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しおりを挟む「軍司くんの家で飲み会してくるね」
打診ではなく、決定事項だった。
いつの間にそんな話に。しかも言い方的に、おれは行けない感じじゃない?飲み会っていうくらいだから他に誰か来るわけ?
「・・・誰がいるの?」
「軍司くんと、山田くん」
「・・・ふ、ふぅん・・・」
「こういうの久々。ビールとか酎ハイを買って軍司くんの家で飲むんだ。晩御飯は作って行くね」
「よ、夜に行くの?」
「うん。次の日休みだし・・・もしかしたらそのまま泊まっちゃうかもしれない」
「え!?いや、迎え、」
行くよ、と言いかけてやめた。な、何もないって、信じたい・・・。ここで迎えに行くとか言ったら、心の狭い男だと思われそう。友達と自由に遊ぶくらい、いいだろ。おれだって遊んだり飲んだりするんだから。
わざわざ一度帰ってきて晩御飯を作ってくれるんだから、それで十分だろ。
言い聞かせながら、せめて、せめてと、念の為軍司くんの自宅住所を聞いておく。
「じゃ、じゃあ、仕事の後いつも通り迎えに行くね。ご飯は無理しなくても、」
「えと、作りたいんだ」
「え?」
「家開けちゃって悪いし、それに、いつもたくさん食べてくれるから作りたい。いい?」
「た、食べたいです・・・」
お、おれの、ために・・・!
嬉しくて何度も頷く。
相手は軍司くんだもんね。ネコ同士だし万が一もないはずだし、山田くんはいるけど・・・彼も一途そうだし、大丈夫か。
ここは快く送り出そう。大人になれ、おれ。
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「じゃぁ、行ってくるね」
わざわざ帰宅して、結構手のかかる野菜の甘酢あんかけを作ってくれて、忙しいならと夜食用のおにぎりを作ってくれた。
薄手のパーカーを着てコートを羽織り、車から降りて行く。ここから2駅ほどの先の駅の前にあるアパートらしい。
「気をつけてね」
「うん!和多流くんも仕事頑張ってね。こん詰めないようにね。冷凍庫にアイス、入れておいたよ」
「えっ?ありがとう。・・・あの、もう一回キス・・・」
「ここは明るいから、ダメだって。じゃね」
ドアが閉まり、走って行く。ホームに来るまで待っていると、電車がやってきた。涼くんが飛び乗る姿が見える。おれに気づくと小さく手を振った。振り返してアクセルを踏もうとしたところで携帯が鳴った。メッセージだった。
『ちゅっ』
と書いてあって、もう、たまらなく可愛くて、日付が変わる前に迎えに行こうと誓った。
大人になれなんてクソ喰らえ。
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『ついたよ』
『合流してスーパー来た!』
『酎ハイが特売だった』
『軍司くんのアパートついたー。おしゃれ!』
『おつまみ作った。今度家でも作るね』
相当楽しいのだろう。このメッセージ、全部写真付きで送られてきた。でも全部、涼くんは写っておらず。少し寂しい。
でも楽しそうだからいいか。
こまめに連絡が来るのが嬉しくて、逐一返事をする。連絡が途絶えたなーと思った頃には、もう24時を回っていた。
多分泊まるつもりで行ったんだろうな。帰るって連絡もないし、お迎えに行こうかと送っても既読にならないし。
酔っ払って潰れてないかな。つーか他にいないよね?おれの知らない人とか。
心配でそわそわして、車に飛び乗ってアパートまで向かう。
さっき外観は写真で届いたので、見つけるのは簡単だった。
階段を登って部屋のインターホンを押す。玄関の明かりはついているから、中にはいそうなんだけど・・・。
何度インターホンを鳴らしても無反応なので、ドアノブを回してみる。くるんっと回って簡単に開いてしまった。不用心すぎる!
玄関に散らばった靴の中に、おれとお揃いのスニーカーが転がっていた。
換気扇は回っているけどお酒の匂いと揚げ物の匂いがして、少し顔をしかめる。玄関のすぐ脇にミニキッチンがあって、反対側にトイレとお風呂があるみたいだ。
「涼くーん」
廊下を進んでドアを開ける。壁際に大きなモニターが4台、キーボードが2台置かれた机と、小さな折り畳みテーブル。そこにはおつまみやらスナック菓子が散乱し、お酒の空き缶が転がっていた。
涼くんはクッションを枕に自分のコートを抱きしめて眠っていた。顔は真っ赤。息はしている。
が。
あとの2人。
なんで素っ裸なわけ?
