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モデル
しおりを挟む「モデル?」
「うん・・・」
歯切れの悪い返事だった。
千蔵にモデルを頼まれたのは高校以来だった。
困った顔をしたまま、千蔵はチラチラとおれを見る。
「どうした」
「あの、お客さん・・・お得意様がいてね?むかーしむかし、僕のクロッキー帳を見て・・・その、美喜ちゃんの絵を買ってくれた人なのごめんなさい」
びっくりして目を大きく開いてしまう。
まぁ、細目なのでたかが知れている大きさではあるが。
勢いよく両手を合わせ、深々と頭を下げる。
「ごめんなさい!当時は言えなくて!嫌だったよね、勝手に人に買われて・・・」
「いやまぁ、絵だから・・・。にしても、クロッキー帳を見てそれを買うなんて、変わった客だな。お前、おれのことしっかり描いたの、アトリエにあるあの1枚だったろ」
「うん・・・。別の絵を気に入って買ってくれて、そのあとクロッキー帳も見たいって言ってくれて、見せたら・・・。本当はクロッキーに描いたやつの方が好きなんだって。本物が目の前にいるんだっていうのが分かるから。でね・・・あの、高校生の絵を描いて欲しいって言われて・・・その、あの、」
「あー・・・いい、言わなくて。わかったから。言いづらいだろ」
「いや、全然分からないと思う。ちゃんと言う。・・・鍛え上げた筋肉じゃなくて自然に、ついた筋肉、が、好きなんだって!だからこう、そういうのって、10代の特権だから閉じ込めたいんだって!ごめんこんなこと頼むのほんっと心苦しいんだけど誰か紹介して!」
紹介しろと言われても。
10代の筋肉ね・・・。20代と何が違うんだ。
ジムで鍛える、人に見せるための筋肉と、純粋に運動でついた筋肉、見る人によっては全く別のものなのだろうか。
おれには分からないが、客にとっては違うのだろう。
千蔵の得意先と言うのだから相当金をかけてくれる客なのだろうか。
金持ちの趣味はよく分からないな。
「・・・不躾だが、おれの絵はいくらで売れたんだ」
「・・・・・・40万」
「はぁ!?いつも描いてるクロッキーだろう?よく出したな、その客」
飲んでいた緑茶を吐き出すかと思った。
飲み込めてよかった。
「絶対無理って断ったらここまで出すって言ってきて、100までなら頑張れるって言うから、根負けしたの・・・。美喜ちゃんの横顔・・・ワイシャツのボタンつけてる絵・・・」
「いい、聞きたくない。悪かった、値段まで聞いて」
「・・・た、頼まれてくれる?」
「うーん・・・」
「モデルの子にはもちろん、謝礼出すから」
「いや、そうじゃなくて」
「絶対変なことはしないしさせないから!」
「いや、そもそもの話だ。それを頼むなら真喜雄になんだろうが・・・あいつがちゃんと理解して友達に頼めると思うか?」
千蔵はさらに困った顔をした。
その顔はきっとおれもしている顔だろう。
******************
「・・・みっくん、おれなんかした?」
「・・・何もしてない」
「・・・怒ってない?」
「怒ってはいない」
「怒ってないけど、なに?」
「・・・いや」
「・・・不気味」
「・・・あのな」
「うん・・・」
「・・・あー、」
「あーもーうざったい会話してるな!みっくんなんなの、さっきっから!」
愛喜がぎゃーぎゃー叫びながら立ち上がった。
自分でもまだるっこしい会話をしている自覚があるので、呆れて深いため息をつく。
真喜雄は不穏な表情でおれを見ていた。
「さっさと言いなよ。情けないな」
「お前な・・・」
「もじもじしちゃって気色悪いわ」
「よく兄貴に言えるな。情けないとはなんだ。気色悪いも失礼だな」
「事実よ。自覚あるでしょ」
年々気を遣わなくなってきた妹に少し苛立つが、自覚はあるので何も言えない。
改めて真喜雄を見る。おれとそっくりな顔が首を傾げて丼飯をかきこんだ。
ほんとよく食べるな。さっき食パン一袋食べてなかったか。
「真喜雄」
「ぁに」
「絵のモデルを頼まれてくれそうな友達はいるか」
