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和栗

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初めて涼くんと食事をした時、食べ方が小動物みたいで思わず凝視した。
ちまちま食べてるとかじゃなくて、すごく咀嚼が速かった。急いでいる感じ。楽しむというより栄養補給。生きていくために必要なこと。そんな印象だった。
もっとゆっくり食べればいいのに。楽しくないのかなって、思ってた。
そうじゃないんだって気づいてからは、いかにゆっくり食べてもらうか考えた。
でも一度身についたものって中々直らない。
それは一緒に暮らしてもそうだった。
ゆっくり食べなよとは言わなかった。逆に萎縮しそうだったから。
でも、ある時ポロッと口をついて出た。
おれの言葉に涼くんは目を丸くして、黙って頷いた。
そこからかな。涼くんが前よりも食事をゆっくりと食べるようになったの。
まだまだ少しぎこちない頃の、涼くんがゆっくりと安心して食事をするきっかけになった話。
でも、それでも、おれよりは早いのだけど。


************************



相変わらず食事を終えるのが早い涼くん。
食器を下げるとちょこんと座り直し、チラッとおれを見た。まだ食事が1/3ほど残った皿を見て、少し困ったように訊ねる。
「ど、どうかな・・・」
「美味しい」
間髪入れずに答えると、ほっとした顔になった。
夢にまで見た涼くんの手料理は想像以上に美味しかった。
魚なんて家でも外食でも食べないから、新鮮だった。
こんなに味が染みた煮付け、いつ以来だろう。
「これまた食べたいな」
「うん」
「食べるの遅いけど、気にしないでね」
「あ、全然。お皿洗い始めていい?」
「うん。洗濯物は畳んであるしお風呂も洗ってあるから、テレビでも観ようよ」
「あ、う、うん。ありがとう」
戸惑ったような声。
ずーっと、全部1人でやってたんだもんね。誰と付き合っても、どんなことがあっても。
してもらうことに慣れてないのは知っているけど、慣れてもらわないと困る。2人で暮らしてるんだから。
家事を済ませてソファに座り、ダラダラとテレビを観ていると、ファミレスのCMが流れてきた。
「わぁ、マスカットのパフェだぁ・・・」
キラッと目が輝いた。
逃すわけにはいかない。
「食べたいね」
「えっ」
「美味しそうだもん。シャインマスカットのパフェだよ?シャインマスカットって高いんだよね」
「う、うん・・・いくらかな、これ」
「さぁ。でもさ、チェーン店のファミレスだからバカ高いわけじゃないよ。行こうよ。おれも食べたい」
「・・・えと、ん、うん」
「ドライブがてら行こうね」
緩く指先を握ると、ぽやっと顔が緩んだ。
ぎこちなく握り返してくれる。
今はこれくらいでいい、と思う反面、抱きしめて、抱き潰したいって思う。
「・・・涼くん」
「ぁ、」
小さな顎に手を添えて、そっとキスをする。緊張していた。
唇から伝わってくる。焦ったらダメだ。ゆっくりゆっくり、慣れていってほしい。
肩を抱き寄せると、更に体がこわばった。
大事にしたい。壊したくない。おれに、委ねて。
いつか心を開いてくれますように。そんな気持ちで涼くんをそっと抱いた。



