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しおりを挟む和多流くんは大人の男の人だった。
髪も髭も眉毛も綺麗に整えて、服も、靴も、お財布も、全部ピカピカでカッコよかった。
ブランド物を身につけている時はかなり惨めに思った。おれはお下がりだったり、着古した服しか持ってなかった。
恥ずかしかった。
大人の男の人の隣に立つ出立ちじゃない。
そう思って、食事の誘いも遊びの誘いも断っていた時期があった。
このまま会わなくなって行くんだろうと思っていた。それでよかった。友達や知り合いが多くなると何かあった時に悲しくなる。苦しくなる。
しばらくメールが来なくなった頃、あぁもう会わないんだなと思った頃、和多流くんがやってきた。
わざわざ、学校まで。
これは、その時の話。
寒い冬の夜だった。出入り口の外側。門に寄りかかって立っていた姿を見た時、驚いて、驚いて、声も出なくて、持っていたカバンを落とした。
「・・・お疲れ様」
「・・・な、なんで、」
「あ、ごめん、その、お店まで行ったらここって聞いて。これ、返したくて」
近づいてきて、差し出された。薄い文庫本。おれの好きな作家のだ。貸していたことも忘れてた。
これを返すためにわざわざ来たんだ。
「・・・送るよ。寒いでしょ。車で来てるから、行こ?」
「え、でも、あの、いい、です。自転車があるので、」
「乗せるよ」
「・・・でも、あの、んと、」
「・・・おれ、何かしちゃったかなぁ」
「えっ」
「なんか、嫌なことしちゃったかな?最近、連絡途絶えちゃうし・・・」
「・・・い、忙しくて、あの、違うんです。おれ、おれが、ガキで、その、あ、」
な、なんでこんなに寂しそうな顔、するの?
おれだよ?たかだか、おれなんかのために、何でここまで来て、おれの話を聞いてくれようとするんだろう。
変な人・・・。
「ここだと、人目があるから・・・」
「そうだね。自転車とっておいでよ。駅まで、いいかな」
黙って頷いて、自転車を押す。
カラカラと車輪が回る音が響く。何か言ってくれないかな。少し、怖い。
「寒いね」
「っ、はい」
「配達、大変だね」
「・・・まだ、慣れてないから、はい・・・」
「・・・そーだよね。大変なのに、誘ってごめんね」
チクッと胸が痛んだ。
顔を見る。まっすぐ前を向いていた。
もう、連絡、来ないかな・・・。自分から遠ざけたのに、ザワザワする。
ふと見ると、靴紐が解けていた。スニーカー姿、初めて見た。そういえば、ジーンズもだいぶラフだ。あ、あれ?いつも、もっと、シルエットがはっきりする服が多いのに。ブーツとか、革靴が多いのに。
「あの、紐、解けてます」
声をかけると顔がこちらに向いて、すぐに足元を見た。しゃがみ込んで紐を摘んで、結ぼうとした。でも、指がうまく動かないのかもたついた。手、かじかんでるの?いつからいたの?ずっといたの?なんで?本の一冊くらい、そのまま、持っていたっていいのに。
わざわざ、なんで。
「あの!藤堂さん!」
「え?ん、ごめん。モタモタしちゃった」
「・・・え、駅の、その、んと、・・・あの、喫茶店、今もやってるから、行きませんか・・・」
ドキドキしながら俯く。こ、断られるかも。おれ、何度も断って、避けて、今日だってもしかしたら、もう友達やめようって言いに来たのかもしれないし。
「いいの?嬉しい」
「えっ、」
「初めて誘ってくれたね。嬉しい」
立ち上がって、笑ってくれた。
何で?何で?意味、分かんない。
喫茶店に入ってコートを脱ぐ。藤堂さんはパーカーを着ていた。少し悩んでカフェオレを頼む。ブラックコーヒーじゃ、ないんだ。