絶対、涼くんが寝た後にやったろ、こいつら。山田くんなんてコンドーム付けたまま寝てるし。
コートを脱いで涼くんを包み、落ちていた鉛筆を拾ってレシートの裏に「帰る」と書いて部屋を出る。まったく。おれの可愛い彼氏の横で何をしてるんだ。
後部座席に寝かせると、寒そうに体を震わせた。毛布もかけて包むと、うっすらと目が開く。
「涼くん、お迎えにきたよ」
「・・・んん、いーによぃ、する・・・」
「涼くん?大丈夫?」
「だから!さっきから言ってるでしょ!?」
いきなり起き上がると、おれのシャツを掴んだ。下から睨みつけて、唇を突き出す。
「おれの彼氏が!一番かっこいいの!ちんこデカいんらからね!優しいんらから!・・・それにぃ、んふふふふっ。おれのこと大好きなんだってぇー。いいでしょぉ??」
は?は??
え??
おれに、おれとのこと、惚気てんの?
ていうか、さっきから言ってたの?あの2人に??惚気を??
「いつも言ってくれるんら!だいしゅきって!ふふっ!おれもらいしゅき!世界で一番の彼氏らの。・・・・・・あえ?ん?」
あまりの嬉しさに感動して声も出せずにいると、突然キョロキョロと辺りを見渡して泣きそうな顔になった。
「かえるぅ、」
「う、うんっ。帰ろ?」
「や、いや、怖い!帰る!帰ります!」
「あ、ちょ、」
毛布とコートをはらい、車から降りようとする。慌てて抱きしめるとジタバタと暴れて、足を蹴られた。うわ、びっくりするくらい酒臭い・・・。涼くんの匂いもかき消すくらいの酒臭さ。どれくらい飲んだんだろう。
「助けて!嫌だぁ!!和多流くん!!」
「おれだよ!和多流です!ちゃんと見て!!」
「え、っ、・・・あ、あ、わたくん・・・」
「お迎えにきたからね。帰ろうね」
「びっくり、したぁ・・・こぁかった・・・んぷ、」
「ん!?」
「ん、ん、・・・くちの、なか・・・んむっ、」
「ちょ、ちょ、!涼くんっ、」
念のため持ってきたビニール袋を広げて持たせて、車のドアを閉める。さ、さすがにこれを見ちゃったら落ち込んでしまうだろう。
ていうか、どんだけ飲まされたんだ。確か空き瓶とかも転がってたな。ウィスキーかな?焼酎もあったと思う。あとはとにかくビールの缶。アルコール度数の低めな酎ハイの間も転がってたけど、数がすごかった。ジュースの缶も数本置いてあったけど。楽しくて飲みすぎたな、これは。
初めてじゃない?こんな酔い方するの。
潰れるまで飲む時はおれの隣がいいって言ってたのになー。まぁ、仕方ないかぁ。友達と一緒だとどうしても飲みすぎるよね。おれもそうだし。
自販機でお水を買って車を振り返ると、ちょうどドアが開いた。口を縛った袋を持ってキョロキョロと辺りを見渡して、おれと目が合うと俯いた。
「涼くん。お水」
「ん・・・」
「大丈夫?」
「・・・きもちわるぃ・・・」
「前、座る?」
「・・・歩いて、帰るぅ・・・」
「は!?何で!?」
「は、吐いちゃった、吐いちゃったもん・・・ごめんなさい・・・」
「汚れた?掃除は後でするから、ほら、乗って?」
「汚してないけど、でも、」
「いいからほら。帰ろう?ね?あーあ・・・顔が真っ青だよ・・・」
さっきまで真っ赤だったのに。
手を触ると少し体温が下がっていた。
「ご飯はちゃんと食べたの?」
「んと、んと、ん・・・く、ふ、ぎもぢわるい、」
「袋ね。はい」
こりゃ、ほとんど食べてなさそうだな。
しゃがみ込んで静かに吐き、涼くんは目元を擦った。
「んぷっ、けふ、」
「大丈夫だよ。全部吐いてごらん」
「みらいで、見ないでぇ・・・」
「うん。ごめんね」
固形物は吐いてなさそう。
明日、二日酔いでダウンしそうだな。
