145 / 227
118
しおりを挟む「和多流くん、少し太った?」
無邪気に尋ねて来て、おれの心臓を抉る。
ニコニコ笑顔でお腹を触り、なぜか嬉しそう。
そしておれは地味に傷つき、必死に運動をする。
ジムに行く暇がない時は隙間時間にせっせとダンベルを持ち上げ、腹筋も頑張る。だけど。
「若い頃より痩せないんだよねぇ」
おれより太っているクマに言われ、説得力がありすぎ項垂れた。
新陳代謝も落ちるし、でも食欲は増す一方だし、どうしたらいいんだ・・・。
残すと悲しそうな顔をするんだよなぁ・・・残さず食べたいところだ。
「やっぱさ、引き締まった体の彼氏の方がいいよね。春日部くん、若いし」
「・・・」
「一緒に歩くならかっこいい方がいいもんなぁ」
「お前も痩せろよ!!」
「おれは、このままでいいの。痩せたらモテちゃうでしょ」
「バカじゃねぇの」
「今のは藤堂さんの意見に賛同しますね」
お皿を下げていた犬飼さんが呟いた。
じっとクマを見つめ、血圧どうだった、と問いかける。わざとらしく鼻歌を歌いながらカトラリーを拭き始めた。
「体脂肪率は?悪玉コレステロールは?」
「お前、そんなに引っ掛かってるの?」
「BMIはどうした」
「もー!いじめないでよ!はいはい!生活の見直しをしますよ!!」
「あーあ、中年太り・・・」
「わたくんだってそうじゃん。春日部くんに定期的にいじられてんだから」
「涼くんは無邪気なんですーー!悪気もないしからかいのつもりでもないんですーー!!」
「・・・ふふっ」
犬飼さんが意味深に笑う。
え?なんか知ってるの?何?何!?
凝視すると、ぶふっと吹き出して奥へ消えていった。
待って、マジで、何!?
「最近賢ちゃん、春日部くんに料理教えてるんだよ」
「え!?」
「休みの日とか、電話がかかって来てるよ。ハンバーグがぺちゃんこにならないでふっくら焼けるコツとか聞いてた」
「な、な、なんで!?いつの間に!?」
「さぁ?」
お、おれに、内緒で!!ズルい!!
あ、でもこの前出て来たハンバーグ、お店のかな?って思うくらいふっくらでジューシーだった。
美味しい、と言ったらすごく喜んでたし、ずーっとニコニコしてたな。可愛かったなぁ。
でも、太った話となんの関係もないや。
************************
「ご飯できたよ」
夜、美味しいご飯の時間。涼くんが作ってくれたのはグラタン。
うぅー!大好きだけど!!
「ご、ご馳走様・・・」
「え?残ってるよ?」
半分ほど残すと、キョトンとした顔。明日食べるよと答えると、しゅんとした。あぁ!その顔は!いかん!!
「明日のお昼の分、別で作ったんだけど・・・」
「あ、うん・・・じゃあ、今食べようかな」
「ほんと?今日はね、ホワイトソースも作ってみたから・・・いつもはレトルトだけど」
「うん、味がまろやかだった。美味しいよ」
ぐあぁ・・・!太っちまう・・・!!
食べたい、けど、体重が!贅肉が!!
ご飯抜けばよかった・・・。
でもせっかく炊いてくれたんだし・・・!
せめて食べた分くらいは燃焼させたい・・・!
「涼くん」
「ん?」
「食べ終わったら走ってくるわ」
「え??なんで?」
「え!?や、痩せるため?」
「そんなに太ってないよ?」
「でも、」
「あ、ごめんね!昨日のは、んと、言い方間違えて・・・いっぱいご飯食べてくれたんだなーって嬉しくて・・・ごめんね。変なこと言ったね」
「う、ううん」
「和多流くんは太ってないよ。う、運動ならさ、ほら・・・おれと、しよ?」
そ、それは、ベッドの上でって、ことで、いいんだよね・・・!?
照れた顔で、目を逸らす。
おれはチョロいので、すんなりと頷いてご飯を急いで食べて、そそくさとお風呂へ入った。
汗だくになりながら涼くんと体を動かして、たっぷりと愛して愛されて、大満足。
・・・燃焼したかどうかは微妙だけどね・・・。
************************
これじゃいかんと改めて奮い立ち、今日はランニング。
公園をぐるぐる走り回るだけだけど、これが一番効くだろう。
無理はせずに、まずは3キロくらい走って、徐々に距離を伸ばして・・・。
「やっぱり藤堂さんだ」
いきなり声がして慌てて右側を見ると、犬飼さんが並走していた。ギョッとしてペースを落とすと、そのままそのまま、とポンっと背中を叩かれた。
「いいペースですから」
「え?はぁ、はい」
「何キロくらい走る予定です?」
「3キロくらい、」
「じゃあおれも、もう少し走ります」
「今何キロ走ったんですか?」
「・・・10キロかな」
時計で確認して、大雑把に答えてくれた。
10キロ走っても涼しい顔をしている。やっぱりスポーツマンは違う。
「定期的に走ってるんですか?」
「お店が休みの時は走ってますね」
「へー、体力保ちます?」
「むしろ走らないと体力が・・・」
「なるほど」
「藤堂さんは?」
「おれはまぁ、はい・・・」
ダイエット、とは恥ずかしくて言えなかった。
しばらく無言で走っていると、ペースが落ちた。合わせて行くと、テクテクと歩くだけになり、犬飼さんは時計を見せてインターバルです、と言った。なるほど。走りっぱなしよりいいかもしれない。
「・・・ふふっ」
「・・・あの、この前からなんなんです?その含み笑い」
「んふっ。・・・いや、ふふっ。失礼」
「だから、なんなんですかってば」
「いや、春日部さんのためにダイエットですよね」
触れられたくないところをわざわざ・・・。
ムッとすると、また笑った。
「春日部さんも大変だ」
「何がですか」
「あなたがモテないように必死になってるのに」
「は??」
「ふふっ、ダメだ。内緒にしてくださいね?」
「はぁ・・・はい」
「クマ、20代の頃って痩せてたでしょう?」
「あー、まぁ、今よりは」
「モテたんですよ」
「あいつゲイ受けいいですからね」
「その話を春日部さんにしたんです」
「へぇ」
「大変ですねと言われたので、今は太ってしまったからかなりそんな話は減りましたよと答えたら・・・ふふふ!目を、輝かせて、」
「はぁ?」
「料理を教えてくれって、ハ、ハイカロリーなものばっかり、教わりに来て、」
「・・・えっ!?」
「可愛い人ですね。前から聞いてはいたんですよ。藤堂さんはモテるって。だから・・・モテないように、太らせればいいと思ったんじゃないですかね??」
堪えきれなくなったのか、咳払いをしながら笑い出した。
おれは顔が熱くなり、とうとう足が止まり、しゃがみ込んだ。
なん、だよ、その理由・・・!!
