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しおりを挟むやっちゃった。
まぁ、たまに、あるからね。うん。
テーピングしてもらったし、運転もできるし、大丈夫大丈夫。
「・・・それなぁに?」
って思ってたんだけど。
涼くんからの尋問は予想していなかった。
「何でお迎え来たの?」
「いや、あの、運転ができましたので・・・」
「普通怪我をしたら連絡するよね?」
「ジム終わりにすぐむか、」
「連絡するよね??」
「・・・テーピングしてたし、大丈夫だったから・・・」
「え?何が大丈夫なの?何で大丈夫なの?ちゃんと言ってくれる?」
ひえっ・・・!
目がバッキバキだ・・・!!
ジムでベンチプレスをしてたら手首を痛めて、テーピングをしてもらって、そのままお迎えに行ったら車から降ろされて、助手席に座らされて無言のまま帰宅した。
帰宅した途端ダイニングで尋問が始まった。
「病院は?」
「・・・明日接骨院に行ってきます・・・」
「今日もやってる日だったよね?何で行かなかったの?」
「・・・お、お迎えが、したくて、」
「おれが怪我をして同じことを言ったら怒るよね?」
「・・・はい、」
「じゃあおれが怒ってるのも分かるよね」
「・・・すみません」
「なにもすまないね」
こ、こ、こわっ・・・!何を言っても言い返される・・・!
黙っても言葉を発するように促されるだろうし、もう、どうしよう。
「・・・しばらくジムは、控えます・・・明日接骨院に行って、その後にお迎えに、・・・う、ひ、控えます・・・」
ジロッと睨まれたので、慌てて言い換える。
おれの、楽しみが・・・!おれの、癒しが・・・!!
しかも控えるように言わされたのが、もう、もう、つらい・・・!
お迎えしたいよー・・・!!
「そうだね。控えてください。少し帰りは遅くなるけど、ご飯はおれが作りますので。洗濯とお風呂掃除もいいです」
「左手なら使えるから!簡単な作業くらいはやらないと!何もしなくなったらそれこそダラけちゃうしよくないし涼くんに負担ばかりかけられない!」
「接骨院の先生の診断次第です」
「ちゃんと行くから!あの、痛くないから心配しない、・・・あ、ごめんなさい、」
冷たい目で見つめられる。
そして静かに立ち上がり、涼くんは包丁を掴んだ。
いつもより音が激しい。無言のままキャベツの千切りを作っている。
「・・・涼くん、あの、・・・ちゃんと行く、から・・・心配かけて、ごめんね」
「・・・」
「・・・りょおくん~・・・」
うわー、無視!
抱きついたらキレるかな・・・。
怪我したって大袈裟に甘えとけば怒らなかったかな・・・。
でも、大したことないしそんな大怪我でもなかったし・・・。
何が正解だったんだろう。
テーブルを拭いてお箸を並べる。
ピリッと痛みがあってつい声を出すと、涼くんが勢いよく振り返った。
「大丈夫!?」
「え、」
「このテーピングで大丈夫なの?明日、もっとしっかりしてもらってきて!絶対だからね!」
「あ、は、はい・・・」
「お風呂入る時、言って。一緒に入るから」
「・・・ありがとう」
「・・・座っててよ」
小さくつぶやいて、また包丁を持った。大人しく座っておく。
出てきたのは親子丼とサラダ。お箸がなくても食べられる2品。怒ってるけど、優しいんだよな・・・。
黙って食べて、黙って片付けて、黙ってお風呂に入った。丁寧に頭と体を洗ってもらって、お礼を言うと小さく頷いた。
笑った顔、見たかったなぁ・・・。おしゃべりもしたかった・・・。
ベッドに寝転んで目を閉じてしばらくすると、うとうとしてきた。
隣の涼くんが動いて、おれを覗き込んでいるみたいだった。
寝ていると思ったのか、そっと右手を取るとテーピングの上から手首を撫でた。
「・・・すぐ治るからね。大丈夫だからね・・・。痛いの、なくなるからね・・・大丈夫、大丈夫・・・」
顔が近づいて手に触れた。
多分、テーピングの上からキスをしてくれたんだと思う。
そっと指が絡んで、柔らかく握って、涼くんはまた寝転んだ。
こんなに、心配してくれるんだ・・・。
ちゃんと連絡すればよかった。
ごめんね、と心の中でつぶやいて眠りに落ちていく。右手が温かかった。
******************************
「ちょっと骨がズレてるね。嵌めるだけでだいぶ良くなると思うよ」
ガシッと右手を掴んでガクガクと揺らす。あまりの痛みに声も出ずに体を撥ねさせると、接骨院の先生はケラケラ笑った。
「普通に生活して大丈夫だから。とりあえず固定しておくね」
「ど、どうもありがとうございました・・・」
「そういえば最近、お友達と来ないね」
あぁ、涼くんのことか。
何度か一緒に来ているから、気になったんだろうな。
「忙しいみたい」
「そうなんだ。たまに来てねって伝えておいて。昔肘をやったって言ってたし、たまに痛みが出るんだって言ってたから」
「・・・肘、あ、」
「あれ?そうだったよね?事故だっけ。バイクとぶつかったって」
あ、そうか。
だから、あんなに怒ったんだ。
伝えます、と答えて接骨院を出る。
中学の頃に涼くんは同級生に突き飛ばされて、肘を怪我した。そこから涼くんの辛い日々が始まったんだ。
いや、前から辛かっただろうけど、同級生に裏切られて、さらに辛かっただろう。
左利きにならざるを得なくて、治っても時々痛んで、だから、あんなに怒ったんだね。
すごく、心配してくれたんだよね。
「あ、もしもし?今平気?」
『ん・・・。休憩が終わるところ・・・』
「そか。ごめん。あのね、骨がズレててはめてもらったんだ。だからもう大丈夫だよ。普通に生活していいって。早く会いたいから、顔、見たいから、お迎え行ってもいいかな」
『・・・今日は、安静にしてて』
「・・・じゃあ、あの、家のそばの駅まで行かせて?歩いていくから」
『ん、』
小さな返事が聞こえて、ホッとして、通話を切る。
家で仕事をしてからお迎えに行くと、すでにロータリーで涼くんが待っていた。
ポツンと街灯の下で立っていた。
走って近寄って、おかえりと声をかける。
じーっとおれを見て、ただいま、と言ってくれる。
「テーピングしてもらったよ。ほら」
「うん」
「・・・ちゃんと動くから。もう、安心してね」
恐る恐るいうと、ホッと息をついた。
自分に重ねたのかな。動かなくなった肘のこと、思い出して。
怖い思いをさせたかな。
「すぐ良くなるって言われたから・・・。あの、涼くんの心配もしてたよ。たまには、行ったほうがいいよ」
「うん。痛みが出たらいくよ。・・・よかった・・・。ちゃんと治るんだね」
「うん。無理しなければ。・・・帰ろ?」
「うん。・・・昨日、たくさん怒ってごめんね」
「ううん。心配かけてごめん」
夜に優しく手を撫でてくれたことも、お礼をしたかったけど、知らないふりをしておこう。きっとお礼なんて望んでないだろうから。
「・・・手が、動かなくなるのってすごく不便だから、すごく心配だった」
「そうだよね。ごめん」
「・・・無理しないでね。絶対だよ」
「分かった」
「ご飯ね、スプーンで食べられるのにするから」
「ありがと。・・・あのね」
「ん?」
「・・・こんな時にあれなんですけど、イチャイチャはしたいので後でしてくれる?」
「へ!?あ、い、いいけど、イチャイチャだけだよ?」
「うんー・・・」
曖昧に返事をしてしまう。
笑ってほしいな。
安心してほしい。
「・・・ちゅーだけね」
「うん。それでも、嬉しいんだけど・・・」
「けど?」
「・・・お喋りとかもしたいし、ていうか、ん、と・・・」
「・・・もう怒ってないよ。ごめんね」
「あ、違う違う。えっと、さ?・・・笑ってほしいなぁ」
「へ?・・・何それ、急には無理だよ」
言いながら、困ったように笑った。
可愛い。
笑顔、見れた。
「笑ったぁ」
「え?笑ってた?」
「うん。今笑ってる。可愛い」
嬉しい。
ついつられて笑うと、涼くんはさらに笑顔になった。
手を繋いで家に帰り、涼くんはおれの好きなオムライスを作ってくれた。
いっぱい食べてねと、笑ってくれた。
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