おれはミルクティーを頼んだ。大きなカップが2つ届く。一口飲むと、藤堂さんは目を大きくした。
「ここ、美味しいね」
「はい」
「よくくるの?」
「いえ、あの、2回くらい・・・」
「そうなんだ。静かだし、いいね」
「・・・今日、雰囲気、違いますね」
「ん?あぁ、うん?そうかな。おれ、いつもこんな感じだよ」
「え、でも、いつも、」
「ん?あー・・・ふふ、確かに今日はラフだね。ずっと家にいたからさ」
「そうなんですか・・・」
「・・・普段はさ、ほら、出かける時くらいはオシャレしたいし」
今日の服装の方が、なんとなく話がしやすい気がする。
指先を見ると、真っ赤だった。ずっと待っててくれたのかな。ずっと、おれに、会うために・・・なんでかなぁ・・・。
「あの、おれ、もう少し、したら、冬休みで・・・」
「そうなの?そっか。どこか出かけるの?」
「・・・いや、あはは、あんまり興味がないから・・・休みの日も閉じこもってて、」
「そっかぁ」
「・・・ま、前、に、言ってた、あの、んと、・・・展覧、会、まだ、」
「え、行けそう?」
ほわっと胸が温かくなる。
藤堂さんは携帯を出すと、カレンダーを見せてくれた。
「まだやってるから、行こうよ」
「は、はい。あの、この前は、その、ごめんなさい」
「ん?何が?ね、冬休みいつから?平日に行こう」
何でもないよって、大人の笑顔。
なんで、おれなんか気にかけてくれるの?
こんな、何もない、おれなのに。
「か、彼氏、さんとか、大丈夫ですか?」
「え!?いないよ??あれ?もしかしてそれ気にしてたの?」
「あ、」
「なんだぁー。おれ、なんかしちゃったかなと思ってた!なぁんだ、それを気にしてたんだ?いるわけないじゃん。おれ、今1人が楽しいからさ」
「そ、そうなんですか・・・」
「友達と遊んだりするのが楽しいんだ。だから気にしなくていいから。涼くんと遊びたいから声かけてんの」
おれと、遊びたいから・・・。
ほわほわっと温かくなる。
嬉しかった。
こんなこと、初めて言われた。
・・・この人との関係は、切ってはいけない気がした。
こんなに優しい人、きっともう出会えないから。
「本当は、行ってみたくて・・・でも、ちょっと、最近寒い中早起きしなきゃならなくて、ちょっと、んと、へこたれてて」
「うん、そうだよね。温かくしてね。あぁ、ペットボトルにお湯を入れてタオルで包んで足元に入れると、あったかいよ」
「へ??」
「湯たんぽ代わり。やってみて」
「・・・へぇ。知らなかった。やってみます」
「熱湯はだめだよ」
「はい」
「いつがいいかなぁ。当日券より前売りの方が安いし、コンビニで買えるからおれ、買っておくよ」
「あ、ありがとうございます」
「あーよかった。おれさ、マジでなんかしちゃったのかと思ってさ、謝りたいなと思ってて」
「ち、違います。すいません、誤解させて・・・」
「ううん。あのね、おれ、多分今後しばらくそーゆー相手とかできないから、気にしないでね。気になることがあったら何でも聞いてね」
「・・・はい」
「元気な顔見れてよかった。顔色もいいし」
「・・・ありがとうございます」
「あ、やべっ!」
「あ!あははっ!」
ぽちゃん、とフードの紐がカフェオレに浸かった。
慌てて引っ張り出すと必死にペーパーで拭いた。
なんか、なんか、安心するかも。
おれと同じように失敗して、笑って、何でもないふりをして。
ホッとする。
「・・・パーカー、似合いますね」
「え?これ?・・・そっかな?」
「はい。あったかそう」
「うん、裏がもっこもこ。涼くんのもあったかそうだね」
「はい。起毛になってて・・・」
「ほんとだ。寒いからもこもこにして配達してね」
「はい」
