Evergreen

和栗

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「・・・ごめん、お腹、痛い・・・」
「へ!?」
食事中、突然涼くんがお箸を置いてお腹を押さえた。
慌てて立ち上がり隣に腰掛ける。
「いつから?痛いのに、ご飯作ってくれたの?」
「何日か前から、チクチクしてて、でも、平気だったから・・・寝れば良くなったから・・・でも、今、なんか、」
顔色が悪くなっていく。
抱え上げてベッドに寝かせると、お腹を押さえて丸くなった。
「胃が痛いのかな」
「ん・・・今、急に、すごく痛くて、」
「喋らないでいいよ。胃薬見てくる」
毛布を被せ、お財布と車の鍵を持ってドラッグストアへ駆け込む。
症状を説明すると、3つほど勧められたので全部買って急いで家に帰った。
涼くんは眉間に皺を寄せてシーツを掴んでいた。なんか、汗が、ひどい気がする。
「涼くん!夜間救急に行こう!」
「ん゛っ・・・う、い、」
やばいぞ。盲腸とかだったらどうしよう!
有無を言わさず車に押し込み、夜間救急へ向かう。
悲しいことに親族ではないからと、待合室で待つように言われてしまった。ポツンと立ちすくむ。
ど、どうしよう・・・。手術、とか、必要だったら・・・。誰に連絡すればいいんだ。
不安ばかりが募って、ベンチに座って頭を抱える。
ハッとして、電話帳を確認して耳にあてる。こんな夜分に申し訳なかったが、緊急事態だ。
『はい、もしもし』
「あ、玲さん・・・?」
『こんばんは。どうかなさいました?』
「あ、あの、実は・・・涼くんが今、夜間救急に来てて、胃が痛いって、顔が、真っ白になっちゃって、」
『夜間救急?・・・胃が痛いだけ、ですか?』
「本人はそう言ってます」
『胃腸炎かしら・・・。前にも一度倒れたことがあるんです。お医者さんに繋いでもらうことはできますか?』
「おれ、身内じゃないから、入れなくて・・・」
『今、あなた以外、誰があの子の身内なんです?』
「え?」
『繋いでください。早く』
玲さんの声に焦りがあった。
立ち上がって診察室の扉を叩くと、看護師さんが顔を出した。隙間から見えた涼くんはぐったりしていて、見ているだけで泣きそうになった。
電話を受け取った医師は渋々ながらもおれを中に入れてくれた。
診察室に入ってこれほどホッとしたことはなかった。
部屋を移り、点滴を打つことになった。
ストレス性の胃腸炎だろうと、言われた。
安静にして薬を飲めば良くなるらしい。
処置室に入ると、点滴のおかげなのか涼くんの顔が少しだけ穏やかになっていた。
「涼くん・・・」
「・・・ごめん・・・」
「・・・謝らないでよ。ごめんね。ごめんね・・・」
「・・・ここにいて・・・」
「いるよ。いる。・・・少し、寝て?ね?」
「ん・・・疲れた、」
「・・・ごめん、本当にごめん、ごめんね!」
細い手。
力が入らない、弱々しい手。
握り返されることはなくて、だらりと力が抜けた。
なんで、気づかなかったんだ。
笑ってた。おしゃべり、してくれた。ご飯を作って、うまくできたって、喜んでた。
上辺だけしか見てなかった。きっと、本当は辛かったんだ。
必死に手を握って目を閉じる。どうか、どうか、酷くなりませんように。苦しまずに、早く良くなりますように。