デート・・・したかったなぁ。
背中をさすりながら落ち着くまで待っていると、ビニール袋の口を縛ってすん、すん、と鼻をすすった。
うーん、こんな姿を見ても可愛いと思うんだから、おれって重症かもしれない。昔は吐いてる人とか見ると、酒のコントロールも出来ないのか、バカじゃねぇの?って思ってたけど、涼くんが酔い潰れれば甲斐甲斐しく介抱できると思ってしまう。そして喜んでいる自分がいる。
性壁が特殊すぎるのかな。
「少し落ち着いた?」
「ごめんなさい・・・」
「何が?あのね、吐けてよかったよ。ちゃんと水分とって帰ろう」
「・・・くしゃい、」
「え?」
「お、おれ、くさいもん、だから、」
「いや、まぁ、男だらけで飲んでたら誰だってこんな匂いになるでしょ。おれらなんてもっと酷いよ?」
ていうか、おれらの方が酷いかもしれない・・・。
さっき部屋を見て引いたけど、あれの倍くらいきったねー部屋で飲み明かすとか、普通にしてたし・・・。
空き缶が途中まで丁寧にゴミ袋に捨てられていたところを見ると、きっと涼くんがせっせと捨てていたのだろう。おれらなんてゴミ袋すら出さないよ。
「ほら、帰ろう?ね」
「・・・ケータイ、」
「あぁ、コートのポケットに入ってたよ。財布も」
「・・・怒らないの?」
「何が?」
「・・・だって、汚いこと、」
「いやいや、おれだって吐くし・・・あと、連絡が返ってこなかったから迎えにきただけだよ。酔ってても酔ってなくても、来てたよ。我慢できなくてごめんね。やっぱり、泊まるのは寂しいな」
「・・・」
「帰ろ?ね?」
手を引いて助手席に押し込む。
お水を飲みながら、涼くんはぼんやりとした目で外を見ていた。
家に着くといきなり玄関で服を脱ぎ始めた。
「涼くん!?何、」
「やだ!くさいから!嫌われたくないの!お風呂!」
「分かった!分かったから一緒に入ろう!危ないからね!」
あ、これ、まだ酔ってんな。
抱きしめながらシャワーを浴びる。丁寧にツルツルの肌を撫でて洗うと、涼くんの手がおれの腰に添えられた。
きゅっと抱きしめられる。
「涼くん、楽しかった?」
「ん・・・」
「もういい時間だから、はみがきしたら寝よう」
「うん・・・」
「あのー、」
「ん?」
「3人で飲んでたの?ずっと」
「うん。あ、ううん。途中で山田くんの弟くんと、その彼氏がきたよ」
「ん゛!?」
「近くに住んでるから少し一緒に飲んで・・・すぐ帰って行った」
「・・・そ、そう・・・」
い、行かなくて良かったかも・・・。山田くんの弟って、結構歳が離れてるんだったよね・・・?そんな若者の集団の中におっさんのおれがポツンといたら、なんか、すげー盛り下がる・・・。涼くんだって恥ずかしいよな・・・。おっさんと付き合ってるのかって聞かれたら、落ち込むよな・・・。
「・・・なんかね?」
「え?」
「仲が良さそうで羨ましかった」
「・・・えと?おれらも、仲、いいと、思います・・・」
「え?うん!えへへ!仲良しだよぉ。大好きだもん」
ぎゃ!この緩急についていけねぇ!可愛すぎる!
「みんな、惚気るんだ。山田くんの弟ね、蓮二くんって言うんだけどね、彼氏にベタ惚れなんだよ。彼氏もね、可愛い感じでね、ふふっ。微笑ましいの」
「そっか」
「おれはねぇ、惚気とか、しません!だって、わたくんのいーところ、バレたらやだもん。取られちゃうもん」
さっき思いっきりしてましたけどね??
おれに向かってしてましたけどね?
さっきから言ってるでしょとか、言ってましたけどね??
自覚なしですか?可愛すぎ。
ていうか・・・おれの息子の自慢までしてくれてましたよ・・・??