おれに、言えっての・・・!!
「あなたの恋人はとても可愛いですね」
「・・・あげませんよ!」
「純粋に友人として、お付き合いしてます」
「聞きましたからね」
「えぇ。おれには、クマがいますから」
しれっと惚気て来て、つい犬飼さんの背中を叩いた。また含み笑い。
屈伸をしてまた走り始める。少し、モヤモヤしていたのが晴れた。
************************
「今日はねぇ、ちょっと下味を変えてみた。唐揚げだよ」
また今日も、中々にコッテリメニュー。
涼くんはニコニコ。
うーん。
あの話を聞いたからかな、いくらでも食べられる気がする。
てんこ盛りの唐揚げはいい香り。
「ご飯大盛り?」
「ん」
「たくさん食べてね」
うーん、でも、おれはそんなにモテないんだけどな・・・。
なんでモテると思ってるんだろう。
「・・・お、美味しくない?」
眉間に皺がよっていたのだろう。不安そうに顔を覗き込まれて、慌てて首を横に振る。
「すごく美味しい」
「本当??」
「うん。いつものも美味しいけど、こっちも美味しい」
「よかった」
「・・・でも、ね、あの、ちょっと、もたれそう」
「え?」
「昨日もホワイトソースだったし、お昼も・・・明日は和食がいいなぁ、なんて・・・」
「あ、そ、そっかぁ・・・。ごめんね・・・」
「ううん。忙しいのにいつもありがとう。わがまま言ってごめんね」
「ううんっ。作るの、楽しいから。明日は魚にしようか。帰り、スーパー行こう」
ニコニコしながら唐揚げを口に入れた。
作るの、好きなんだ。そうなんだ。
「うーん、おれ、涼くんのご飯が好きだから太っちゃうなぁ」
何の気なしに呟くと、涼くんはパッと顔を上げて表情を明るくした。
「いいよ」
「え?」
「太っていいよ。どんな和多流くんでも大好きだもん」
食べて、と唐揚げをお皿に載せる。
心配なんかしなくていいのに。おれ、モテないよ。涼くんの方がモテるよ。
不安にさせたのかな?嫌な思いをしたのかな?悲しくさせた?寂しくさせた?涼くん、教えて?
「太ったら動くのが億劫になるかもな」
「えー?そうなの?」
「うーん」
「そこまで丸々太るの?」
「おれ、多分気を抜くとかなり太るタイプ」
「見てみたい」
「太らせてどうしたいの?」
「えー??えへへっ」
濁さないで、誤魔化さないで、ちゃんと教えて。
お箸を置いてじっと見つめると、涼くんは立ち上がっておれの隣に座った。
「どうしたの?」
「涼くんこそ」
「・・・あ、ごめん。太っていいよって、偉そうだったね」
「ううん。・・・太っても、大好きでいてくれるんでしょ?」
「うんっ。・・・でも、嫌だよね。ごめんなさい」
「急に太ってもいいとか言うからさ」
「・・・だってね?あの、よくよく考えたらさ?」
「うん」
「・・・・・・お、おれが育てたって、ことだもんね??」
「・・・・・・は!?」
は!?
はぁ!?
可愛いが過ぎないか!?
何この子!?
おれのこと殺す気!?
照れたように、でも満足そうに、おれのお腹を摘んで笑う。
育てちゃった、とつぶやいて手を握る。その手が、しっとりしていて、だから、なんか、もう。
「ゔわーーー!!!!」
「わぁ!?」
「可愛い!!!!」
「うわ!?わぁ、ちょ、」
「世界一可愛い!!」
「痛い痛い!!」
全力で抱きしめる。
可愛すぎて考えていたことなんてどうでも良くなる。
要はさ、おれのことが好きってことだもんね?好きだから、誰にも取られたくないからってことだもんね?
うわ、うわ、めちゃくちゃ嬉しい。可愛い。
「涼くん」
「いてて・・・」
「おれのこと、育ててね」
「・・・んふっ。うん」
またお腹を摘まれる。前は嫌だったけど、今はもうすごく嬉しい行為。
たっぷりと愛情を注がれて、大満足。太ってもいい。涼くんが喜ぶなら、なんだってしたいよ。
って思ったけど。
数日後に体重計に乗ってみたら、近年稀に見ない数字を叩き出したので、涼くんに頼んでダイエットメニューにしてもらいました。
ついでにランニングを増やして・・・。
でも、いいことが増えた。
涼くんから夜のお誘いが増えました。
これはこれで、めちゃくちゃ嬉しい。幸せ!
12
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる