Evergreen

和栗

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「あ、やべっ。郵便出さなきゃ」

「げ!明日までか・・・間に合ってよかった・・・」

「げー、また書類きた・・・書かなきゃ」

「ぅわ、支払い!ごめんコンビニ行ってくる!」


個人事業主だからなのか、和多流くんは頻繁に書類に翻弄されている。
たまに郵便を出したり、支払いを済ませる手伝いはしているけど、それでもまだ書類に追われている。ペーパーレスに対応していない会社や、市や国からの知らせや請求や納付は、まだまだ郵便が多いのだ。
「大変だね」
「んー、人に頼めるものじゃないから余計にね。仕方ないけど」
「バイトとか雇わないの?」
「絶対無理。人を雇うほど稼ぎもないし、雇うとしたら相性も大事でしょ」
「そっかぁ。・・・まぁ、相性って大事だよねぇ。成瀬さんと仕事してると本当にそう思う」
あの人、嫌厭されやすいから。
話してみると結構天然で面白いんだけど、そういう会話が出来るようになるまでに、かなりの時間が必要な人なんだ。
ていうか、あのスパルタがね・・・厳しすぎてみんな辞めちゃうから・・・。
「あの人と仕事するのは大変だろうね。完全に仕事人間だもん」
「でも残業とか強要されたこと、ないよ」
「違う違う。仕事に対する熱意の話。おれは生きていければいいってタイプ。涼くんは誰かの力になりたいタイプ。成瀬さんは自分の成長も加味してるタイプ」
「成長??」
「涼くん、スパルタ指導されたって言ってたでしょ。スパルタするにも準備が必要だからね。成瀬さんはその準備をしっかりやって、下を育てて、自分も成長したいって無意識に思ってるタイプかな。おれは指導する側になったとき適当だったもん」
「・・・そうなのかなぁ。あ。でも1人だけスパルタしなかった子がいる」
「へぇー。優秀なの?」
「うん。大学生のアルバイトなんだけど・・・おれが教えてた子なんだよ。成瀬さんが連れてきたんだ。成瀬さんの弟さんと友達なんだって。塾長と主任は絶対手放すなって言うくらい、いい子」
「どんな子?外見」
「外見?・・・あ、後ろ姿が似てるって言われるかな。受け答えもしっかりしてて、」
「涼くんはその子、気に入ってるの?名前は?」
「え?・・・あのさ、ヤキモチ妬いてる?相手、いくつだと思ってんの?」
「年齢なんて関係ないよ。だっておれ、未成年に一目惚れした人間だからね」
あ、たまにからかうの、根に持ってるんだ。
「相手いるみたいだし、安心してよ」
「分かんないじゃん。バイかもしれないし」
「・・・バイ、ではないけど・・・・うーん、相手が女の子って感じもしないかな・・・」
「おっと??そこ掘り下げようかな??」
「掘り下げる前に郵便物書いたら?」
和多流くんははっとすると、慌てて書類仕事に戻った。これを書いて郵便局で支払いを済ませないと、デートができないからね。



******************************



「絶対にいると思ったよ」
「ちぇっ」
駅の改札。
今日は仕事の後に用があるから迎えは断ったはずなのに、やっぱりいた。
辺りをキョロキョロ見渡して、後輩くんは?と首を傾げる。
「いるわけないでしょ。おれ1人の用事だもん」
「じゃあおれが一緒でもよかったじゃん」
「わざわざ整形外科についてくる必要ある?」
「え?なんで病院なら病院って言ってくれないわけ?どうかしたの?」
「大袈裟に慌てるからだよ」
「今痛いの?」
「雨が続いてるから痛みが出てきただけ」
「痛み止めもらった?」
「うん」
「・・・」
「何?」
「・・・疑ってるんじゃなくて、心配だっただけだから」
「何が?」
「涼くんは鈍感だから、いつのまにか言いくるめられないか心配で・・・」
「そこまでバカじゃないよ」
腹立つな。
改札を抜けると、和多流くんも慌ててついてきた。
無視を決め込んでいると困ったようにソワソワして、電車を降りると少し距離を空けて隣を歩いた。
無言のまま歩いていると、いきなり手を繋がれた。
「ちょ、」
「痛い?」
「・・・」
「・・・ごめんね。多分おれ、一生ヤキモチ妬いてると思うんだ。不快にさせること、たくさんあると思うんだけど・・・一緒にいてね」
くんっと引っ張られて、肩がぶつかる。
一生・・・かぁ。
おれのこと、どんなふうに見えてるんだろう。
大袈裟だな。
でも、まぁ・・・嬉しい、かな?
待ち伏せは困るけど!
「バーカ」
「・・・うん」
「・・・郵便、全部出せたの?」
「え?うん・・・」
「まったく。おれがいないとすぐ忘れるんだから」
「・・・だってさー、多いんだもん・・・」
「一緒に整理してあげるよ」
「ありがとう・・・期限があるものが多いから」
ぎゅっと握り返して家に帰る。
和多流くんはほっとしたように笑った。



******************************



「あれ?」
「え?あれ?」
職場近くの大きな郵便局に入ったら、何故か和多流くんがいた。
お互いに驚いて、少しだけ笑う。
「おつかい?」
「うん。この手紙出すだけ。ポストでもいいんだけど、窓口空いてたから」
「おれは支払い。たまたまそこのファミレスで打ち合わせしてたんだ。これからお昼?」
「うん」
「じゃあ、あの、」
和多流くんはパッと笑顔になった。
お昼を一緒に食べようって言われるのかな?と思ったその時、お疲れ様ですと声をかけられた。振り返ると見知った顔。
「あれ?お疲れ様。これから?」
「はい」
「そかそか。お昼食べた?」
「食べてから行こうかなと」
「今日最後までいる日?軽食買っておいでね」
「そうします」
和多流くんがチラッとおれの後ろを見る。気になるよねー。そうだよねー・・・。
「・・・あ、えと、この人ね、おれの友達」
「はぁ、こんにちは・・・」
「こんにちは。藤堂です」
「水出です」
営業スマイルでわざわざ名前まで言った。水出くんの名前を聞き出すためだろうと思った。
大人気ないよね、ほんとに・・・。
水出くんはとくに感情のないまま会釈すると、時計を確認した。
「あ、お昼一緒にどう?」
「すみません。友達を待ってて。くる前に口座を作りに来たんです。中々来ないな・・・」
「そうなんだ。あ、最近直哉と、」
会ってるの?と聞こうとした時、自動ドアが開いた。現れたのは、どう見ても成瀬さん。だけど大きなエナメルバッグを持って、ジャージを着ていた。驚きすぎて目を丸くする。
「えっっっ」
「あ、成瀬さんの弟だ」
何故か和多流くんが嬉しそうに言った。
写真とシロさんの描いた絵で見たことはあるけど、まさかここまで似ているとは。
「・・・あ、みっくんの友達・・・」
「そーそー。成瀬さんのお友達。久しぶり。相変わらずそっくりだね」
「・・・よく言われます」
「・・・知り合いなんだ?」
水出くんが驚いたように訊ねた。成瀬さんの弟はこくんと頷いてチラチラとおれと水出くんを見比べた。
「あ、この人はおれのバイト先の先生だよ。ほら、よく話してるでしょ」
「あー・・・どうも」
その、どうも、の言い方が少し固くて、観察してしまう。
こんにちは、と答えて目を合わせる。成瀬さんより目が大きいのと、背が低いの以外、ほぼ成瀬さんだ。背が低いと言っても、170センチ後半だとは思うけど。
「受験の時も担当の先生だったんだよ」
「・・・へー」
「真喜雄は藤堂さんと知り合いなの?」
「・・・一回外で会った」
「そうなんだ」
口数、少なっっ!
成瀬さんより少なっ!
でも水出くんはその返事だけで理解できるのだろうか。特に深く訊ねることもなく、うんうんと頷く。
ぶ、と吹き出す音が聞こえたので隣を見ると、和多流くんが少し笑っていた。
何がおかしいんだろ?
と思ったら、何故か弟さんが顔をしかめた。
「透吾、行こ」
「あ、うん。じゃあお昼食べたら、行きます」
「うん。よろしくね。おれもお昼食べたら戻るね」
「はい」
郵便局を出ていく時、弟さんが振り返って何故かおれをじっと見つめ、歩いて行った。
なんだったんだろ?おれ、変だったかな?
「・・・そっくりだったねぇ。・・・あの、何笑ってるの?」
「ん、ぶふっ、ふふっ、・・・場所変えよう、くふふっ」
何がツボにハマったのか、ずっと笑いながらランチをやっている居酒屋に入った。半個室に通されて注文を済ませると、和多流くんはニヤニヤしながらおれを見ていた。
「何?」
「あれなら安心だなって思っただけ」
「・・・まさかまだ疑ってたの?」
「ううん。疑ってないよ。むしろ疑ってたのは弟くんの方じゃない?」
「何が?」
「あの2人カップルでしょ?で、多分弟くんは涼くんにヤキモチ妬いてる」
カップル・・・??
水出くんと、成瀬さんの弟が、恋人同士・・・?!
「・・・え!?」
「さっきすごい見てたじゃん。ていうか睨んでた。威嚇みたいな感じ。番犬だね、あれは」
全然そんなふうに見えなかった。2人とも雰囲気が違いすぎて、正直、友達だと紹介されてもピンと来ないレベルだった。
そんな2人がカップルなんて信じられなかった。
「違うでしょ」
「絶対にそうだよ」
「なんで言い切れるの?」
「分かるよ。おれと同類かな」
「は?」
「執着心が強い人って、見ただけで分かるものなんだよ。あー、安心。あんな番犬がいたら水出くんも手綱引くの大変で涼くんにちょっかい出す暇もないだろうし」
「・・・あのさぁ、」
「言ったでしょ。一生ヤキモチ妬いてるって。涼くんが悪いんだよ。誰にでもニコニコするから」
「だ、誰にでもってそんな言い方、」
「たまには笑顔を使い分けて欲しいってこと。まだ分かんない?おれにだけ見せてればいいって、前からずーっと言ってるんだよ」
「・・・分かんないよ。難しい」
「もー。そゆとこも好きだから許しちゃうけど」
「・・・こう?」
保護者の前でとりあえず好印象を与えようとする時に、無理やり口角を上げるやつを見せてみる。和多流くんはうーんと唸ると、もう一息、と言った。分かんないよ。馬鹿。