「絵の?」
「あぁ。千蔵が探してる」
「・・・・・・うーん」
「なるべく、運動部がいいらしいんだが」
「・・・・・・えー・・・あ」
「あ?」
「・・・1人、好きそうなの、いるかも」
「・・・普通の人でいいんだが」
「・・・普通だと思う」
真喜雄はそれ以上喋らずに、とんかつをむしゃむしゃと食べていた。
非常に不安だった。
言いようのない不安が何度もよぎる。
真喜雄のことを信じるしかないのだが・・・。
******************
真喜雄から、OKと簡素な連絡が来たのは仕事中だった。
一瞬何のことだか分からず無視を決め込んでしまったが、モデルの話だと思い出した。
前置きくらいすればいいものを。
水出くんとちゃんとコミュニケーションをとってるのか心配になってくる。
苦労させていることだろう。
お礼のメールを返すと、条件があるらしいと返事が来た。
謝礼は出ると話したはずだが、金額の交渉だろうか。
読み進めると、モデルとは別に同行したいという同級生がいるとのことだった。
何でも、千蔵のファンらしい。
学生なのに珍しいなと思いながら、仕事終わりに千蔵に連絡すると、当日は直接アトリエに来て欲しいと返事が来た。
次の日曜日、休みをとって待ち合わせ場所の駅まで行くと、背の高い坊主頭の高校生がおれを見て駆け寄ってきた。
「成瀬のお兄さんっすか」
「・・・あぁ、真喜雄の友達の、山田くん?」
「そうっす。成瀬に、待ち合わせるのはいいけど顔わからねーって言ったら、同じ顔が来るって言うから、まさかとは思ったけどほんとにそっくりっすね」
「よく言われます。今日は無理を言って申し訳ありません。よろしくお願いします」
「敬語じゃなくていいっす。あと、こっち。すいません、無理言って。名前聞いて思い出して。そういや、佑が好きな画家さんだって」
「こ、こんにちは。宮田佑です。あの、シ、シロさんの、絵が好きで・・・ほんとに、行っても大丈夫ですか?迷惑じゃないですか?」
横にいた小さな子が言った。
不安そうに見上げてくる彼は、水出くんと同じ中学出身の子だと真喜雄が言っていた。
「あぁ。大丈夫だ。喜ぶと思う。おれも長年あいつといるけど、こんな若い学生さんのファンは初めて見た。よろしく」
「佑、よかったなー。こんな近くに住んでるなんてな。画集も持ってるんすよ。おれも見せてもらったことあって。サイン貰えますかね」
「蓮ちゃん、やめてよ」
「大丈夫だと思う。行こう」
2人を連れてマンションへ向かう。
山田くんは、でかいなーとつぶやいてマンションを見上げた。
宮田くんは珍しげにキョロキョロと見渡していた。
流石に2人の前でオートロックを開けるわけにも行かないし、合鍵を使うわけにもいかないので、何年振りだろうか、インターホンを押した。
はーい、と間伸びした声がしたと思ったら自動ドアが開いた。
エレベーターに乗り込むと、宮田くんが興奮したようにおれを見た。
「あの、東口のマンションのエントランスにある絵も、シロさんが描いたやつですよね」
「・・・名前もないのによく分かったな。本当に好きなんだな」
「はい、あの、柔らかいタッチが好きで・・・。あ、一時期グレーの絵の具ばっかり使ってた事があったけど、あれが一番大好きなんです」
おれはあの時期が一番嫌いだった。
おれは色黒で千蔵は色白なので、分けてちょうど良い肌色になったらいいのにな、と話したことがきっかけで誕生したグレーの作品だった。
馬鹿かこいつ、と本気で殴り倒したくなった時期でもある。
本人曰く、僕と美喜ちゃんを混ぜたらこうなる、セクシーな色。とのことらしい。
芸術家は意味がわからない。
部屋の前に来ると、いきなりインターホンから声がした。
『開いてるよー』
「・・・出迎えという言葉を知らないのか、お前は」
『ごめん、今手が離せなくて』
「・・・あー、そう」
準備でもしているのだろうか。
たいした準備もいらないと思うのだが。
クロッキーだし。
「うわ、佑、本物だぜ。よかったな」
「・・・緊張して気持ち悪くなりそう」