************************



「和多流くんって運転が丁寧だよね」
「え?」
休みの日に、ドライブに出かけた。目当てはパフェだけど、一緒に出かければ慣れてくれるだろうと思ったし、夕飯の買い物とか、そういう日常生活の一部を共有したかった。
「そうかな」
「うん。曲がる時もゆっくりだし」
誰かと比べてるのかな。少し嫉妬する。
「おれ、早く行かなくちゃって慌てちゃうから」
あ、自分と比べたのか。
「いいんだよ、後続車なんて待たせておけば」
「うん」
「あ、ねぇ、必要なものってもうない?ほとんど揃った?」
「うん。前の部屋で使ってたものをほとんど、使いまわせるから」
「そっかー。おれ、クッションがほしいな」
「見に行こ」
ホームセンターに入り、クッションを吟味する。低反発じゃない方がいいよなー。涼くんが抱っこする用の、柔らかいやつがいい。
感触を確かめていると、ふふ、と笑い声がした。
「そんなに欲しかったんだ」
優しくて柔らかい笑顔だった。
胸が少しだけ苦しくなる。抱きしめて、キスして、自分の欲望を全てぶつけたくなる。
可愛くてたまらない。本当におれと付き合ってくれてるんだよね?おれと、いてくれるんだよねって、何度も確認したくなる。絶対に他のやつに盗られたくない。
「一緒に選ぼう」
「え?」
「2人で使うものだから、涼くんと選びたい」
「・・・うんっ」
嬉しそうに笑ってくれる。そっと指を絡めて引き寄せると、顔を真っ赤にした。
選んだのはもちもちのビーズクッション。
お会計はじゃんけんで決めた。おれが勝ったので、おれが支払いを済ませた。
腑に落ちてなかったけど、これも慣れてもらわないと。
ファミレスに移動すると、メニューを見て目を輝かせた。
「涼くん、1番でかいやつ食べよう」
「えっ」
「んで、またじゃんけんしよ」
「うん。今度は負けた方ね」
「分かった」
1番大きなパフェを2つ頼み、雑談を楽しむ。
「和多流くんて、オシャレなお店が好きなんだと思ってた。ファミレスにも来るんだね」
「ん?何でもあるし、楽しいじゃん。オシャレーなお店は、背伸びしてたの」
「そうなの?なんで?」
「そりゃ好かれたいから。涼くんに」
ボンっと顔が赤くなる。目を逸らしてチビチビとお水を飲んだ。かわい。
付き合い始めてからこういう顔、増えたな。意識してくれてるんだ。嬉しくてたまらない。屈託のない笑顔も好きだけど、慣れてくればまた見られるし、今はこの表情を楽しむんだ。
「オシャレなお店って混んでるから疲れるよね」
「ん、うん」
「でも、たまには行こうね」
「うん」
「あ、」
窓に何かぶつかる音がしたので顔を向けると、雨が降ってきた。
ありゃ。もう降ってきたのか。
「湿度が上がるねぇ」
「ねー。和多流くん汗かきだから、つらいね」
「そーだよ。シャツなんてすぐ濡れちゃうんだから。洗濯物が増えて嫌だなぁ」
「ふふっ。洗濯物なんていくら増えてもいいよ。全部干すもん」
う、ぐ・・・。可愛い・・・。
嬉しい・・・。
噛み締めていると、パフェが届いた。涼くんの目が輝く。
想像以上にボリュームがあって、マスカットがキラキラしていた。
おー、すげー。
「す、すごい・・・」
「ね。・・・ごめん、上のホイップクリーム、少し食べてくれない?」
「え?いいの?」
「多分胃がもたれる。こんなに大きいとは思わなかった」
「食べる。ホイップクリーム好き」
「よかった。はい」
ごそっとよそって小皿に載せると、ギョッとした顔になった。そしてすぐくしゃくしゃっと笑うと、もらいすぎじゃない?といいながらスプーンで掬った。
「いただきまーす」
小さく口を開けてホイップクリームをパク、と食べる。少し微笑んだかと思うと、マスカットをそっと口に入れて目を大きくした。
「ふわっ、」
「え?」
「・・・初めて食べた。すごく高いから食べたことなかったし、マスカットなんて何年ぶりだろう・・・美味しい・・・」
「・・・わ、うまいね。んー、こりゃ、うまい」
ついパクパクと食べてしまう。涼くんは慌てたように口に押し込んだ。あぁ、もったいねぇ。うっとりした顔、もっと見たいのに。
「涼くん、ゆっくり食べな」
「えっ、あ、」
「味わった方がいいよ。せっかく2人できたんだしさ、ゆっくり食べよう?おれもゆっくり食べるから。つーか元々ゆっくりだけどさ。ねぇ、下、ゼリーだよ?ヤバいね」
「・・・うんっ。ゆっくり食べる。美味しいねぇ」
「ホイップクリームとさ、ガバーッと食べてごらん。めちゃくちゃ背徳感あるよ。これはヤバい」
「えと、いいの?」
「え?」
「あ、んと、・・・行儀悪くないかなって」
「なんで?おれなんていつも大口開けて食べてるじゃん。しかも食べるのトロいし。超行儀悪いよ。嫌?」
「ううん。いやって思ったこと、ない」
「じゃあおれが思うわけないじゃん。ね、食べてごらん」
言ってから、しまった、と思った。
こんなことを言われても涼くんは困るだけだ。
そう思った時、涼くんはたっぷりとホイップクリームとシャインマスカットを掬い上げ、バクッと口に押し込んだ。
口の端にクリームが付く。
もくもくと口を動かすと、目尻を下げた。
「へへ、おいしー」
あ、笑った。
表裏のない、遠慮のない、ただただ純粋な笑顔。1番、大好きな笑顔だ。
ジュワッと目頭が熱くなる。
グッと堪えて指をさす。
「もー、クリームついてまーす」
「え、あ、」
「ペロッてしちゃえ。ほら」
「・・・んふっ。美味しい」
「これ、ほんと美味しいね。また食べにこないと」
「うん。美味しい」
「あ、ジャンケンしておく?」
「する。ジャンケン・・・」
パーを出す。涼くんは見事にチョキ。ショックを受けた顔。さっと伝票をさらうと手を伸ばしてきた。
「ダメ!やっぱり勝った方!」
「無理でーす。負けた方が払うって言いましたー」
「なし、さっきのなし。それか3回勝負」
「聞こえませーん。あー、美味しいなー美味しいなー」
「・・・なんかズルい」
「ズルいって、こういうことを言うんだよ」
シャインマスカットを一粒さらう。目を丸くした。口に押し込んで味わうと、唇を突き出してムッとして、でも、すぐに笑った。
涼くんはこの日を境に少し食べるスピードが落ち、咀嚼もゆったりとするようになった。
食事の時間は涼くんを堪能し放題になり、おれは大満足。
こうやっておれのせいでどんどん変わっていくのが、たまらなく嬉しかった。


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