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しおりを挟む今日はとある駅で待ち合わせ。
涼くんが早く終わる日で、観たい映画があると言っていたので車ではなく電車で駅までやってきた。
改札を出ると涼くんがいなくて、もう一度確認する。駅に着いたと連絡があって10分。トイレに行ったのかな?それとももう映画館まで行ったのかな。
位置情報を確認すると、ロータリーにいるようだった。
階段を降りてロータリーに向かうと、涼くんが見えた。あと、サラリーマン。
誰だ?
そっと近づく。隠れて様子を伺った。
サラリーマンがにこやかに話しかけて、涼くんは相槌を打っていた。
涼くんに気があるということはすぐに分かった。
初めて見る男に警戒する。元カレ?いや、違うな。前にいい感じになった男か?それとも、ナンパか?
「ねぇ、連絡先交換しようよ。また会いたいな」
男が言う。涼くんは顔を合わせると、首を傾げた。
「何でですか?」
少し笑いそうになる。
痛恨の一言だっただろう。男は半笑いで狼狽えた。
「え、いや、たまにはご飯とか、」
「え?おれ、今、彼氏いるし彼氏にご飯作るのが忙しいし・・・」
「息抜きとか、」
「息抜き・・・?出来てるよ?たまに外食したり、デリバリーにしたり・・・」
「そうじゃなくて、近状とか知りたいし、また前みたいに遊んだり、」
「遊ぶって・・・遊んだことありました?たまにバーで会うくらいでしたよね・・・?」
「・・・あ、うん、」
「ていうか彼氏いますし・・・」
か、可愛い・・・!
これ、絶対、素だよ。牽制とかじゃなくて、素。
好意を持たれてることに気づいてないし、下心にも気づいていない。
ちゃんと彼氏がいるって言ってくれるのも、じーんとしちゃうなぁ。
「か、彼氏だけじゃ物足りなくない?ずっと一緒にいると惰性になるっていうかさ、今、おれそんな感じで・・・」
「え?ならないですけど」
「そ、そう?」
「はい。ていうか彼氏待ってるんでもういいですか?」
「あ、はい・・・」
あ、戦意喪失。
くすくす笑いながら近づいて、ぽん、と涼くんの肩を叩く。
パァッと笑顔になって振り向いた。
隣の男は唖然としていた。あれ?こいつ・・・。
「和多流くんっ。やっときた。映画始まっちゃうね。飲み物買う時間あるかなぁ」
「お待たせ。こんばんは。うちの子に何か用ですかね?」
「あ、いやぁ・・・」
「あ、ごめんね・・・あの、この人ね、」
「ん?うん、大丈夫。声かけられただけでしょ?」
「うん・・・」
「じゃあ、そゆことで。・・・悪いね、この子おれのだからさ」
ポン、と肩を叩いて背を向ける。
まさかこんなところで会うとは。
あいつ、昔涼くんに声かけて絆そうとしたやつじゃん。ムカついて絆して掘ってバイにしちゃったやつだ。
超ノリノリで抱かれてくれたんだよな、確か。
まだ涼くんのこと諦めてなかったか。油断大敵だな。
「あの、ごめんね。いきなり声をかけられて・・・」
「ううん。涼くんのことだからドライな対応で跳ね除けてくれるだろうと思ってたし」
「連絡先聞かれて面倒だった。何で彼氏がいるのにあんなことするのかな」
「さぁ?おれ、浮気性のやつの気持ちとか分かんない」
「おれも分かんない。ね、ね、飲み物何がいい?ジンジャーエール?コーラ?」
「ジンジャーエールかな」
「おれもそれにする。映画楽しみ。一緒に来てくれてありがとう」
「おれも少し気になってたから」
「観たらご飯行こ」
「うん」
座席に座って手を繋ぐ。
ゆったりと映画を観ながら思い出す。
友達の友達?の、知り合いだっけ?なんか遠い知り合いで少し話した時に、狙ってる子がいるとか言って周りが根掘り葉掘り聞き出してて、特徴が涼くんとそっくりで、耳を大きくして聞いてたことがある。ちょろそうとか、股がゆるそうとか、言ってたんだよね。ムカついて声をかけてホテルに行ったんだ。もちろん合意のもとで。もともとバイだったのか知らないけど、こんなの初めてとか言いながらおれに抱かれてたっけな。あー、思い出したらムカついてきた。
と思っていたら。
こて、と肩に頭が当たった。
するすると腕を撫でられ、絡め、きゅっと抱かれる。指先も絡んで優しく握られた。
顔を見ると映画に集中していた。少し、涙ぐんでるのかな?
目元がキラキラしている。可愛いなぁ・・・。
手を握り返してスクリーンを見る。
涼くんはエンドロールまできちんと見るタイプだ。明かりがつくとそっと離れて、恥ずかしそうに俯いた。映画を堪能してようやく席を立つ。
「面白かったね」
「うん。猫が死んじゃうところ、少し泣いちゃった」
「あぁ、あそこね」
「動物、いいなぁって思ってたけど死んじゃうのは悲しいから、当分はいいかな」
「おれがいれば十分じゃない?」
「・・・んや、あの、ん、と、それはもう、十分過ぎる、から、あの、」
急に照れて口篭る。この初々しさ、どうにかならないものか。
おれの理性がぐちゃぐちゃになる。いつまで経ってもこの調子じゃ、おれは本当に涼くんに何をしでかすかわからない。
今もまぁ色々してますけど。
駅に戻り改札に向かう。
駅ビルに入れば何かあるだろうか。
「ご飯何にしようか」
「天ぷら?とか」
「食べたいの?」
天ぷらは普段家じゃ作らない。衣が剥がれてうまくいかない、と前にムッとしてて、味は同じだから見た目はどうであれ美味しいのに、と言ったらさらにムッとした。そうだよね。綺麗に作りたいのに味が同じなら何でもいいって言われたらムカつくわ。それ以来家では作らなくなった。謝ったけど食卓に出てこない。たまには食べたいなぁと言ったこともあったけど、スーパーのお惣菜を買ってきたので諦めるしかなかった。
「目の前で揚げてくれるとこあるか、調べるね」
「え?・・・あ、うん」
こく、と頷く。
反対のロータリーに一軒見つけたので行ってみる。暖簾をくぐると、涼くんはガチガチに緊張した。
ちょこんと座り、俯いたまま手元を見ている。ありゃ。失敗したかな。
「何がいいかな。とりあえず盛り合わせにしようか。お寿司もあるよ」
「・・・お、おれ、あの、現金そんなに、持ってない、」
「えっ。それ気にしてた?おれ持ってるから、あとで精算しよ?」
「・・・いい?それでもいい?」
「うん。え?もぉ、気にしなくていいのに。いつもそうしてるじゃん」
「・・・高いお店だし、」
「たまの贅沢だよ」
涼くんはようやく顔を上げると、じーっと天ぷらを揚げる姿を見ていた。
勉強してるのかな?可愛いなぁ。
家でも作ってくれるかな。家で作る方が大きさも調整できるし、絶対楽しいし美味しいと思うんだよね。
ポケットの中で携帯が震えたので、画面を見る。クマからだ。今日は定休日だから飲みの誘いだろうか。電話に出るね、と声を掛けて外に出る。
『あぁ、わたくん?』
「ん。今日はもう暇じゃないけど」
『なんかさー、友達から連絡先教えてって言われたんだけど』
「え?誰?」
名前を聞いても思い出せなかった。以前クマが働いていた店で会った人らしい。
その友達のまたその友達経由で、誰かに連絡先を教えてくれと言われたようだった。
『覚えてない?スラーっとしたサラリーマン?これと言って特徴がないけど・・・あー、んー、』
「分かんねーよ」
『だよねー。おれも記憶が断片的で・・・何年か前の話だし。あ、でもあんた、食ってなかった?』
「は?」
『そのサラリーマン』
「食った?・・・あぁっ。なるほどね。何で連絡取りたいの?」
『会いたいみたいだよ』
さっきのやつじゃねーか。
おれに会ってどーすんだよ。
つーか会わねーよ。
今涼くんとデートしてんだよ。邪魔すんなよ。
「おれは会いたくないし会う気もないし涼くんとラブラブ中なので」
『だろうとは思ったから期待しないでって言ってあるけど』
「サンキュー」
『まったく、春日部くんが巻き込まれないように尻拭いは自分でしてよね。巻き込まれたらうちの賢ちゃんが黙ってないよ』
「あー・・・なんか、仲良いよね2人とも」
『ちょっと妬けちゃうけど、まぁおれらがちゃんと手綱引いておけば大丈夫でしょ。てわけで、おれも久々に賢ちゃんとデートなわけですので切るわ』
「はいはい。悪かったね、変な連絡係させて」
『今度奢って』
「ん。分かった」
通話を終えて戻ると、涼くんは天ぷらを揚げてくれた職人さんに相槌を打ちながら、真剣にメモを取っていた。
天ぷらが出てくると、目を輝かせる。
「お待たせ。ごめんね」
「ううん。見て、綺麗」
「ほんとだ」
「あの、ありがとうございました。家でもやってみます」
お礼を言って頭を下げた。え、うそ。家でやってくれるの?うわ、わ、嬉しい!
天ぷらとお寿司を食べてお会計をして、駅へ戻る。
涼くんはメモを何度も読み返し、胸ポケットにしまった。
混み合う電車に乗り込み、潰されないようにガードする。
「おいしかったね」
「うん。久々に食べた」
「・・・えへへ、家でも綺麗にできるやりかた、教わった」
「すごいね。教えてくれたんだ」
「うん。・・・もっと、」
「え?」
くんっとシャツを引っ張られた。
電車の揺れでバランスを崩し、涼くんにくっつく。
おれの胸に顔を埋め、そっと腰に手を回してくれた。
う、わ・・・可愛い・・・。
公共の場でこっそりイチャイチャするの、背徳感があって好き。ぎゅうっと腰を抱いて、そのまま目的の駅までくっついていた。
駅に降り立つと、照れたように笑う。
「えへへ、なんか嬉しかった」
「おれも。・・・帰ったら、いっぱいチューしよ。ね?」
「うん。ふふ」
「・・・あの、天ぷら作ってくれるの?」
「え?うん、まぁ、うまくいかなくてバラバラになっても味は同じだからね」
ゔっ・・・覚えてたんだね・・・。気にしてたんだね・・・。
余計なことは言わないようにしよう。
「あの、さっき、ありがとう・・・ごめんね」
「え?」
「前に、どこだったのかな・・・ママのとこじゃなくて、別のバーで会った人で・・・名前も覚えてないんだけど、まさか声を掛けられるとは・・・」
「ううん。大丈夫。涼くんこそ嫌な思いしたでしょ」
「彼氏いるって言ってんのに、息抜きしようだって。バカみたいだね」
「ねー。涼くんは自分で息抜きできる人だもんね」
「和多流くんとしてるもん。ねー?」
くっ、嬉しい・・・!
手を握って夜道を歩く。涼くんはニコニコしながら、次の休みに天ぷら作るよ、と言ってくれた。嬉しすぎて、ナスがたくさん食べたいとリクエストする。
いいよ、と笑って強く握り返してくれた。
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