めちゃくちゃ嬉しい。
初めの頃はあんなに怖がってたのにねぇ・・・。大きすぎるって。それがねぇ、今じゃ自慢するくらいおれのこと・・・。
「取られないよ。だって涼くんから離れる気、ないもん。涼くんが離れたら地の果てまで追いかけるからね?でね、監禁するの」
「えー?えへへぇ。監禁?んふふっ」
「でね、毎日セックスして・・・」
「ご飯作ってあげるね」
「うん!嬉しいなぁ」
おっと。危ない、危ない。落ち着け、おれ。
可愛いお尻を撫でていつもの自分を取り戻す。
涼くんはニコニコしていたと思ったら、突然顔を崩してまたしゃくりあげた。
「え!?」
「は、吐いて、ごめんなさい・・・」
「う、うん。大丈夫だよ。寝たまま吐いて喉に詰まる方が怖いから、吐いてくれて良かった」
「ダサい・・・」
「全然ダサくないよ。お風呂出て、寝ようね」
これは、かなり、酔ってます。
バスローブに包んでベッドに寝かせると、早くおいで、と手招きされた。1人で処理してこようと思ったけど、この誘いは断れない。
いそいそと隣に滑り込むと、おれのバスローブの隙間から手を入れて、いきなり胸を揉んできた。
「んふふははっ。ムチムチ」
「・・・えっと?誘ってます?」
「ふひひひひっ。気持ちい」
笑い方、可愛いなぁ。酔ってるよなぁ。
紐を解いてバスローブを脱ぐと、涼くんはとろんと目をとろけさせておれを見つめた。うん、いいよってことだね。これは、そう解釈させてもらいます。
目元にキスをすると、くすぐったかったのか身を捩った。
「わたくん、」
「うん・・・」
「世界で一番、だーい好き・・・」
「おれも、涼くんが世界で一番大、ん!?」
すーすーと小さな寝息。
ね、寝てるし・・・!!
やっぱりこうなるか・・・!!
仕方なく1人で処理をして、隣に潜り込んで細い肩を抱きしめる。
きっと昼間も二日酔いで起き上がれないんだろうなぁ。とほほ。
************************
「和多流くーん」
ゆさゆさと体が揺れる。目を開けると、寝癖でボサボサ頭の涼くんがおれを見下ろしていた。ゔ、これはこれで、可愛いぞ。寝起きからいいものが見られた。
「おはよ・・・頭すごいね」
「ん・・・ごめん、いつ帰ってきたか覚えてなくて・・・」
「ん?」
「シャンプーしないで寝ちゃったのかな。すごい寝癖が・・・直るかな・・・」
「・・・覚えてないの?」
「うん・・・。帰ってきたのも驚いてて・・・。おれ、1人で電車乗れたのかなぁ?なんか落としてないかな。携帯、どこだろ」
「コートのポケット。財布も」
「え、ほんと?ありがとう」
「気持ち悪くないの?」
「うん。平気」
「結構飲んでたけど二日酔いはないんだね。すごいね」
「でも、お腹すいた。昨日あんまり食べてないんだ。飲んでばっかりで・・・。あの、迷惑かけてない?ごめんなさい、覚えてなくて・・・蓮二くんたちが帰ったところまでは覚えてるんだけど・・・。あ、山田くんの弟のことね!彼氏さんと来たんだ」
「うん。聞いた。そうかー、覚えてないんだ」
「・・・あの、ごめんなさい」
しゅん、と落ち込んで項垂れた。
悪いことは何一つしてないのに、ついつい意地悪をしたくなる。ちょんちょんと手の甲をつつくと、すん、と鼻をすすった。
「悪いことなんてしてないよ?ただね?」
「う、うん、」
「泊まりはダメ。分かった?」
「分かった」
「帰りは迎えに行くから」
「ん」
「ちゃんと携帯を確認すること」
「うんっ」
「あと、飲みすぎない。飲むならお茶とかお水もね。分かった?」
「うんっ。・・・あのー、」
「ん?」
「・・・寝癖直したら、その、」
「うん、なぁに?」
「ギュッて、して」
「・・・寝癖なんてどうでもいいよ」
ぐんっと引っ張って抱きしめる。
涼くんは甘えるように首筋に唇を寄せてきた。
「あのね」
「うん」
「・・・みんなの惚気聞いてたら、羨ましくなった。でも、おれはしなかったんだー。だってさ、惚気たらさ、みんな和多流くんのこと、いいなーって言うでしょ?だから内緒にした」
「んー?ふふっ」
まぁ、そういうことにしておこう。
頭を撫でると、褒められたのかと思ったのか得意げに笑う。
かっわい・・・。
「んー・・・まだ少し、眠いかも・・・」
「寝ていいよ」
「ん・・・」
「ご飯、ありがとね。昨日全部食べちゃった。美味しかったよ」
「んんっ・・・ぅん・・・」
「起きたら少し出かけよう?」
「ん・・・」
すぐに眠りについてしまった。
髪をといて目を閉じる。起きたらどこに行こうかな。夜は、そうだな。ベッドでたくさん楽しもう。嬉しいこと、たくさん言ってくれたしね。
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