************************



「すみません、朝から押しかけて」
「いえ、こちらこそ、すみません・・・」
明け方に帰宅して、玲さんに連絡を入れた。
朝イチで様子を見に来るというので部屋を片付けた。
ベッドで力なく横たわる涼くんを見ると、心配そうに額を撫でた。
「ストレス性の胃腸炎ですか・・・」
「・・・すみません、おれが、」
「藤堂さんのせいではないでしょ?」
「・・・辛いのに、ご飯、作ってくれて・・・」
「涼のことですから、やりたがったんでしょう。・・・あの、連絡をくれてありがとうございました。あなたがいてくれてよかったです。本当に・・・」
「・・・何もできなかったので・・・」
「気づいてくれたじゃないですか」
強く言われ、顔を上げる。玲さんはまっすぐおれを見ていた。
「気づいてくれたから病院に行けたんです。点滴を打って、楽になって、家に帰って来れたんです。この子にとって、それが1番安心できるんです。それを、きちんと、あなたが理解していてくれたから・・・」
「・・・」
「それだけで、もう、私も、涼も・・・安心して、眠れるんです。1人だったらどうしたらいいか分からなかった。この子のことだから、きっと放っておいたと思います」
「・・・は、入れ、なくて・・・」
「え?」
「・・・け、血縁者じゃ、ないからと、言われて・・・」
あぁ、だめだ。弱音、吐くな。
口をつぐむと、涼くんがもぞ、と動いた。慌ててそちらに顔を向ける。
「和多流く、」
「涼くん、大丈夫?起きた?」
「・・・あれ?玲ちゃん・・・」
「涼・・・!起きなくていいから、横になって。痛い?」
「・・・うん・・・和多流く、いなくならないで、」
か細い声に胸が苦しくなった。指先を握ると冷たかった。包み込んで必死に温める。
涼くんは少し微笑むと、また目を閉じた。
静かすぎる寝息が、怖かった。
「・・・よかった、」
「え?」
「・・・あなたがいて、よかった・・・」
「・・・」
「起きてすぐあなたを求めたということは、いつも苦しい時にあなたがそばにいてくれている証拠です。本当に、ありがとうございます。この子、もう孤独ではないんですね。あなたから電話が来て驚いて、眠れなかったけど・・・あなたがそばにいるなら大丈夫って、思っていました」
「・・・何も、出来なくて、」
「責めないでください。あなたはそばにいてくれました。それだけで私も涼も、安心できるの。血縁者じゃないと病室に入れないのは腹立たしかったけれど・・・仕方ないのよね、病院側は患者を守らなきゃならないものね・・・」
「はい・・・」
「悔しいですね・・・こんなにそばにいるのに」
玲さんの目に、涙が滲んだ。
指先で拭うと、すっと立ち上がる。
「また伺ってもよろしいでしょうか」
「はい。いつでも・・・あの、小まめに連絡します」
「ありがとうございます。・・・あの」
「はい?」
「・・・涼はここで、どれくらい過ごしているんでしょうか?」
「え?・・・2年と少し、です。すいません、無理やり連れ込んでしまいました」
「実家では考えられないくらい、涼の気配がして・・・嬉しい。ここがあの子の居場所なのね。見られてよかった」
「・・・仕事部屋、見ますか?」
「いえ。大丈夫です。すみません、ジロジロ見たりして。嬉しくて・・・」
「また、来てください。涼くんが元気になったら、3人でここで、食事でも・・・」
「ありがとうございます。必ず伺います。では、仕事に行きます」
「駅まで、」
「涼のそばにいてください」
黙って頷く。
玲さんは頭を下げると、出て行った。玄関が静かに閉まる。
涼くんの頬に触れると、温かかった。
安心して、涙が溢れた。
何で、辛いのを隠したんだろう。話してくれなかったんだろう。話してた?おれが聞き逃した?思い出せ。思い出せ。
手を握ったままうずくまる。
何日か前からって、言ってた。その間セックス、してたよね?何度も、したよね?辛いのを押し込んで受け入れてくれたの?なんで、そんなことしたの?
言って欲しかった。そしたらすぐに病院に行けた。すぐに治ったかもしれないのに。どうして。
「わたぅくん・・・」
目を開ける。
涼くんがぽやっとした顔でおれを見ていた。
「喉、乾いた・・・」
「ここにあるよ。お水、ほら、ストロー」
咥えさせると、ゆっくりと喉を潤した。
こくこくと小さな音。
「・・・お腹空いたかも」
「本当?うどん、作るね」
「泣かないで、」
「え?」
「・・・泣かないで、大丈夫だから・・・」
「・・・」
「わたく、」
「大丈夫なんか、信じないから!」
「え、」
「信じられるわけ、ないだろ!大丈夫なんて・・・!嘘だ・・・!」
「・・・ごめんなさい、」
「謝るなよ!!何で謝るんだよ!!」
ダメだ。堪えろ。堪えろ!!
涼くんにぶつけたって、しょうがない。何も生まない。何も解決しないのに。
伸びてきた手を力無く弾く。触らないで。もっと苦しくなるから。
触って欲しい。安心したい。
2つの思いがぶつかって、ぐちゃぐちゃになって、堪えきれない。
「・・・和多流くん、」
「ちゃんと通院して」
「・・・ん、」
「ストレス性って言ってたから、・・・おれがストレスになりそうなら、言って」
「何で?何でそんなこと言うの?」
「仕事は避けられないけど、おれは避けられるでしょ」
「・・・」
「・・・しばらく向こうで寝るから、ゆっくり、寝て・・・」
「・・・迷惑かけて、ごめんなさい、」
「違うって!!そうじゃないよ!!」
「わ、分かんない!何で怒るの!?怖いよ、・・・んぐっ、う、」
「え、あ、これ!」
ビニールを渡すと、苦しそうに戻した。慌てて背中をさする。
泣きながら咳き込み、顔を擦る。
違う。落ち着け。自分の感情だけで決めちゃ、ダメだ。決めつけちゃダメだ。
「ぎもぢわるぃ・・・」
「ごめん!大きい声出して、ごめん・・・横になろう。ごめんね・・・」
「・・・いや」
「え?」
「ど、どこか、行っちゃうんだ・・・!」
「行かない!絶対に!ごめんね。自分が不甲斐なくて、苦しくて・・・!ごめん、ごめん・・・!」
「す、すとれす、なんて、知らない、・・・!」
「ごめんなさい。涼くんにぶつけることじゃなかった。こ、怖くて、・・・ごめんなさい・・・」
細い体を抱きしめる。おれの熱が伝わって、体が温まればいいのに。
そのままベッドに潜り込んで、必死に抱きしめる。
涼くんの手は遠慮がちにおれの服を掴んでいた。
「ごめん。不安で仕方なくて・・・ぶつけちゃいけなかった。ごめんなさい」
「・・・うん、・・・心臓の音、すごいね」
「・・・だって、怖かったから、」
「おれも、びっくりした。・・・あてられちゃったかなぁ」
「え?」
涼くんの顔が上がる。力無く笑うと、目を閉じた。
「1人、不安定な子がいて・・・仕方ないんだけどね。受験って、大変だから。成瀬さんにもさ、肩入れしすぎるなって言われてたんだけど・・・その子ね、よく胃が痛くなる子で、だから、もらっちゃったのかな」
「・・・感受性が強いから、そうかもね。無理しちゃダメだよ。ねぇ、何日くらい前から痛かったの?その間、おれ、何度も抱いたよね?」
「うん・・・時々痛くなるだけだったし、家に帰れば何ともなかったから・・・それに、えっちなことすると、気持ちよくて楽になるから・・・和多流くん、たくさん、大好きってしてくれるし・・・したかったんだ・・・」
「・・・そ、そう言われるとしばらくしないって言いづらいなぁ・・・」
「びっくりさせて、ごめんね・・・」
「・・・ん、」
「・・・一緒にいて、ほしいです。離れてほしくない、」
「・・・ぅん、」
声が震えてしまった。誤魔化すように抱きしめて、頭を撫でる。
早く、早く元気になって。笑ってほしい。
全部あげるから。おれの全部、渡すから。だから、早くいつものように。



