重要じゃないですか?それって。おれ、結構したいタイプなんですよ」
「お前、吹っ切れたな」
「だぁってー!他に言える人いないんすもーん!言えてたの、和多流くんだけだったんす!」
「あまり、後輩のシモ事情は聞きたかないが、今日は特別に聞いてやる」
「やったー!ありがとうございます!」
前から人懐っこい性格だったが、最近さらにそう感じる。
春日部は、入社してきた時すぐ辞めると思った。
なんだかふわふわしていて、注意力もないしやる気も感じられなかった。
だけど、なんだかんだ最後までいる。
他にも同期で2人ほどいたが、あっさりと去っていった。
春日部に対する見方が少し変わったのは、言うまでもない。
「おれぇ・・・結構ベタベタしてたい方なんす・・・。倦怠期とか、あんま感じたことないタイプで・・・でも相手は違うじゃないすか。だから、結局フラれるか勝手に消えちゃうんですけど・・・」
「・・・ふーん・・」
「だから、・・・ずーっと信頼してた友達と付き合って・・・なんか、よかったのかなぁって・・・成瀬さんは、もう最初からシロさんと付き合う話してたんすか?」
質問されて、少し考える。
話すきっかけは席が前後だったからだ。
「いや・・・普通に、友達・・・あー、友達・・・?うーん・・・あいつとは、友達でもなかった」
「はい?どういうことっすか?」
「・・・友達というより、対等な人間だった。唯一普通に話せる人というか・・・周りから見たら友達だったのかもしれないが、おれはそう思ったことはない。付き合うのも・・・あー・・・うーん・・・」
「・・・え、そんなに悩むことっすか?友達・・・でもなくて、付き合うのも、なんすか?」
「・・・正直、いつの間にか付き合うことになってたから、おれとあいつの関係の、どこからどこまでが友達で恋人で、なのかは分からん」
「・・・え、えぇー・・・えーっと、・・・んん?・・・告白とかもしてないしされてないんすか?」
「・・・そうだな」
「えぇえ!?それでいいんすか!?」
「まぁ、それでいいんじゃないか。それで10年も一緒にいるわけだからな・・・待て、なんでおれの話を、」
「気になるんですよ!長続きする秘訣!」
秘訣ねぇ・・・。
考えても考えても思い浮かばない。
告白も特にこれと言ってなかった。今では毎日のように好き好き言われているし(というか前から言われていた気もする)、不満もないし・・・。
まぁ、強いて言えば・・・。
「なんでも話せばいいんじゃないか」
「はい?」
「包み隠さず、自分の気持ちを、しっかり、話してるから・・・まぁ、そこそこうまくいってるんじゃないか」
「なんでもって・・・無理っす・・・怖いっす・・・」
「別に、本当に話したくないことはいいんじゃないか。おれも話してないことはあるし・・・。それの代わりと言ってはなんだが、話せることは話してる」
「・・・ひ、引かれないっすか」
「引かれてたらこの関係は昔に終わってる」
神妙な顔をして、春日部は俯いた。
千蔵とは少しタイプの違う、艶やかでサラサラの髪の毛が揺れる。
つい手を伸ばして撫でてしまう。
千蔵に触れたいと思った。
「・・・怒らないんす」
「ん?」
「和多流くん、おれが家を出ても、怒らなかったし・・・どこにいたのかも聞かれなかった・・・おれ、信用されてんのか、呆れられてんのか、どっちか分かんなくて、」
「分からないなら聞けばいい」
「怖くないんすか?聞くって」
「怖がってちゃ何も始まらないし、終わりもしない」
「・・・」
「お前が何も話さないから、藤堂さんも図り兼ねてるんじゃないか」
「え?」
「シロが言ってたが、長い片想いをしていたらしいぞ。お前に」
「ぶぁ!?」
「・・・お前な・・・」
本当に驚いたようで、ビールを噴き出した。思い切り顔にかかる。
イラつきながらハンカチで顔を拭い、頭を叩く。
真っ赤だった顔をさらに赤くして、春日部は叩かれた頭を押さえた。
「え?え??」