******************************



「お疲れ様でしたー」
挨拶をして荷物を持ち、裏口から外に出る。非常階段を降りると、職員の駐輪場に人が立っていた。
街灯に照らされたおれを見るなり、いきなり近づいてきた。
「わ、」
「あ、違った」
近づいてきたのは成瀬さんの弟だった。水出くんと間違えたのだろうか。確かに背格好も髪型も似てるから、暗がりで見たら間違えるのも無理はないだろう。
「成瀬さんの、弟さん?こんばんは。水出くんならもう少しで、」
「仲、いーんすか」
「は?」
「・・・透吾と、仲、いいんすか」
「・・・あ、元々生徒だったんだ。受験の時受け持って、」
「よく、名前、出てきます。春日部先生って」
「そうなの?おれもよく成瀬先輩と・・・」
「おれのなんで」
「は??」
「・・・透吾はおれのなんで。よろしくお願いします」
「・・・はぁ。はい」
お、お、おれの??
え??
まさか本当に付き合ってるの??
ていうか、この、目・・・どこかで見た気がする。
似たようなのを、どこかで。
「真喜雄?」
声がして振り返ると、水出くんが立っていた。
近づいてくると不思議そうにおれと弟さんを見比べて、待ってたんだ?と優しく声をかけた。
「真喜雄っていうんだね。成瀬さんの名前と揃ってるんだ」
「呼ばないでください」
「え!?」
「真喜雄!何言ってるの。すみません、もしかして何か失礼なこと、してませんか?」
「あ、うん、大丈夫だよ。少し話してただけ。暗いから気をつけて帰ってね」
「ありがとうございます。あ、さっき、公式教えてくれてありがとうございました。助かりました」
「またいつでも聞いて。じゃあ、また明日かな?」
「はい。よろしくお願いします」
水出くんと話をしている最中、じーーっと真喜雄くんに睨まれ続けた。居心地が悪い。
小走りで立ち去って公園へ向かうと、車が既に停まっていた。
「ただいまぁ・・・」
「おかえり。・・・どしたの?」
「・・・和多流くんが正しかったかも」
「は?」
「成瀬さんの弟さん・・・めちゃくちゃ牽制された」
「・・・ぶはっっっ!!」
盛大に吹き出して、ゲラゲラ笑い始めた。
「ほらー!言った通りじゃん!鈍ちん」
「に、鈍くないよ!2人ともゲイっぽくないから分からなかっただけ!それに、水出くんはあんまりプライベートなこと話さないし!隠すのが上手っていうか、」
いきなり顎を掴まれて、引き寄せられた。
顔が近づいて睨みつけるように視線を合わせてくる。逸らそうとするとくんっと上に向かされた。
「隠すのが上手な子は、腹の中で何を考えているのか分からないんだから、警戒しなさい」
「・・・だ、大学、生、だし、10個くらい、離れて、」
「だから?おれは未成年の涼くんに恋をしたし、愛してたよ。もちろん今もね」
全身が熱くなる。
ギラギラした目を見て思い出した。成瀬さんの弟の目とこの和多流くんの目、同じなんだ。
独占欲の塊。逃げられない。
「わ、分かったよ・・・ごめんね?」
「分かってなさそうだな」
「分かってるよ。・・・信じてくれない?」
「信じてるよ」
「んぷ、」
べろ、と唇を舐められた。
そのまま重なって、すぐに離れる。
うー・・・こういう怖い感じ、前はただただ怖かったけど、今は、怖いだけじゃなくなってきてる。嬉しいなって、思ってしまう。
夜にむちゃくちゃに抱かれるんだろうなぁ。
「にしても弟、やるねぇ」
「え?」
「いきなり涼くんに牽制かけるって、中々しないでしょ。水出くんとやらは結構頻繁に涼くんの話をしてるんじゃないの?」
「・・・直哉とも友達だから、よく出てくるのかなぁ。おれが指導係だから一緒にいる時間は長いけど・・・」
「ふーん」
「でもあの子、自習室担当だから・・・バイトの子はみんなそうだけどさ。そんなに絡んで無いんだけどな」
「でもまぁ、嫌なものは嫌なんだよ。理屈じゃないよ。イライラしたんでしょ」
「でも、」
「おれだって今イライラしてるよ。おれのことが大好きなおれの涼くんにわざわざ牽制かけやがってってね」
「え!?」
「年齢なんて関係ないよ。おれの可愛い恋人が嫌な思いをしたら相手が誰であろうとむかつくし、一言言ってやりたくなる。そーゆーもんです」
車が動き出す。
・・・少し、嬉しかったりして。
面と向かって攻撃されることが久々だったから、実は少し、落ち込んでいたのだ。
気づいてたのかな。いやそんな、まさかね。
落ち込むって言っても、すごく傷ついたわけではないし。
「い、言わなくていいからね?」
「まぁそこは大人なので」
「・・・でも、ありがと」
「え?なぁに?」
「何でもない」
そう?と首を傾げて帰路に着く。
和多流くんの運転が気持ちよかった。


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