******************************



うどんを茹でてみると、思いのほか、がっついて食べてくれた。
ほっぺがまん丸で可愛くて、少しホッとした。
何も載せていないただの素うどんなのに、美味しいと笑ってくれた。
「明日、仕事行くね」
「え?」
「薬ももらったし、移るものでもないし」
「何言って、」
「送迎、頼みたいんだけど・・・」
「は?いや、いくらでもするけど、もう1日くらい、」
「ごめん。最近休みすぎてるから、もう休みたくない。わがままでごめん。ちゃんと病院に通うし、薬も飲むし、無理しないから・・・だから、お願い」
分かるよ。休んだら休んだ分だけ大変になる。それに、不安になる。
分かるから、行かないでって、言えない。言いたいけど、言うと涼くんが苦しくなる。涼くんが苦しいとおれも苦しくなる。
行かないで、また倒れたらどうするの。今度こそ本当に、会えなくなったら、どうするの・・・。
ギュッと拳を握って、黙って頷く。
「必ず、迎えに、行くから・・・。必ず連絡して。どんな時間でも、お願いだから」
「・・・ありがとう。我儘言って、ごめんね」
「・・・うん」
「・・・でね」
「ん?」
「・・・職場のそば、まで、迎えに来てほしいな、なんて・・・」
「・・・へ、」
「・・・ごめん、なんか、甘えたい気分・・・ごめんね、都合よくて・・・」
照れたように何度も視線を外して、おれを見てはまた目を伏せる。
「行くよ!朝も、近くまで行くよ!」
「朝は明るいし他の先生もたくさんいるから・・・!・・・か、帰りは、多分、その、暗いし・・・それに、早く、」
「早く?」
「・・・顔、みたい」
「・・・涼くん~・・・」
「病院で、ほら、和多流くんが、外に出ててって言われた時、おれ、びっくりしたんだよ。だって、連れてきてくれて、1番そばで見ていてくれて、全部説明できる人なのに、何で、追い出すんだろうって・・・怖くって・・・心細かった」
「み、身内じゃないから、仕方ないよね」
「でも、一緒に過ごしてる、大事な人だもん。だからね、決めた。おれ、もうあんなことにならないように、おかしいなと思ったら病院に行く。ずっと我慢する癖がついちゃってて・・・少しでも変だったら、病院に行くね。あの、連れて行って、くれる?」
涙が出そうになる。堪えて何度も頷くと、食べかけのうどんをまた食べ始めた。
「涼くん、」
「ん?」
「お風呂、一緒に入ろっか」
「うんっ。頭洗ってほしいかも」
「もちろん。・・・一緒に寝よ?ね」
「さっき悲しかった」
「ごめん」
「あーゆーの、もうなし!ね?」
「うん」
「・・・ぎゅーが1番癒される」
「えっ、そうなの?」
「うん。・・・寝る時、ぎゅーってされるとすぐ寝ちゃう」
「・・・じゃあ、ぎゅーしよ?」
「・・・照れちゃうね」
吹き出して、2人で笑う。
薬を飲んで、お風呂に入って、抱き合って布団に潜り込む。
気持ちいい、と小さく呟いたかと思ったら、静かな寝息を立て始めた。