「ずっと片想いしてた相手に根掘り葉掘り聞いて嫌われたくないんじゃないか、藤堂さんは。だから何も聞かないんだろ」
「お、おれ、おれのこと・・・!?えっ???」
「・・・まぁ、想像だが。あと、片想いのくだりはオフレコで」
「無理っすよぉ!」
「とりあえずお前は、まず自分の話をしろ。話はそれからだな。ほら、帰るぞ」
伝票をさらって、店を出る。
春日部はもたもたと財布を出したが、無理やり仕舞わせた。
道路に降り立つと、藤堂さんがいた。
「あ、和多流くん・・・」
「わ、いっぱい飲んだね。心配だったからお迎えに来たんだ。成瀬さん、今日はお世話になりました」
「いえ、こちらこそ。ありがとうございました」
「送りますよ。車できてるから」
「大丈夫です。ありがとうございます。じゃぁ、これで」
頭を下げると、藤堂さんはにこやかに手を振った。
春日部は少し照れた様子で藤堂さんを見てから、こちらに向いてぺこりと頭を下げた。
家に帰ると、ダイニングの明かりが小さくついていた。そっと入ると、ソファで本を広げてうたた寝する千蔵がいた。
静かにシャワーを浴びて部屋着を身につけて隣に座ると、目が開いた。
「あー・・・おかえりぃ・・・」
「ただいま」
頬に手を添えてキスをする。千蔵は驚いたように大きく目を見開いた。
「なんだ」
「も、もう、かっこよすぎっ!勃起しそうだった!」
「・・・あー、そうかい。そらよかったな」
「飲み会、楽しかった?」
「まぁ、春日部と2人だからな。気は使わないからそこそこだな」
「どんな話をしたの?」
ニコニコしながら、千蔵はおれの肩に顎を乗せた。
じっと見つめ返す。
なんでも話せばいいんじゃないか、は、自分にも言った言葉だった。
腰に手を回して抱き寄せると、驚いた顔をした。
「わ、あ、」
「・・・千蔵」
「は、はい!?」
「・・・正直に言うが、多分おれはお前を抱きたいんだと思う」
「え・・・あ、うんっ、あの、・・・」
「だけど、それは、お前の心の準備ができてからの話で、今じゃない。お前を怖がらせたくないし、無理もさせたくない。だから、待とうと思ってる」
千蔵は少し目を伏せると、体を離した。
おれの手に白い手を重ね、何度も頷く。
「ありがとう。・・・ごめんね、意気地無しで・・・でも、いつか必ず、抱いてね」
「あぁ」
これが本心だと思う。おれと、千蔵の。
急ぐ必要はなかった。これからいくらだって2人で過ごすのだ。
もう一度キスをすると、今度はいつものように応えてくれた。
顔を離すと、やはりもじもじした姿あった。
「・・・あの、その・・・だ、抱かれたい気分には、ならないわけじゃないよね・・・?」
「・・・ん?」
「・・・僕が抱いていてもいいんだよね?」
「・・・あぁ、まぁ、」
「・・・最近してなかったから、今日は頑張りたいなぁって・・ふふっ!」
「へぇ。じゃぁおやすみ」
「あ!ちょっともーひどい!!もぉ!」
「マスかいて寝ろ」
「・・・しないの?」
「寝る」
「・・・抱かせて?」
「寝るって言って、」
「美喜ちゃん」
手を取られ、人差し指を噛まれた。
ピリッと柔らかな痛みが走る。
ため息をついて立ち上がり、上着を脱ぎながらベッドに移動する。
振り返ると、どこに持っていたのか、スケッチブックにものすごい勢いで鉛筆を走らせていた。
「・・・何してんだ」
「あまりにもセクシーすぎて・・・描かなくちゃって・・・えへへっ、」
「・・・おったてて何言ってんだお前は」
「・・・あー・・・いつか、また・・・描きたいなぁ・・・大きいキャンバスに、フルヌードで・・・」
「描けよ」
「えっ!?」
「嫌だなんて言った覚え、今までにない。描けばいいだろ。もう、お前のものなんだから」
鉛筆とスケッチブックが落ちると同時に、目の前に千蔵がいた。
あ、と思ったのが最後。もうベッドに倒れていた。
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