「本物と会ってから倒れろ。絶対後悔するぞ」
「頑張る」
「じゃ、どうぞ2人とも。ん?」
ドアを開けると甘い香りがした。
ダイニングに続くドアが勢いよく開くと、フリルの施されたエプロンをつけた千蔵が走ってきた。
「待ってたわー。クッキー焼いたから食べてね」
「・・・アホかお前は」
「え?」
「え、なんか画家って感じじゃないっすね。画集のプロフィール写真とイメージ違うし・・・なぁ?佑」
「わ、わ、ほ、ほんもの、ほんもの・・・!」
「せ・・・シロ、こちらがモデルの山田くん。こちらはお前のファンだ」
不審な目で見る山田くんと、感激で震える宮田くんを紹介する。
千蔵は宮田くんににこやかに挨拶をし、山田くんはじっと見つめてこくんと頷いた。
「体のライン、綺麗ね。ずっとスポーツやってたの?」
「はい。野球を。ピッチャーです」
「え?君、サッカー部じゃないのか」
「えぇ?ったく、成瀬、それも話してないんすか。おれずーっと野球一筋っすよ。あ、だめでしたか、モデル・・・」
「ううん。全然。あのね、君のこと描いたらお客さんに売るんだけど、それは聞いてる?」
「あー、はい。なんか、高校生の絵を描きたいって言ってる人がいて、その絵を買いたい人もいるって。おれかっこよくないけどいーっすかね」
「え?君、かっこいいよ。はっきりした顔立ちしてるし背もあるし、筋肉もしっかりしてて、綺麗よ」
「そうだよ。蓮ちゃんかっこいいよ。かっこよくないって、僕みたいな人を言うんだよ」
「そうか?君は可愛い顔立ちをしてると思うが」
つい口を挟むと、千蔵と山田くんに睨まれた。
千蔵は分かるが、なぜ山田くんまで。
そして、何が悪いんだ。
「え、いや、そんな・・・」
「顔もだけど中身も似てるんすね。お兄さん。あんま誤解するようなこと言わないでください」
「誤解・・・?事実だが。可愛がりたい人も多いと思う」
「そこまで!美喜ちゃん、お口チャック。とりあえずアトリエ入って」
アトリエに押し込まれる。
いつもの絵の具の香りがした。
千蔵は山田くんと宮田くんを丸椅子に座らせると、大きなスケッチブックを引っ張り出した。
「えっと、まず肩から上を書いていくね。宮田くんのことも描いていいかしら。ちゃんと謝礼も出すから」
「え!あ、おねがいします!謝礼はいらないので、サ、サ、サイン!ほしいです!」
「あはは。いくらでも書くよ。じゃぁ、自然にしてて」
「ポーズとかいらないんすか?」
「うん。簡単に描いていくだけだから」
千蔵の空気が変わった。
ピリッと肌を刺すように張り詰める。
もう山田くんと宮田くんしか見えてないだろう。
アトリエから出てお茶を淹れ、仕方ないのでクッキーも持ってアトリエに戻る。
千蔵の手と指が、素早く動いていた。
小さな声で、すごいね、と言い合う2人に近づく。
「2人は幼馴染と聞いたけど」
「あ、そうなんです。保育園と小学校の。僕は途中で転校しましたけど・・・」
「そうか。あぁ、これ、食べてくれ。シロが作った」
「わ。でっけー。おれチョコチップ好きなんす。やった」
山田くんはガツガツと、宮田くんは遠慮がちに食べ始めた。
山田くんが真喜雄と友達だというのが、少し意外だった。
雰囲気的に、あまり接点のない2人に見えるのだ。
水出くんと付き合い出したことで真喜雄の視野が広がり、交友関係も増えたのだろうか。
以前は決まった人たちとしか関わりがなかった。サッカーを通して知り合った良人、アデル、田所くんくらいしかおれも知らない。
そういえば、高校受験の勉強を見て以来この3人とも会ってなかった。
良人とは少し前に殴り合いの喧嘩をしていたが、他の2人は元気だろうか。
「あのー、普通に菓子食ってしゃべってるだけだけど、いーんすか?」
「いいんじゃないか。自然な姿を描きたいって言ってたし」
「なんか、もっと派手に描くかと思ってました。でっかいキャンバスに、ばーんって」
「そういう時もある」
「美喜雄さんは、描いている姿をよく見たりするんですか」
宮田くんからの質問に、少し戸惑った。