******************************



「吐き気とか、なかった?」
「うん」
「薬飲んだ?」
「うん」
「夜ご飯、お粥だよ。消化にいいものの方が負担がかからないでしょ」
「ありがとう。お昼は切ってくれたりんごと、ゼリーを食べたんだけど・・・まだだいぶ弱ってるみたいで、それで満足できちゃった」
「そっか。明日も切るよ」
「ありがとう。んふふっ」
「ん?」
「いや、和多流くんって感じの切り方だったから」
どうせ下手さ。
でも、やりたかったんだもん。
皮も厚めに剥いちゃったし、上手く剥けなくてガタガタしたカットりんごになっちゃったけど。
でも、なんか、嬉しそう、だな。
嬉しいのかな。あんなやつでも。
「また切ってね」
「ん。帰ろっか」
「うん。お迎えありがとう」
顔色が良くて安心した。些細な変化も見逃してはいけないと、神経を張り巡らせる。
家に帰ると安心したようにため息をついたので、腰を支えてソファへ座らせる。食事の準備をして戻ると、ネクタイをはずしていた。
「ネクタイ、窮屈だろうから外していけば?」
「え?」
「いや、いくら成瀬さんに憧れてるからとはいえ、体調がすぐれない日は外した方が楽なんじゃないかなって・・・」
「えー?えへへ、んー、憧れてるのもあるけど、つけてるのは別の理由もあるよ」
「別の理由?」
「つけてた方がスイッチ入るし、それに、かっこいいって言ってくれたし。あとこれ、和多流くんのお下がりで気に入ってるやつだから、お守りでつけてるの」
そういえば、よく見たらおれが昔つけていた物だ。
もうネクタイなんて締めたくないからフリーになって、スーツも必要最低限だけとってあるくらい。最近はノーネクタイでもいいところばかりだから、涼くんにあげたんだった。
お守りだなんて・・・嬉しいこと、言ってくれるなぁ・・・。
「お粥食べようか」
「うん。あれ?和多流くんも?」
「ダイエットも兼ねて。あと、分量が分からなくて鍋いっぱい作っちゃって・・・いつもわけわかんなくなるんだよなぁ」
「あはは!慣れないとどうしてもね。炊飯器にお粥のモードがあった気がする」
「ん?!そうなの!?気づかなかった・・・明日使う」
「ありがと・・・。ね、あの、」
「ん?」
レンゲでお粥を掬いながら、涼くんは静かに口を動かした。
言葉を待っていると、こて、と肩に倒れかかってくる。
「・・・し、しばらくできない、からさ?」
「え?うん。そうだね。まずは体調第一だから」
「・・・んと、手、で、手伝うのは、できるから・・・」
「・・・え、あ、はい・・・」
改めて言われると、恥ずかしい。
手で・・・してくれるのか・・・。う、今、してもらいたいかも・・・。いやいや、そんなことは置いといて早く横にさせないと。
「ありがとう・・・。でも、涼くんの体が最優先だからね」
「うん。ありがとぉ・・・」
「・・・すいません、我慢できなくなったらお願いします」
「ふふっ。くふふっ!うん、ふふっ」
笑ってる・・・。
これだけで安心できる・・・。
笑顔って、なんでこんなに人を安心させるんだろう。
涼くんはゆっくりゆっくり体を休めながら、徐々に回復していった。
普通のご飯が食べたい、と言ってたくさん食べて眠った日は、安心しすぎて泣きそうになった。
薬が終わり、念のためもう一度病院に行って手ぶらで戻ってきた時は、お祝いでアイスを食べに行った。
手を繋いで散歩もした。
嬉しくてたまらなくて浮かれていた。
そして、2週間ぶりに肌を重ねた。
こちらの感想はまたの機会に。
あんなに穏やかで、でもとても情熱的な夜って中々言葉にできないからね。
思い出すとまた体に熱が篭る。病み上がりの涼くんにあまり負担はかけたくないから、寝るとしようかな。
本当は、めちゃくちゃだきたいんだけどね。
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