「いつ行く?この日は?」
「あ、その日、仕事も休みです」
「ほんと?じゃあさ、展覧会の後に電気屋行かない?欲しいのあるんだ」
「はい。見るの、好きだから行きたいです」
「電車がいいよね。駅で待ち合わせていこう」
話が弾む。楽しい。よかった。
展覧会の日、藤堂さんは前とは違うパーカーを着てきた。
あの時のスニーカーを履いて、隣を歩いてくれる。靴紐はしっかりと結ばれていた。ちょっとだけ笑った。
******************************
「これ履く?」
「うん。貰う」
「こっちは?」
「じゃぁ、うん」
「あ、これ、まだあったか」
スキニージーンズ、チノパン、パーカー。和多流くんの押し入れにはたくさんの服が押し込まれていた。断捨離中だ。おれが着られそうなものはお下がりをもらうことにした。
バサっと広げたパーカーのフードの紐は、下半分がうっすら茶色に染まっていた。あ、このパーカーって。
「これ、何で汚したのかな。変な汚れ方しちゃったなぁ」
「捨てるなら、欲しいな」
「え?・・・まぁ、紐を取れば着られるか。はい」
「このまま、着るよ」
「えー?なんで?」
「えー?覚えてないんだ?意外だなぁ」
「は?・・・ん??なんだっけ?」
「いいの!おれの思い出だから。へへへ」
あの時、きっと、すごく勇気を振り絞って会いにきてくれたんだろうな。
あの時は分からなかったけど、今なら分かるよ。
だって和多流くんだもん。きっと、おれとの関係を保とうとして、きてくれたんだよね。
あの本だって別に返さなくてもよかったのに、口実を見つけて、来てくれたんだよね。
当時は分からなかったことが、今は分かるよ。
本当に、感謝しか、ない。
「和多流くん、まだ考えてるの?」
「待って、思い出すから」
「へへ。内緒のままにしておこーっと」
「えー?んー!思い出せねぇ!まぁ、いっか。次はこれー」
「出た、ハイブランド。何で高い服ばっかり着てたの?」
「だって、あの手この手で振り向かせたくて」
「お金持ちアピール?」
「無駄だったけどね」
「あはは!おれ、今の和多流くんが1番好きだよ」
「まぁ本来こんな服ばっかりだからね、おれは。見栄を張ってたんですー。鈍感な誰かさんに気づいてほしくてー」
「誰だろ?誰かいい人いたんだ?」
「涼くんですーー!おりゃ!」
「わ!あは、」
「まったく、鈍感なんだからなぁ」
「ごめんね。でも、若い頃に告白されても、ピンときてなかったかもしれない」
「何で?」
「だっておれより大人の人だもん。どう接するのが正解か分からなかったと思う。今はさ、大人になってよく分かったよ。大人になったって男はおバカだし、甘えただし、わがままでかまってちゃんなんだよね」
「そーだよ?ふふ、あー、でもなぁ。あの頃付き合ってたら、きっとおれずーっと優しい男のフリしてないといけなかっただろうから、それはそれでしんどいなぁ」
「ね。だよね」
「今はー、甘えさせてくれるもんね。幸せー」
「うん、甘やかし方も分からなかったかも。今は分かるよ。よしよし」
「ぅわ!?耳はダメだってば!!もおっ!」
「可愛い可愛い」
「やめなさいっての。乳首触るよ?」
「なんでよ。ダメ!・・・夜、散々したじゃん」
「敏感になってる?」
「・・・ずっと敏感ですー。誰かのせいで」
「くふふっ・・・!」
本当に嬉しそうに笑うから、絆されちゃうんだよなぁ。
抱きしめたまま目を閉じる。
あの時、ありがとう。
来てくれて、ありがとう。
だから今、おれ、幸せなんだね。
ありがとう。大好きだよ。
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