隠すことでもないだろうと、たまに、と答えると、誰にも見せない絵って見たことありますか、と聞かれた。
「誰にも見せない絵?」
「ずっと前に、雑誌のインタビューで、誰にも見せない特別な絵があるって言ってて、どんな絵なんだろうって・・・美喜雄さんは見たことあるのかなって・・・」
「・・・うーん、見たこと、ないかもな。どこに置いてあるんだろう」
「ずっと友達なんすか?シロさんと美喜雄さんて」
「高校の同級生だ」
「へー。美喜雄さんって彼女いるんすか?」
高校生らしい質問だった。
よく、予備校生にも聞かれる。
中途半端に話すと後々面倒なことに発展することもある。
いないと答えたり、はぐらかせばいいのに、千蔵の前ではそれができなかった。
「あぁ、いる」
「わー、かっこいー・・・。どんな人っすか」
「・・・うーん」
「蓮ちゃん、やめなよ。困ってるじゃないか」
「えー?大人の恋愛って気になるじゃん」
「変わらないさ、君らと」
「え?」
「喧嘩もするしすれ違うこともある。会えなきゃ苦しくなるし顔を見られたら嬉しい。手を繋ぎたいと思うし、そばにいたいと思う。君らのする恋愛と、なんら変わらない」
「・・・そうなんだ。大人は喧嘩なんか、しないと思ってた」
「するさ。原因なんか、くだらないことの方が多い。犬も食わない喧嘩だ」
「・・・でも、大事です、よね・・・。2人にとっては・・・」
「あぁ。大事なことだ。そのくだらないことを見て見ぬふりをすると、もっとすれ違う」
「・・・時々、大事な人を傷つけてしまうんです。どうしてだろうって、いつも後悔します。僕は、間違ってるんだって。それでも、見て見ぬ振りするより、ずっと、いいですか・・・?」
「見て見ぬふりをすると、相手はもっと傷つく。おれはそう思う。それに、間違いなんてことはないさ」
宮田くんは少し考え込むと、ありがとうございます、と小さく言った。となりの山田くんが真っ直ぐに宮田くんを見つめる。
表情を和らげると、バシバシと小さな肩を叩いた。
きっと、彼女のことを知っているのだろう。
ふと千蔵を見ると、手が止まっていた。
透き通るような白い肌が赤くなって、困ったような顔でチラッとおれを見て、目を逸らした。
「休憩するか」
「まぁ、おれらずっと休憩みたいなもんすけどね」
「そうだね。ご馳走になってるし」
「シロ、おい」
「ちょ、ちょっとトイレ!」
クロッキー帳を胸に抱いたまま小走りでアトリエから出て行く。
ダイニングに移動してお茶を淹れ直し3人で話をしていると、ようやく千蔵が戻ってきた。
「ごめんなさいね。あ、ありがとうね2人とも。いいのが描けたわ」
「おれらくっちゃべってただけなんだけど、大丈夫でしたか」
「うん。見てみる?」
「み、見たいです!」
2人はクロッキー帳を覗き込み、目を輝かせた。
千蔵はおれの隣に腰掛けると、テーブルの下で指を絡めてきた。
驚いて睨みつけるとなぜか嬉しそうに目尻を下げて微笑んでいた。
そして、するりと指を離した。
「わぁ。これ、佑が生きてるみてぇだ」
「僕も同じこと思った。この蓮ちゃん、本物みたいだね」
見せてもらうと、クッキーを食べながら話している時の2人がいた。
千蔵はそのページを破ると、宮田くんに渡す。
「あげるわ」
「え!?」
「他にもいいもの描けたし、お礼よ。ありがとう」
「あのー、謝礼とかいらないんで、今度展覧会?みたいなのあったら、招待状とか貰えないっすか」
「え?」
「個展とか、高校生だけじゃ、敷居高くて入りづらいし。もし可能なら、それがいいんすけど・・・」
千蔵は少し驚いた後、もちろん、と頷いた。
だがそれとこれとは別、と言いながら、用意した謝礼を各々に無理やり渡した。
「渡しておいてなんなんだけど、山田くんもう少し描いていい?パーカーの下って何着てるの?」
「Tシャツっす」
「Tシャツ一枚になってもらえるかな」
「へーい」
アトリエに移動し、千蔵はまたすぐに集中し始めた。
今度は動かないように指示を出し、宮田くんは後ろからそっと千蔵の描く山田くんの姿を見ていた。
おれはダイニングの掃除をしたり夕食の下ごしらえを済ませた。
描き終わる頃にはもう日も暮れていた。
冬の日暮れは早い。
「ありがとうございました。すごい経験をさせてもらいました。あの、サインも、ありがとうございますって、伝えてください」
「送らなくて大丈夫か?」
「大丈夫っす。佑んち行ってから、おれ、走って帰るし。ランニング好きなんすよ」
「悪いな、シロが見送りに来れなくて。集中し始めるとたまにあぁなるんだ」
話しかけても無視して、ぶつぶつ言いながら何枚もスケッチブックを捲り、ガリガリと描いていく。
今は色鉛筆で色を塗り始めていた。
千蔵の前にはまだ山田くんが見えているのだ。
2人を見送ってダイニングに戻った瞬間、いきなり背中に抱きつかれた。
「うわ、」
「美喜ちゃん、さっきすごい嬉しかったぁ」
胸の上で細い指先が円を描く。
くすぐったかった。バシッと手を叩く。
それでもめげずにしっかりと腰を抱かれた。
「何が」
「彼女いるのかって聞かれて、いるって答えてたじゃない」
「まぁ厳密にいうと彼女ではないがな」
「手を繋ぎたいとか会えないと苦しいとか、嬉しいことばっかり言われて・・・つい描いちゃった」
「・・・ところで、誰にも見せない絵ってなんだ。昔、インタビューで言ってたみたいじゃないか」
「誰にも見せない絵?・・・あー、美喜ちゃんの絵だよ」
「おれ?」
「本気で描いた美喜ちゃんのセミヌード」
「あぁ、あれか・・・。あの後お前に犯されたな」
「おかっ・・・やめてよその言い方。僕が乱暴したみたいじゃない」
「事実だろ」
「違う!あれは合意の元でした!嫌じゃなかったって言ったじゃない」
「嫌じゃなかったのはお前のことだ」
無理やり腕を解いて振り返り、頬をつねる。
千蔵は嬉しそうにニヤリと笑った。
「かんわい、美喜ちゃん。そーゆーとこ、大好き」
「あっそ」
「・・・ねぇ?宮田くんのこと、可愛い顔って言ったじゃない?僕にはそういうこと言わないのに、ズルいわ」
「お前は可愛い顔じゃねぇだろ」
「ひどーい」
「綺麗な顔だろ」
ぼんっと音を立てたみたいに、顔が真っ赤になった。
もー、と言いながらもじもじと体を動かす。
手を離すと、はっと我に帰った。
「違う違う!嬉しいけどそうじゃなくて、多分だけどね、あの2人カップルだよ」
「・・・はぁ?」
「もー、美喜ちゃんが安易に可愛いとかいうからヒヤヒヤしちゃったわよ。山田くん、怖かったし」
だからあの時、睨まれたのか。
ようやくガッテンが行った。
謝ろうかと思ったが、余計面倒くさくなるかもしれないので、何か言われる前に行動するのはやめておくことにした。
「まぁ、いい絵が描けたからいいわ。もう少し描いていたかったけど、夜遅くに帰せないもの」
「そうだな。いい絵が描けたならよかったよ。じゃぁおれも、」
「帰すわけないでしょ?」
足を払われ、ダイニングテーブルに押し倒される。
おいてあったグラスが落ちて割れる音がした。
「てめっ、」
「やーだぁ。僕ってばまだまだやれるじゃん。びっくりした?」
「どけ、」
肩を押さえつけられ、体重をかけられる。
うまく力が入らない。
「ってぇ、よ、」
「その痛がる顔も素敵」
「・・・馬鹿野郎、これじゃなんもできねぇだろうが」
「何するつもり?殴るの?顔以外にしてよ」
「はっ・・・殴ってどうする。言ったろ。お前は嫌じゃねぇって」
「・・・どゆこと?」
「・・・逃げねぇよ。バーカ」
自分の手でシャツを捲り、腹を見せてやる。
千蔵は興奮したように笑うと、噛み付くようにキスをしてきた。
「ふっ、・・・おい、」
「んー・・・相変わらず美喜ちゃんの口の中、美味しい」
「・・・うまいのは口の中だけか」
「今日、情熱的だね。閉じ込めておきたいよ」
柔らかく首筋を甘噛みされる。
絵を描いている姿を見ていて、ずっと欲情していたと言ったらどんな顔をするんだろうか。
口元を緩めると、それに気づいた千蔵もふわりと笑った。
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